拍手短編集
「えっ・・・瞬さんが、撃墜された・・・?」
妃羽菜家・遥の部屋。
突然志真から掛かって来た電話の内容に、遥は愕然とした。
全身から力が抜けつつもどうにか携帯を持ち、ベッドに腰掛ける遥だったが、顔は生気を失っている。
「日本に侵攻しようとした敵軍に警告する為に出動して、不意打ちで撃たれたミサイルに撃墜された・・・部隊は全滅、政府は全面対抗する気だし、もう世界大戦争は避けられない・・・」
「そん、な・・・」
「実は俺も、昨日書いた反戦の記事が国への反逆をどうとかって理由で追われる身になっててさ、遥ちゃんに電話出来たのも奇跡なんだ。」
「し、志真さんも!?」
「くっ、やばい見つかった!遥ちゃん、とにかく君は何があっても生きるんだ!人間がまたこんな馬鹿らしい事をしたって、君が語り継いで・・・」
志真が言い終わる前に、銃撃の音と共に電話が切れた。
それが何を示しているかをすぐに理解し、遥の顔は大切な人々を失った事への恐怖と悲しみから、見る間に青ざめていく。
――どうして・・・?
おばあちゃんが亡くなって、友達は引っ越して、瞬さんが撃墜されて、志真さんが撃たれて・・・
私の大事な人達が、私の前からいなくなっていく・・・どうしてなの?
涙を流し、悲観に暮れる遥だったが、やがて何かを思い付くと外に出て、携帯のメール画面を開いてメールを打ち始める。
――・・・たとえ、世界大戦争が起こって私が、貴方達がいなくなっても・・・
しかしその頃、日本に向けて複数の「光」が向かって来ていた。
そしてそれは一時間も経たぬ内に、日本各地を炎と放射能で覆い尽くして行った・・・
「・・・はっ!」
と、ここで遥が壮大な白昼夢から目を覚ます。
彼女は今、志真の提案で瞬と共に京都にある市民プールに来ており、シートの上で休んでいた最中につい、うたた寝してしまっていたのだ。
「うぅん、寝ちゃった・・・あっ、やっぱりちょっと日焼けしてる・・・」
――それにしても、変な夢だったなぁ・・・
昨日が広島平和記念日だったからかな?
「フランクフルトだ。食べやすさに味、全てにおいて勝っている。」
「何言ってんだよ、断然焼きそばに決まってんだろ!あっ、遥ちゃん。」
そこに何故かゴーグルを目に付けたままの志真と、隣に呆れる瞬がやって来た。
2人の手には口論のきっかけになったであろう、フランクフルトと焼きそばが3つずつあり、当然志真が焼きそば、瞬がフランクフルトを持っている。
「志真さん、瞬さん。すみません、寝てしまいまして・・・」
「いやいや、起こすのもどうかなって思って。それとも、日焼け気にしてた?」
「いえ、これくらいなら問題無いですよ。あっ、お昼ご飯までありがとうございます。」
「気にするな。ちなみに今、監視員にプールから上がるように言われた。あと10分はプール内に入れないぞ。」
「そうですか・・・でも起きたてなので、体が慣れる時間も必要ですし。それから、どうして志真さんはゴーグルを付けっぱなしなんですか?」
「それはな、そこのタオルとこのゴーグルを付ける事によって夏期限定のヒーロー、ゴーグルマンに・・・」
「それ以上は言わせんぞ。」
[大、戦隊!ゴーグルファイブ!]
冗談もさておき、2人もシートの上に座り、予め買っておいた飲み物をクーラーバックから出して、次の笛まで会話を始める。
「久々にこう言う所に来てみてどうだ?瞬。」
「仕方ない事だが、面積の割に人が多過ぎるな。監視員の笛と同時に慌ただしくプールに飛び込む連中もどうにかならないのか。」
「そりゃ、プールから無理やり追い出されたんだし、1秒でも早く入りたいだろ。」
「志真、お前に対しても言っているんだが。」
――どうして、あんな夢を見ちゃったんだろう?
夢は自分の心理状態を映すって言われてるし、だから何か理由があるはず・・・
「そういや、地球上で俺達が使える水ってたった3%しかないんだってよ。残り97%が飲めたらって思わねぇか?」
「確かに、水不足の地域も少なくないが・・・逆にもし世界中の水が淡水だった場合、海水と比べて浮力の無い淡水の海では大規模な長距離航海は不可能、更に寄生虫や微生物が淡水内で大量発生し、そもそも海に近付く事が出来なくなる・・・と言う話を聞いた事がある。」
「おいおい、夢の無い話だな・・・でも、海水浴も無理になるのは嫌だし、航海が無理だと世界も発展しなかっただろうな。」
「塩分が明暗を分けたとも言えるが、地球で最初に生物が現れたのは海の中でもある。」
「そう考えたら、何気ない事が結構大事だったりするんだな。」
――・・・ううん。それは自分で分かってるはず。
私きっと、こういう日々が無くなってしまうのが嫌なんだ。
今は高校生だけど、大人になって仕事に忙しくなって、高校や部活のみんなとも離れちゃうかもしれない。
志真さんと瞬さんもこうして私に構ってくれてるけど、本当ならこんな時間すら作れなくてもおかしくない。
「俺は別に流れるプールにいるだけで楽しいけど、スライダー以外にもなんかもう一つ欲しいよな。そうだ!焼きそばを頭に載せたままスライダーするとか、スリルがあって・・・」
「さっきからお前は何を言っているんだ?」
――それにいつか・・・おばあちゃんも必ず死んじゃう。
この日常は、時間が経てば無くなってしまう。
その時になったら私、どうしてるのかな・・・?
