拍手短編集







『ねぇねぇ、とうちゃん。ぼくのたんじょうびって、いつなの?』



ある日の鍵島、チャイルドはゴジラにそう尋ねた。
人間には分からない、彼らだけの手段で交わされるその意思疎通は、人間の親子と何ら変わり無いものであった。



『えっ、お前のたんじょうびか?』
『うん。この前しまにいちゃんと、もすらさんにはるかねぇちゃん、ばらんさんに・・・ええっと・・・』
『しゅん、の事か?あのいやな目つきしたやつ。』
『そうそう、しゅんさんにおいわいしてもらってたよね。だから、ぼくにもきっとたんじょうびがあるんだよね?』
『そうだけどよ・・・』



少々複雑な生い立ちを持つ息子の誕生日に、ゴジラは頭を悩ませる。
この世界で唯一の同族であるが、生み出したのは人間であるチャイルド。
そんなチャイルドの誕生日を、ゴジラは知るよしも無かった。



『どうしたの?とうちゃん。』
『うーんっと・・・お前のたんじょうびは・・・あっ、そうだ!ちょっとまってろよ・・・』
『・・・?』



そう言うとゴジラを目をつぶり、意識を集中させてそれを何処かへ飛ばすイメージをする。
意識を飛ばす先、それは前述の質問に答えられるであろう存在で、自身との意思疎通が可能な人間・・・志真だ。





「・・・んっ?」



一方の志真は仕事が終わって帰宅しようと自転車を走らせていた所だったが、心の奥底で感じた何かの感覚に自転車を止め、ズボンのポケットから「勇気」の指輪を取り出す。
指輪は小さく青い光を発しており、周りの人々に気付かれないよう志真はすかさず手のひらに指輪を隠し、鞄から携帯を取り出して耳に当て、電話をしている振りをした。



「・・・ゴジラ?」


――よう、しま。


「えっ、お前って今鍵島にいるんだよな?近くにはいないよな?」


――あぁ。おれが「いし」をとばして、お前に届くようにしてる。
だいぶ遠いから、けっこうたいへんだけどな。


「そんなわざわざ山奥から電話する感じで俺に話しかけて来るなんて、何かあったのか?」


――ちょっと、お前に聞きたい事があるんだ。
チャイルドのたんじょうびって、分かるか?


「チャイルドの誕生日?」


――さっきあいつにきかれたんだけど、あいつのたんじょうびがいつなのか知らなくてさ・・・
しまは分かるか?


「えっと、あいつと会ったのが確か2年前の夏頃だっただろ・・・だからな・・・・・・」


――どうだ?


「・・・分かった。けどそのままお前に言っても分からないからな・・・お前、こっちで言う『1日』って分かるか?」


――「いちにち」?
んっと・・・たいようがのぼって、またのぼるまでのあいだだよな?


「まぁ、そんな感じだな。チャイルドの誕生日は、31回目の太陽が登った時だ。」


――31かいめのたいようがのぼったとき、か・・・


「行ければ俺もその時に行くけど、どうする?」


――いや、だいじょうぶ。
しまも「やすみ」が取れなくて、たいへんなんだろ?
それにこれは、おれたちだけでいわいたいんだ。


「ははっ、怪獣にまで心配されちまったか。分かった、誕生日は親子水入らずで楽しんでくれよ。じゃあ俺はそろそろ家に帰りたいから、繋がりを切るぜ。」


――ありがとう。じゃあな、しま。



志真との繋がりを切ったゴジラは意気揚々としながらチャイルドの事を見ると、海に沈んでいく太陽を指差しながら、こう言った。



『おい、お前のたんじょうびが分かったぞ!』
『えっ、ほんと!』
『さっきしまに聞いてきた。あのたいようがあと30回のぼった時が、お前のたんじょうびだ!』

[真っ赤にも~えた~]






それから毎朝、砂浜から朝日を見ながら太陽が登った数を数えるのが、ゴジラとチャイルドの日課になった。



『よし、あと何回だ?』
『23回!』



特にチャイルドは一人前になる為の練習をする時も、バラゴンと遊んでいる時も、いつか訪れる自分の記念日へのカウントを決して忘れなかった。



『あと、15回!』
『15回~?それって何なんだ~?』
『ぼくのたんじょうびまでのおしらせだよ、ばらごん。』
『そうか~。じゃあ、俺っちも何か考えないとな~。』
『ほんと!ありがとう、ばらごん!』






そしてあっという間に時間は流れ、ようやく30回目の太陽が沈んだ。
いつものチャイルドにとって、夜の訪れは少し不安になる時であったが、今は逆に胸が高鳴る瞬間に変わっていた。



――ぼくのたんじょうび、ぼくのたんじょうび・・・!





