White Day Mission!
それから暫く経ち、高知県・久万高原市の初之家の玄関先に、穂野香の姿があった。
「樹、家の前にいてって連絡してきたけど・・・どうしたんだろ?」
――・・・穂野香、少しお話しても宜しいでしょうか?
――どうしたの、アンバー?
――先程、ギャオスからこれからこちらへ向かうとの連絡があったのですが、怪獣が出たわけでは無いのでわたくしは出て来なくていい、との事でして・・・
ーーえっ?ギャオスがここに来るの?
でも、怪獣が出てないのになんでわざわざ・・・
と、穂野香が勾玉を介してアンバーと交感していた、その時。
空から件のギャオスが穂野香へと目掛けて急降下し、周囲に強風を巻き起こしながら穂野香の目の前の道路に急速着陸した。
アンバーとの交感に意識を集中していた穂野香は、突然吹き荒んだ強風に足を取られそうになりつつ、どうにか体を起こしてバランスを整える事で転倒を防ぐが、頭は混乱したままだ。
「おわっ・・・っと!?えっ?ちょっと、ほんとにギャオスが来た!?」
「ごめん、穂野香。驚かせて。」
「い、樹!?貴方も一緒に来たの!?」
「一緒にと言うか、ボクが今日穂野香に会いたかったからギャオスに頼んで、ここまで連れて来て貰ったんだ。はい、バレンタインのお返し。」
「あ、ありがと・・・って、まさかホワイトデーだからお返し渡す為に、わざわざギャオスに乗って来たの!?」
「そうだよ。これがボクだからこそ出来る、ホワイトデーのお返し・・・バレンタインの、サプライズ返しさ。あっ、ボク次はジュリアの所に行かないといけないから、そろそろ失礼するよ。この事はまだ、誰にも言わないでね?じゃあ。」
「じゃ、じゃあね・・・」
加えての唐突な樹の来訪に、更に混乱する穂野香の頭は事態の処理をする事が最後まで出来ず、彼からホワイトデーのお返しとして貰った白い袋を右手に握ったまま、穂野香は再び空へ去って行く樹とギャオスを見送る事しか出来なかった。
近所の住民が既に去ったギャオスの出現に騒ぎ出し、アンバーが再度穂野香に話し掛けて漸く、穂野香は事態を理解したのだった。
ーー穂野香?一体、何が起きたのですか?
本当にギャオスが来たのですか?
ーーえっと・・・そう、そうなの!!
ギャオスが来た、って言うか樹が来たのよ!ホワイトデーのお返しを渡しに!
ーーい、樹様も来られた?
ホワイトデーのお返しをお渡しする為に・・・まさか、ギャオスは樹様をここまで運ぶ為だけに遠路遙々(はるばる)、この地まで来られたと言う事なのですね?
ーーそうなのよ!
それで、ホワイトデーのお返しが・・・
ーーよし、まず穂野香には無事に渡せた。
・・・えっ?近いのは遥さんの所なのになんで、ジュリアの所に行くのかって?ボク、遥さんには最後に渡したいんだ。何だか〆は、遥さんがいいって言うか。
・・・分かる?ありがとう。流石は母性と父性を、併せ持ってるだけあるね。じゃあ次は、これをジュリアに渡すぞ・・・!