「だって、楽しいんだから仕方ねぇじゃん。何せずっとお前と遥ちゃんで・・・あれ、遥ちゃん?」
「どうした?具合でも悪いのか?」
「えっ?い、いえ、学校から出た課題に難しい所があるので、考え事を。」
「宿題か・・・あんだけ嫌だったのに、今は懐かしさすら感じるな。」
「そうなんですか?」
「なんだかんだ言って、高校時代って楽しかったし。こう、青春の縮図みたいな。」
「青春の縮図・・・瞬さんはどうですか?」
「俺か?俺は・・・この頃から大学に入る為の勉強ばかりしていたからな・・・しかし、今は何故かそんな起伏の無かった日々すらもいい思い出に思える。」
「思い出・・・」
「まっ、遥ちゃんにもそう思える日が必ず来るぜ。あっ、監視員が笛吹いた!行くぞ!瞬、遥ちゃん!」
「おい、だから飛び込むなと・・・あの馬鹿が。とりあえず、俺達も行くか。妃羽菜は自分のペースで来て構わない。」
「はい。私も、すぐ行きますね。」
いつの間にか浮き輪を付け、子供達に混ざってプールに飛び込む志真に続き、瞬と遥もプールに入って行った。
夕方、プールの入り口で3人は立ち話をしていた。
しかしながら遥は中々会話に入らず、志真と瞬が主に話している状況だ。
「それにしても、高校で一緒だった鈴木がいたのは驚きだったな。」
「高校卒業して突然京都に引っ越したかと思ったら、既に妻子持ちだったとは・・・んっ?遥ちゃん、もしかして楽しく無かった?」
「えっ?い、いえ、プールは楽しかったですよ。私に合わせてわざわざ京都まで来て下さいましたし。」
「・・・妃羽菜、正直に言え。お前は本当に課題の事で悩んでいるのか?俺はもっと内面的な事で悩んでいるように見えたが。」
「・・・お見通しでしたか。私、最近進路の事を考える内にもうこんな楽しい日々も無くなっちゃうのかなって、思うようになりまして。いつまでも今のままでいられないのは分かっているんです。でも、やっぱり・・・」
[青春スイッチ、オン!]
「遥ちゃん。そう言うのを含めて青春なんだよ。青春って楽しいだけじゃなくて、ほろ苦い事だってある。同級生や親と喧嘩したとか、部活で上手くいかなくてヘコんだりとか、進路っていきなり言われても全然先が見えなくて、苦しくなったりとか。」
「『モラトリアム』。大人になる為に必要な、大人で無くても良い期間の事だが、現在妃羽菜はこの期間の終わりにいる。突然大人になる事を求められる以上、戸惑うのは当然だ。」
「いつかは、こんな日々と別れる時が来る・・・だからこそ、どんな小さな事でもいいから思い出を作っておくんだよ。『あの頃は良かった』より、『あの頃があったから頑張れる』ってなるくらいに。だから俺、今日瞬と一緒に遥ちゃんを誘ったんだ。3人でこういう所に行くのも夢だったし。」
「大人になるのは手探りでもいい。だが後ろを振り返り続けるより、全力で前だけを目指して走り続ける、それがモラトリアム末期の人間を指して『青春』と言うらしい。そして、その助けになるのなら俺は時間など惜しまない。」
「志真さん、瞬さん・・・」
「今度は海に行こうな!いや、東京観光も捨てがたいし・・・」
「待て、妃羽菜や俺の事情も考えろ。」
「まぁとにかく、これからも俺達ともっと思い出を作ろうな!遥ちゃん。」
「・・・はい!」
目を涙で滲(にじ)ませ、遥が大声で答える。
彼女の胸の中でくすぶっていた不安は2人によって払拭され、空欄だった未来への進路が書き記された瞬間だった。
――・・・ありがとうございます、志真さん。瞬さん。
お2人のおかげで、今を乗り超える決意と手段を知れました。
私はこの手で誰かを救いたい・・・だから、誰かを救う方法を勉強出来る所へ行きます。
でもその前に、私は伝えたいんです。
かけがえの無いこの日々を作ってくれる全ての人々に、この言葉を。
2人と別れ、帰宅した遥はそう独白すると、佳奈他が夕食の用意をする台所に向かった。
彼女の日常を形成する、何気ない全ての事に対する心からの気持ちを伝える為に・・・
「おや、どうしたんだい?遥。」
「私ね、今日志真さんと瞬さんと話して、進路が決まったの。それに、私にとって大事なことも教えて貰った。だけど、それを言う前に私の本心を伝えるね。おばあちゃん・・・」
――・・・たとえ、世界大戦争が起こって私が、貴方達がいなくなっても・・・私はこの思いをメールに込めて、伝える。
ありふれた言葉だけど、私が一番大好きな言葉。
私は絶対に忘れない。
だから、去って行く貴方達にこの言葉を・・・
『アリガトウ。』
[私達は、いつまでも放課後です!]