翌朝、朝日が昇ると同時にチャイルドは起床した。
大きな目をいつもよりも広げ、島を照らす31回目の太陽を凝視するチャイルド。



『ぼくの・・・たんじょうびだ!とうちゃん!ぼくのたんじょ・・・』



父にこの喜びを知らせ、分かち合って貰おうとチャイルドは勢い良く振り返るが、その瞬間不意にチャイルドの言葉が止まる。
ゴジラが、いないのだ。



『とうちゃん?どこにいったの~!とうちゃ~ん!』



居ても立ってもいられず、チャイルドはゴジラを探して島中を駆け回った。
林の中、岩壁の間、湖の中、砂浜・・・
しかし、何処に行ってもゴジラの姿は見えない。



『なんで・・・ぼくのたんじょうびなのに、どうしていなくなっちゃったの?とうちゃん・・・』



砂浜に座り込み、チャイルドは目を潤わせながら水平線を見る。
今日と言う日にこそいて欲しい、大好きなゴジラがいない。
こんな時に励ましてくれるバラゴンも、現れる気配は無い。



『ばらごんもいわってくれるっていったのに、どうしてきてくれないの?ばらごん・・・とうちゃん・・・ぼく、さみしいよぉ・・・・・・』



孤独に打ちひしがれながら、チャイルドは大粒の涙を流し続けた。

[言いたい事も言えないこんな世の中じゃ・・・]






『・・・ド?チャ・・・ルド?』



それから数時間、泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていたチャイルドは、自分を呼ぶ温かい声に呼ばれて目を覚ました。



『うぅ・・・とう、ちゃ・・・』
『ほんとにすまねぇ、チャイルド。おれはここだ。』
『・・・と、とうちゃん!』



確かに自分の目の前にいる、ずっと会いたかった黒くて大きなその姿。
チャイルドは起き上がるや抱き付き、父の・・・ゴジラの体にその身を委ねた。
ゴジラもチャイルドを拒む事無く、チャイルドの頭を優しく撫でる。



『とうちゃん!どこいってたの!ぼく・・・ずっと、ずっとさみしくて、さみしくて・・・』
『お前のたんじょうびだから、ちょっとやる事があったんだ。けど、おれだけじゃむりそうだったから・・・バラゴンにもきょうりょくしてもらったんだ。』
『ばらごん、に?』
『俺っちもいるぜ~。』



その声と共にチャイルドの右脇の砂場が盛り上がり、舞い上がった砂と共にバラゴンが現れた。
右の前足には中央がくり抜かれた木が握られており、中には大量の真っさらな砂が入っている。



『ばらごん!』
『ごめん、チャイルド。でも、ゴジラさんがどうしてもって言うから、これを取りにだいぶ遠くまで行ってたんだ~。』
『チャイルドが、ぜったいよろこんでくれるものをあげたかったんだ。ちょっとまっててくれよ。』



するとゴジラは一旦チャイルドを離すと後ろに向き、何かを手に取る。
そのままチャイルドの眼前に置かれたのは沢山の枝で作られた、少々いびつながらも台形に見えなくもない何か。
更にそれにバラゴンが持って来た砂をまぶし、ゴジラが大きめの枝を2本刺す。



『・・・こ、これ・・・』



チャイルドの前で完成した物、それは以前ゴジラの誕生日の時に志真達が持って来た、バースデーケーキのような物であった。
ちょうど台形の物体がスポンジ、バラゴンの砂がクリーム、ゴジラが差した枝がロウソクになっており、今のチャイルドにとっては本物のバースデーケーキに見えた。



『たべられないけど、おれのたんじょうびの時にしま達がくれたのはこんなのだっただろ。だから、つぎはおれがお前にあげようとおもって。』
『良かったね、チャイルド~。』
『・・・ばらごん、とうちゃん・・・ありがとう!!』



ゴジラとバラゴンの思いのこもったバースデーケーキを掴み、チャイルドは再び涙する。
だがそれは悲しみでは無い、喜びに満ち溢れた涙だった。



『誕生日おめでとう、チャイルド~!』
『あと、前にしまがおしえてくれたんだけどさ、たんじょうびになったら「はっぴーばーすでぃ」って言うんだ。だから、はっぴーばーすでぃ。チャイルド!』
『・・・うん!!』






チャイルドにとって、この日は永遠に忘れられない思い出となった。
そして再びゴジラの誕生日を迎え、暑さが収まり始める頃、チャイルドはまた思い出す。
自分だけの、大切な日を。

[ハッピーバースデイ!]
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好釦