『わ~~~~っ!!』
その数時間後、太陽が西へ沈み始めた頃。
小笠原諸島・竜宮島の砂浜で、穂野香と同じく樹からの連絡を受けて彼の来訪を待つジュリアの元に、ギャオスが降り立った。
極力ジュリアに砂と海水を掛けないよう、ギャオスは穂野香の時と比べて緩やかな着陸を心掛けたものの、それでもなお舞いあがる砂と水にジュリアは驚愕の声を上げながら両手で目を塞ぎ、両手を払った矢継ぎ早に彼女の目に映ったのは、自分を呼び出した樹本人であった。
『う、ううん・・・あれ?なんでギャオスが・・・あれれ?いつきまでいる!』
「突然ごめん、ジュリア。これはボクだから出来る、君へのバレンタインのサプライズ返しなんだ。はい、これ。今日はバレンタインのお返しをするホワイトデーだから、ジュリアにあげるよ。」
『そっか!ホワイトデーだから、ギャオスといっしょにわたしに会いに来てくれたんだ~!ありがと、いつき♪』
「おわっ、と・・・!?」
穂野香とは正反対に、中学生になったとは言え心はまだまだ純粋無垢な子供故か、目の前の事態を即座に理解したジュリアは樹から青色の袋を受け取るやお返しのお返しにと、樹の体に抱き付いた。
年下で、超が付く抱き付き魔で、あくまで巫子の運命に導かれて出会った「友達」である事は重々理解しているものの、女性から抱擁された経験が「母親」以外からはあまり無く、加えて出会った頃より更に発育が良くなっている彼女からの肉感ある不意打ちに、つい樹はたじろいでしまう。
『ん~?いつきもハグしたら、つるぎやひびとみたいになるんだね?』
「ま、まぁボクはあんまり女の子からハグされた事ないし、弦義さん達もだからじゃないかな?嫌ってわけじゃないから、気にしないで。うん。」
『そう?ならよかった!あっ、ギャオスもありがと~!!』
ギャァオォォォォ・・・
ジュリアの意識がギャオスへ向いた隙に彼女からの抱擁を解いた樹は、少し赤らんだ顔を誤魔化すのも兼ねてジュリアに背を向ける形でギャオスの右足へと戻り、勾玉を介してギャオスに退散を促した。
「と、とりあえずボク急いでるから、今日はもう帰るよ。」
『え~っ!もうかえっちゃうの~?』
「ごめん。でも次は紀子と遥さんの所へ、今日中に行かないといけないんだ。あっ、紀子と遥さんにはまだ内緒にしてて!絶対だよ!」
『う、うん。分かった!』
「また近い内にみんなで、また集まろう。じゃあね、ジュリア。」
『ぜったい、また来てね~っ!!じゃあね~!いつき~!!ギャオス~!!』
名残惜しくも空へ消えて行く自分達を元気良く見送り、瞬く間に遠ざって行ったジュリアの姿を見つめながら、樹はやっと胸の高鳴りを抑える事に成功した。
ーー・・・ふう、いけないって分かってるけどジュリアからのハグって、色々ドキドキするなぁ。ボクや弦義さん達には控えるよう、言った方がいいかな?
・・・えっ?君が抱き付いて来た時も、似たような反応してるって?だってヒトになった君ってあんな姿なんだから、しょうがないよ・・・
とにかく少しでも早く、紀子の所に行かないと。
再度の数時間後。
空が少し茜色に染まり始めた頃合いに、樹とギャオスは青森県・つがる市の自宅兼店である「フラワーショップ のとざわ」の前で自分を待つ紀子と、既に紀子へのホワイトデーの責務を全うした憐太郎の元に辿り着いた。
「へ、へええええっ!?」
憐太郎は、てっきり樹だけが徒歩で来るものと思っていた事から、ギャオスを使っての訪問に穂野香に負けずとも劣らない反応を示し・・・
「・・・やっぱり、ギャオスと一緒に来たのね。」
紀子は、まだ高校生にもなっていない樹が福江島から一番遠いこの地に、さも今から訪問するかのようなメッセージを送って来た事から、自身も憐太郎と共に何度もガメラに乗って怪獣討伐の為に遠出している点もあって、樹が来る方法として考えうる手段としてギャオスに乗っての訪問を想定していた分、ジュリア以上に事態を冷静に把握していた。
「えっ?憐太郎はともかく、なんで紀子はそんなに冷静なの?」
「だって、貴方がいきなりここまで来る方法なんてギャオスに運んで貰うくらいしか無いかな、って思って。私以外の巫子の所、遥さんの所にはもう行ったの?」
「いや待ってよ、ボクにしか出来ないホワイトデーのサプライズ返しのつもりだったのに、全部台無しじゃないか・・・」
「さ、流石は紀子・・・全部分かってたんだね・・・何だか、樹が可哀想にすら見えて来たよ・・・」
「じゃあテイク2として私、大声出そうか?」
「もういいよ、やり直しても意味ないし。と言うかテイク2、って映画やドラマじゃないんだから・・・」
「あ、あはははは・・・」
出会いの切欠となった、黄龍との戦いで既に分かっていた紀子の達観した冷静さと、交流を始めて分かった予想だにしなかった紀子のマイペースさによってサプライズ計画が失敗し、ただ打ちひしがれるしかない樹。
普通にホワイトデーのお返しを渡し、予想通りに紀子に喜んで貰っていた憐太郎は樹の心中を察し、同情からの乾いた笑いをする事しか出来なかった。
「とりあえず、知ってたと思うけどこれ、ホワイトデーのお返しだから・・・」
「ありがとう、樹。これは素直にとても嬉しいから、気にしないで。」
ギャァオォォォォ!
