ゴジラ0‐一万二千年の記憶‐







昨日の正午前、砂浜を去った父親は自分の家の居間で立ち尽くしていた。
少年は中におらず、代わりに開けっ放しの玄関にはゼマの姿があった。



「・・・お前か。ここまで何をしに来た?」
「・・・近所の方に聞きました。貴方はここに来る前まで暴力なんてしていなかった事、貴方も昔にスパルタ流の教育を親から受けていた事・・・奥さんをディラによって失った事。」
「それがどうした?だからそんな辛い事は忘れて、前の様に戻ってくれと頼みたいのか?ふざけるな!簡単に忘れられれば、苦労なんてしない!」
「僕もディラによって大切な人を奪われ、憎しみから自分を見失いました。貴方も、そうじゃないんですか?」
「黙れ!俺は・・・!」
「貴方も僕も同じだ。どうすればいいか分からずに、何かになすりつける事しか出来ない人だ!僕は確かに親の立場になった事はありません・・・ですが貴方が息子にしている事は、少なくとも親が子供にするべき事じゃ無い!」
「・・・」
「・・・僕と一つ、約束をして下さい。明日もし貴方の息子が課題をこなせたら、息子の事を褒めてあげて下さい。」
「あいつを褒めるだと?それではあいつを甘えさせるだけだ!今までやってきた事の・・・」
「その代わり、課題が出来るまで僕は何も手を出しません。たとえ貴方が息子に手を出しても。」
「なっ・・・」
「僕もまだ迷っている身です。だから貴方とその息子を放っておけない。貴方達を見て、僕も迷いを断ち切れると思うんです・・・」






回想を終え、父親は再び息子の事を見る。
息子は自身が傷付けた手で強く彼の足を、自らの親を求める様に掴んでいた。



――・・・我が子に「心」を与える事。
俺はスパルタと言う形であれど、ここに来る前まではそれが出来た・・・いや、今までもこの胸の中にずっと渦巻き続けていた理不尽な日々への思いを、こいつにぶつけていただけでしかなかった。
思えば妻に何も言われなくなった時から、俺は見捨てられていたのかもしれないな。
今も、今までも俺は最低の親だった。
・・・今からでも、俺はこいつに相応しい父親になれるのだろうか・・・
いや、なるんだ。こいつに、同じ過ちを繰り返させないように・・・!






――・・・あの親子を見ていて、分かった。
なんで父さんがいなくなっても、僕の心は空っぽのままだったのかが。
姉さんが僕に言った、「もがいて見えるもの」の答えが。
・・・僕は、父さんに認めて欲しかったんだ。
僕は最後まで父さんに認めて・・・褒めて貰えなかった。
あの少年に言った事は、僕の心の言葉だったんだ。
自分自身でさえも気付けなかった、ずっと心の中にあった僕の叫び。
姉さんがいなくなって、ディラへの憎しみに駆られ続けて、ここに辿り着いて・・・やっと気付く事が出来た。
今の僕になら、自分が何をするべきかが分かる気がする。
その為にも、僕は・・・



互いの愛を確かめ合う様にひしと身を寄せ合う親子の様子見ていたゼマだったが、やがて静かに2人の元を去って行った。
彼の表情は、何処か晴れたものであった。



「・・・お前がいなければ、俺はこいつに同じ間違いをさせる所だった。感謝するぞ、少年・・・」
「・・・また、ね。」






「・・・本当に、よろしいのですか?」
「・・・はい。僕は思い出しました。だからこそ、いつまでもここにはいられません。」



その後ゼマは親子の家に戻り、一週間分の非常食等が入った鞄を手に玄関にいた。



「ほんとに行っちゃうの、ゼマお兄ちゃん・・・」
「ごめん。けど、僕にはやらないといけない事があるって、思い出したから・・・」
「やらないといけない事、ですか?」
「・・・僕には、迎えに行かないといけない存在がいます。その存在を放っておけば、僕と同じ過ちをさせられてしまう。そんなの、嫌だ・・・!だから、僕は行きます。」
「・・・分かりました。貴方は、答えを見つけたのですね。」
「はい。この一週間、勝手に上がり込んで申し訳ありません。そして、ありがとうございます。」
「いえいえ。貴方と過ごした一週間は、まるで私に息子が出来たかのような日々でした。」
「・・・ゼマお兄ちゃん、今まで見た中で一番明るい顔、してるよ。」
「そう言ってくれてありがとう。じゃあ、そろそろ行きます。」
「・・・またいつか、ここにも寄って下さいね。では、お元気で・・・!」
「じゃあねーっ!」



親子の家を笑顔で後にし、ゼマは集落の外へ向かって行く。
その顔は、揺るぎの無い強い確信に満ちたものだった。



「お、おい君。本当に行っちゃうのか?」
「はい。僕は行かなければいけない所を思い出しましたので。」
「ここから外はろくに復興がなされていない所ばかりだ。それでも行くのかい?」
「ええ。覚悟は出来ています。」
「ここにずっといてちょうだいよ!折角また、一人大切な隣人がいなくなるみたいで・・・!」
「すみません・・・けど僕はここが大好きだからこそ、行かないと駄目なんです。」
「そうか・・・行くか。次帰って来たら、わしと競争じゃぞ!それまで旅してうんと逞しくなれ、少年よ!」
「ありがとうございます。貴方との競争、楽しみにしています。では、僕はここで・・・」



人々の声に答え、引き止める手を優しく払い、ゼマは集落を出た。
この先の世界は数ヶ月前の惨劇のまま残った、何も無い世界だ。
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