ゴジラ0‐一万二千年の記憶‐
正午、集落の外れにある草むらにあの少年の姿があった。
少年が手に楽器を持ち、それをただ睨む様に見る。
暫くの沈黙の後、少年は楽器を持ったまま手を振り上げ、楽器を草むらに叩きつけようとした。
「・・・!」
だが、それは後ろからやって来た何者かによって阻止された。
そう・・・ゼマだ。
「・・・駄目だ。それだけはしたらいけない。」
「・・・」
「それをすると言う事は、自分を否定する事になる・・・君は音楽が好きだから、その楽器を持っているんだろう?」
「・・・」
少年は小さく頷き、手を降ろす。
ゼマは手を離すと、少年の隣に座り込んだ。
「僕はここに来てまだ少しだから、君の事は詳しく分からない・・・けど、君の気持ちは少し分かる・・・僕も小さい頃、同じような事をされてたから。」
「・・・」
「自分は自分なりに頑張っているのに、それを親が認めずに痛い事をしてくる・・・体だけじゃなくて、君の心も辛い筈。けれど、だからこそ君は頑張らないといけない。努力は必ず報われる。そうすれば、きっと君のお父さんも褒めてくれる。」
「・・・」
「僕は褒めてもらう前にその人がいなくなった。だから、こんな空っぽな人間になった。だけど、君にはまだ褒めて貰える可能性がある。褒めて貰えるように、頑張ろう。」
「・・・うん。」
ゼマの言葉に、少年はようやく口を開いた。
常に空虚な表情を浮かべていたその顔も、緩やかになっている。
「・・・ありがとう。あと一つだけ質問するけど、朝会った時に僕を止めたのは、どうして?」
「・・・お父さん、守りたいから・・・お父さん、ここ来る前に六回だけぼくを褒めてくれたから・・・」
「じゃあ、七回目の為に頑張ろう。明日がその日になるように。」
「・・・うん!」
それから少年はゼマの前で何度も楽器を吹き、ゼマもその様子を見守った。
音楽の事は分からないゼマも、少年の頑張る姿だけをひたすらに見つめ、その頑張りを褒めた。
少年の旋律は彼の心を表すかの如く、穏やかで美しい音を奏でていた。
翌日、少年と父親は砂浜にいた。
少年の手には楽器、その少し後ろにはゼマも立っている。
「この楽譜の通りに吹け。一回の失敗も許さないぞ。お前なら、出来る筈だ。」
「・・・」
「あとそこの少年、約束通り俺が何をしようと、一切手を出すなよ。」
「・・・分かっています。その代わり、貴方も約束は守って下さい。」
「・・・ああ。」
何かのやり取りを交わす2人をよそに、少年は演奏の準備をする。
少々デリケートな楽器なので、良い音を出すには楽器の調整が欠かせないのだ。
「・・・よし、始めろ。」
父親の指示と共に、少年は楽器を演奏し始める。
楽譜を見つめながら暫くはミス無く演奏する少年だったが、曲が半ばに差し掛かった所で音程を外してしまった。
「そんな所で失敗するんじゃない!」
少年の頬に平手打ちをする父親。
少年は一瞬倒れかけるも、すぐ姿勢を元に戻して演奏を始める。
「・・・!」
思わず手が出そうになるゼマだったが、歯を食いしばって手を抑える。
そんな中少年は演奏を続け、先程ミスした所も何とか成功させた。
それから曲はあと少しで終わる所にまで差し掛かったが、焦る少年はまたしても音程を外してしまった。
「何をやっている!失敗は許さんと言っただろう!」
厳しい表情で父親は再び少年の顔を打ち、その衝撃で少年は倒れ込んでしまう。
その光景を見せられてもなお、ゼマは辛い顔付きで少年を見る事しかしなかった。
「・・・」
「お前はやれば出来る奴なんだ!もっと本気でやってみせろ!それとも、お前はこの三年でその程度の実力しか付かない奴なのか!」
「・・・!」
父親の叱咤に、少年は父親を見つめながら立ち上がった。
その鋭い眼差しは憎しみでは無く、必ずやり遂げてみせると言う、決心の宿る瞳だった。
――頑張れ・・・!
心の底でゼマは少年を気遣い、一度だけ後ろへと振り向いた少年も、彼の表情からその言葉を読み取った。
少年は三度目の演奏を開始し、ただ楽譜のみを見ながら演奏に集中した。
何度も焦りを顔に出し、それでも少年は失敗せずに演奏を続けた。
「・・・!」
そして少年は、最後まで演奏しきる事に成功したのだった。
「・・・終わった、のか・・・」
「・・・」
「・・・よく、やった。」
「・・・!」
演奏を終えた彼に待っていたもの、それは目の前の父親から与えられた、七回目の言葉だった。
「よく、やったな。俺はとても嬉しいぞ・・・」
「・・・お、とうさん・・・!」
喜びのあまり、涙を浮かべて父親の脚にしがみ付く少年。
父親は少年を見ながら何かを思い出した様な表情を浮かべていたが、すぐに我が子の頭を撫でる。
今まで暴力を振るう事にしか使わなかった、その手で・・・
――・・・そうか・・・
俺が忘れてしまった、失ってしまったもの・・・それは・・・