「・・・ねぇ、紀子。ギャオス、もしかしなくても何か怒ってない?」
「・・・うん。樹の計画を台無しにしやがって、って割と怒ってる。」
「えええっ!?」
「ほんとだ・・・!ねぇギャオス、そんなに怒らなくていいって!ちょっとだけガッカリしたけど、紀子にホワイトデーのお返しを渡せさえすれば、ボクはいいから!ほら、早く遥さんの所に行こう!次で最後だから!遥さんならきっとちゃんと、びっくりしてくれて喜んでくれるから!」
ギャァオォォォォ・・・
「・・・う、うん。そうだよ。だからとにかく、遥さんの所に急ごう。
そ、そう言う事だからボクとギャオスは、そろそろ失礼するよ。紀子も憐太郎も色々とごめん、それからありがとう。じゃあ。」
「う、うん。さよなら・・・」
「さよなら、樹。次の遥さんで、有終の美を飾れる事を祈っているわ。」
樹の必死の説得に、今にも超音波メスを放ちかねない程の憤怒を見せていたギャオスは怒りの矛を納め、口を閉じて樹が脚に掴まった事を確認する。
しかし、最後の目的地へ向かう為に舞いあがるその瞬間までギャオスは紀子を睨み続け、右手に樹からのホワイトデーのお返しである緑色の袋を手にする紀子もまた、マイペースさを決して崩さなかった。
「・・・これ、本当に大丈夫なのかな?このままギャオスとガメラが戦うなんて事に、ならないのかな?」
「もしそうなったら・・・私は、ダークライ的な存在が来る事を信じるわ。」
「いやいや、『VS』に何でも割り込むノリで言わないでよ、紀子・・・『ガメラVSギャオスVSダークライ』って、どんな展開なの?」
「それは冗談として・・・樹もギャオスも、それだけ仲が良いのね。樹がいる限り、ギャオスが私達の・・・人間の敵になる事は無いわ・・・うん、きっとそう。」
それからギャオスと樹は、雲の上から西の水平線に沈んで行く夕陽へ向かう形で、東日本を一直線に縦断していた・・・が、途中の北アルプスの山々で嵐雲と遭遇してしまい、迂回すると京都への到着が夜になってしまう事から、樹の静止を無視してギャオスは巨大な雲の巣へと突入。
黒い暗雲をも照らす雷鳴が、いつ自分に襲いかかって来るかも分からない中、少しでも早く雲の巣から抜けようとギャオスは臆する事なく暗雲を進み続けるが、一方で樹は雷以上に今現在の状況の原因を作った自分自身の愚かさに萎縮していた。
ーー・・・ごめん、ギャオス。
近道とは言え、ボクの勝手で嵐の中を行かせて。全部ボクのせい、だよね・・・
・・・えっ?子供のわがままを聞くのはママの役目だから、気にするなって?
そっか・・・そう、だね。それに君は「四神」の「朱雀」なんだから、これくらいの悪天候はなんて事ないんだね。
・・・うん。ボクの、無敵のママの君なら絶対に大丈夫だって、ボクも信じるよ。
じゃあもう一つ、わがままを言っていい?
