日省月試‐典零寺ハルカの気になるあの男子‐
[‐火曜日・聖アンファンテ学園‐
早朝・体育館前]
翌朝、チハルちゃんに話をしに行く事ばかりに気を取られてしまい、社会の授業の課題のプリントを机の中に忘れてしまった事を思い出した私は、いつもより早く家を出て早めに登校しました。
今の時間なら、朝礼前までに出来ると思ったのですが・・・
「いくぞ、ヒロフミ。本気で来い。」
「う、うん。」
なんと、バスケットコートにヒロフミ君と、四姉妹の三女・アキミさんがいるのを目撃しました・・・!
四ツ葉晶実(アキミ)さん・・・隣のクラスの2年2組。
そのイケメン男子のような格好良い見た目、凛々しい口調と落ち着いた振る舞い、クールながらさりげなく気の利く性格から、誰もが認める女子人気No.1の女子・・・それは去年のバレンタインに、チョコを一番貰った生徒の記録を更新した事からも分かると思います。
運動神経もとても抜群で、運動部からよく助っ人を頼まれている他、所属している陸上部で府の高校生の記録を取った事もあるみたいです。
私も一応同級生ですけど、同級生と言う感じがしませんね・・・
蝶で言うなら、アオスジアゲハかな?
「今日こそ、あたしに追い付くんだぞ?」
「分かってるって・・・!」
そう言うと、アキミさんは手に持ったストップウォッチをスタートさせ・・・コートの中でヒロフミ君と追いかけっこを始めました。
追いかけっこと言っても、ヒロフミ君は真剣にアキミさんを追いかけているのですが、アキミさんは息も切らさずに余裕でヒロフミ君の捕まえようとする手をひらりとかわして・・・
例えるなら・・・「逃走中」?
それとも、「機能回復訓練」?
「どうした?本当にあたしを捕まえる気があるのか?」
「ありあり、だって・・・!」
ヒロフミ君は、私が見た事が無いような真顔でアキミさんを全力で追いかけますが、アキミさんはまるでヒロフミ君を弄んでいるようにも見えるくらい、さながら蝶が舞うかのようにヒロフミ君の追っ手をかわし続けます。
感情的になって少し力み過ぎているヒロフミ君の動きに対し、沈着冷静で一切の無駄の無いアキミさんの動き・・・
例えるならステージでダンスを見ているみたいな感じで、ついつい見とれてしまいます・・・
「・・・全く、また本気を出さなかったな?あたしはお前でも勝てるように、加減していたんだぞ?」
「加減って、陸上の高校記録を持ってるアキミに本気で行っても勝てないよ・・・」
そして、ヒロフミ君は最後までアキミさんに手をかすらせる事も出来ないまま、再びストップウォッチが鳴ってしまいました。
恐らく3分くらいだったと思いますが、バスケットコートの範囲内で手加減をして捕まえられないなんて・・・アキミさん、やっぱり「運動上手」です・・・
「言い訳か・・・なら、『おしおき』が必要だな?」
「うっ、マジか・・・」
お、おしおき?
何でしょう、高校生同士が使うと変な印象を感じると言いますか・・・ヒロフミ君も何故か普通に受け入れてますし、しかもアキミさん・・・何となく楽しそう?
うーん、何だかますます変な印象に・・・
「・・・誰かに見られるとややこしいな。体育館に行くぞ。」
「はぁい・・・」
あれ?アキミさんとヒロフミ君が、体育館の倉庫の中へ?
一応、後を追って聞き耳を立ててみて・・・
「んぐっ・・・!」
「どうだ?痛いか?まだまだして欲しいだろう?」
「そ、そんなの・・・あうっ!」
「そう言うな、お前の為にしてやっているんだぞ?」
え・・・ええっ!?
これ、もしかして・・・本当にそう言う「おしおき」!?
ヒロフミ君ってそ、そう言う性癖があって、だからアキミさんも楽しそうにしてた・・・!?
「あいててっ!いっ・・・!」
「何だ、もうか?情けない男だな・・・限界を迎えるのは、まだ早いぞ?」
「だって、正直アキミもやりすぎ・・・あはぁ!!」
「どうやら、もっと『おしおき』して欲しいようだな?あたしは構わないぞ?」
「ちょっと、まっ・・・ひぐっ!うっ!あうっ・・・!」
「本当にお前は、手間がかかる男だ・・・そろそろ、気持ち良く馴染んで来た頃か?なら、新しい『おしおき』を・・・」
・・・何だか、こちらも変な気分になって来ました・・・
そもそも本当なら課題の為に早く登校したんですし、「おしおき」の内容をちゃんと確かめたい所ですが、ここで退散しようと思います・・・!
でも、これで恐らくヒロフミ君はアキミさんとは深い関係と言う事ですし、チハルちゃんとの噂は違ったと言う事でしょうか?
そうであって欲しいですが、アキミさんとの深い関係も、出来れば違って欲しいです・・・
[ホームルーム前・2年3組教室]
「課題の仕上げ、間に合って良かったね。ハルカ。」
「うん・・・でも、これはヒロフミ君のお陰だよ。本当にありがとう。」
「どういたしまして。僕もト・・・父さんに教えて貰って、偶然出来てただけだから。」
あれから、課題はしばらくして帰って来たヒロフミ君に見せて貰って、何とか朝礼までに間に合いました。
ヒロフミ君、結構疲れていた筈なのに私が慌てて課題をしているのを見るや、すぐに助け船を出してくれまして・・・色々と申し訳無いです・・・
でも、そんなヒロフミ君にあんな趣味があったなんて・・・だからと言って、私はヒロフミ君の友達を止めるつもりはありませんし、私がアキミさんの代わりに・・・は、ちょっと出来ませんが・・・ヒロフミ君とアキミさんが他にどう言う関係なのかは気になりますので・・・勇気を出して、アキミさんに話を聞いてみようと思います!