・・・もっと速く、ボクを遥さんの所に連れて行って!ギャオス!
ギャァオォォォォ・・・!
「息子」からの「わがまま」を聞き入れたギャオスは、紅に光る勾玉から迸る力と温かい声援を糧に、雷よりも速く突き抜ける光の槍となって、一瞬で暗雲を抜け出し・・・最後の待ち人の待つ京都へと、駆け抜けて行った。
「樹君、もしかして今からここに来るのかな・・・?もう夜になるのに、どうやって来るんだろう?」
・・・か、さ・・・っ!!
「あれ?今、声が聞こえて来たような?でも、明らかにモスラじゃないけど・・・」
はる・・・さ・・・ん!!
「また声・・・これ、空から?しかもこの声、聞いた事があるような・・・」
「はるか、さあぁぁぁぁぁんっ!!」
「!?」
・・・そして、夕陽が山々の中へ沈む少し前。
京都府・京都市の妃羽菜家の玄関前で、最後の待ち人である遥は自分の名を呼ぶ心からの叫びを聞き・・・その直後にギャオスが疾風を引き連れながら、彼女の眼前に舞い降りた。
「うっ、強い風・・・!えっ?ギャオス?」
「はぁ・・・遥さん、お待たせしました。」
「い・・・樹君!?」
「お、驚いてくれましたね。紀子と違ってやっぱり遥さんの反応は期待通り、いや。期待以上、でした。」
続けての、ギャオスの足元からやって来た呼び出し主の樹の登場に、素直に驚嘆の声を上げる遥。
数時間前に盛大な肩透かしを食らった分、最後の最後に計画が大成功して満悦とする樹の笑みは、何処か悪戯めいていた。
「えっと、樹君がここに来るかもって思ってはいたんだけど、駅から徒歩かタクシーのどちらかかな?って思ってたから、まさかギャオスに連れて来て貰うなんて・・・」
「突然、ごめんなさい。ですがこれがボクにしか出来ないホワイトデーのお返し、バレンタインのサプライズ返しです。だからこれ、受け取って下さい。」
悪戯めいた笑みを、心からの喜びの微笑みに変え、樹は遥に白い袋を渡す。
「・・・ありがとう、樹君。」
遥もまた、樹からの溢れん程の感謝が形になった贈り物を受け取り、歓喜の笑みを湛えた。
「い、いえ。ボクは遥さんが喜んでくれたなら、全然・・・だよね?ギャオス。」
ギャァオォォォォ・・・
「あの、えっと・・・やっぱり迷惑、でしたか?遥さんが何だか、今にも泣きそうに見えます・・・」
「ううん、これは迷惑だからでも驚き過ぎたからでも無くて・・・樹君がギャオスと一緒に、私に会いに来てくれたのが嬉しいからなの。樹君、覚えてる?私が貴方へのバレンタインメッセージに、何を書いていたのか。」
「もちろんです!直接会えなくてごめんなさいとか、ボクの事を思ってチョコを手作りしてくれた事とか、またボクとギャオスに会いたいとか・・・あっ。」
「うん、そうだよ。私、樹君とギャオスにこんなに早く会えたのが、本当に嬉しくて・・・この袋に入ったプレゼントもだけど、私にとってはこの事が最高のホワイトデーのお返し、かな。だから改めて・・・ありがとう、樹君。ギャオス。」
樹自身が図らずも持って来た、自分とギャオスとの再会、と言う最高の贈り物を受け取った遥の、感激で少し潤んだ目と慈愛に満ちた満面のスマイル。
それを見た樹とギャオスの胸の内は、今回のサプライズの中で最も大きな、幸せと言う金では買えない見えない褒美で満たされるのだった。
「・・・は、はい!ボクも遥さんに会えて凄く、すっごく嬉しいです!今日思い切ってギャオスと一緒に、サプライズ返しをしてみて良かったです!ボクの方こそたくさん喜んで貰って、本当にありがとうございました!」
ギャァオォォォォ・・・!