[放課後・2年2組教室]
「あの、アキミさん?私、隣の3組の典零寺ハルカと言います。ちょっと、話を聞いていいですか?」
「・・・構わないが、手短に頼む。もうすぐ陸上部の練習が始まるんだ。」
放課後、スポーツ用の大きめな青いカバンを持って教室を出ようとしていたアキミさんに、直接話を聞きに行きました。
何でしょう、やっぱりアキミさん相手は変に緊張します・・・
同級生の女子のはずですのに、どうも上級生の男子と話している気分で・・・
「それと、同級生のあたしに敬語は必要無いぞ・・・ハルカ、だったか?」
「えっと・・・う、うん。それで、アキミさ・・・アキミは、最近私のクラスに転校して来た弥杜ヒロフミ君と仲がいいって聞いたんだけど、それは本当?私、ヒロフミ君と友達で・・・」
「あたしもヒロフミとは友達だ、恋人じゃない。」
「そ、そうなの?」
「あぁ。自分の身分は分かっているが、恋人なら堂々と皆に言う。隠す必要なんて、無いんだからな。」
話すのは初めてながら、アキミさ・・・アキミの言葉の一つ一つから、言いようの無い説得力を感じました。
これが日頃の行いの結果、なのでしょうか・・・では、今朝の「おしおき」とは一体?
「・・・それと、あたしは誰かに課題を出す事を『おしおき』と呼んでいる。ヒロフミは体が硬めだから、最近は柔軟運動の『おしおき』が多いな。」
「えっ?それって・・・」
「ただ、あたしが外で男子と柔軟運動をするだけで、良からぬ騒ぎが立つ・・・そう言う立場だから、学校では早朝の体育館の倉庫で『おしおき』をしている。それだけだ。」
「そ、そうなんだ・・・みんなに隠してる事まで話してくれて、ありがとう。」
「礼には及ばない。ただ、そろそろ部活に行く時間になったんだが・・・」
「あっ、引き止めちゃってごめんなさい。じゃあ・・・」
「待て、ハルカ・・・」
そう言うや、アキミは何故か教室を出ずに、急に私と顔の距離を詰めて来ました。
ち、近いです・・・!どうも顔立ちがイケメン男子に近いので、同じ女子なのに妙にドキドキすると言うか、なんと言うか・・・!?
「ど、どど、どうしたのアキミ!?わ、私やっぱりなんか嫌な事・・・!?」
「・・・ホコリ、髪に付いていたぞ。」
「・・・えっ?」
・・・が、私の考えていた色々な事が全て外れていたのが、左手にホコリを持ったアキミによって証明されてしまいました。
もしかして、わざわざ私の髪のホコリを取る為に顔を・・・?
「お前のような黒髪だと、ホコリは悪目立ちするだろう?無い方がいい。」
「あ、ありがとう・・・私の方こそ、なんか変な誤解しちゃって、ごめんなさい・・・」
「謝らなくていい。あたしもつい、手が先に動いてしまった。紛らわしい事をして、すまない。」
「ううん。私・・・アキミは噂通り、すぐに人助けが出来る凄く優しい子なんだって思った。人を助ける為に自然に手が先に動くなんて、中々出来ないよ。」
「ありがとう。ただ、あたしは自分の手で助けられるものがあるなら、全て助けたい・・・そう、昔から思い続けているだけだ。ヒロフミとも、その点で共感したんだったな。」
「ヒロフミ君も、人助けが大好きだからね。確かに、そう言う所はアキミと似てる。」
「・・・そうだな。さて、部活に行く前に・・・ハルカ、あたしと連絡先を交換してくれないか?また、日を改めて話をしたい。ヒロフミの友人には、あたしも興味がある。」
「分かった。じゃあ、連絡先を送って・・・と。今日はありがとう、アキミ。じゃあ、さようなら。」
「じゃあな、ハルカ。」
アキミは凛々しく微笑みながら、私と連絡先を交換すると、さりげなくホコリを教室のごみ箱に捨てて・・・部活に向かいました。
「おしおき」の事をここまで教えてくれたと言う事は・・・もしや、アキミは今朝私がコートにいた事に気付いていたのでしょうか?
でも、私が「おしおき」の事を聞きにくくしているのを悟って、ヒロフミ君の為にも誤解を解こうと自分から教えてくれたのなら・・・ホコリの一件も含めて、アキミは気が利くいい子なのは間違いないと言うか・・・女子から人気があるのも分かる、かっこいい女の子だなぁ・・・と思いました。
きっと、こうやって色んな生徒がアキミに助けられて、その時の事が他の生徒にも広まって・・・その流れを積み重ねて、今の人気に繋がったのだと思います。
成り行きでアキミの連絡先も聞けましたし、また連絡してみようと思います♪
「・・・自分から即座にあたしに聞きに来るとは、中々やるな。ハルカ・・・だが、それでもあたしとヒロフミの本当の関係を、お前に知られる訳にはいかないんだ・・・」