ゴジラ0‐一万二千年の記憶‐







翌日、機密製造室にはこの世の中には珍しい掃除道具・・・所謂「デッキブラシ」の様な物を持ったゼマがいた。
彼は文句一つ言わず、水で濡れた床を磨き続ける。



「あれが、あの子の処罰か・・・」
「でもその間は出撃禁止、事実上の軟禁だ。」
「昨日の闘いを見る限り操縦技術は大人勝りなのに、勿体無いよなぁ。」
「確か、ディラに襲われて村を失ったんだっけ?こういう所はどうしても子供だから、感情が抑えられないんだな・・・」



滑稽とも言える光景を見ながら、作業員達は口々に呟く。
その声も当人には聞こえているのかいないのか、ゼマは黙々と掃除を続けるが、ふと見上げた先に立つハルコンを見て、ゼマはある事を考え始める。



――・・・そういえば昨日、あの時聞こえた声は何だったんだろう?
まるで獣が吼えたような声・・・そう、僕は何かと意識が一つになったみたいだった。
でも、機械に魂が宿るなんて聞いた事が無いし、ずっと機械いじりをしていた僕もあんな体験は初めてだ・・・
もしかしたら、サイワさんなら知ってるかもしれない。



ゼマの目線は、製造室の端で伝達装置を修理するサイワに向けられた。
足もまた目線の先へ歩き出し、いつしかゼマはサイワの前に辿り着く。



「あの・・・」
「んっ、少年か。どうだ、頑張ってゴシゴシしてるか?」
「はい・・・それで、ちょっと質問があるのですが。」
「質問?」
「昨日ハルコンに乗った時、僕は獣が叫ぶ様な声を聞きました。それはまるで僕の中から聞こえて来たみたいで・・・これは何だと思いますか?」
「声?そんな事は・・・はっ!?」



ゼマの質問に、サイワは一瞬驚愕の表情を浮かべる。
だが、すぐに表情を戻すと腕を組んで考え込み、途切れ途切れに答えを言う。



「えっとな・・・それはお前がな・・・一人前の・・・そう、操縦士になった証だ。達人の域に入った操縦士はな、機械に宿る魂の声を聞けるって噂だ。お、お前もやっとその入口に立ったってわけだ・・・」
「そんな話、聞いた事がありませんが・・・」
「ディラハルコンに内蔵された、ジラの声を聞いたのです。」



2人の会話に入り込んで来たのは、今さっき出入口から現れたエンルゥだった。



「お、おいっ・・・!」
「この兵器には数々の伝達装置が組み込まれており、それにはその部位において最も発達した生物の遺伝子の塩基が内蔵されています。しかし、それらを統括する情報端末がこの兵器には組み込まれており、それにはかの巨獣『ジラ』の遺伝子が組み込まれている・・・そういう事です。」
「ジラの遺伝子・・・?」
「ちょっと待てよ、それは俺とお前だけの秘密だっただろうが!『絶望の一夜』が起こる危険性があるからってよ!」
「「「!?」」」



「絶望の一夜」と聞き、そこにいた誰もが驚愕を隠せずにいた。
どうやら「絶望の一夜」とは、相当な事らしい。



「黙れ、偽善者。貴方とて、それを引き起こしかねない事をしていた癖に・・・『ディラ』と言う化け物を作ると言うね。」
「・・・!!」



更にエンルゥがサイワに突き付けた言葉は本人や作業員達を、何よりもゼマの精神にダメージを与えた。
特に、ゼマはこの事実を受け入れられない・・・受け入れたくないのか、震えながらサイワの事を見つめる。



「サイワ・・・さんが・・・ディラを・・・?」
「そうです、この男は『研究』と言う理由でジラの遺伝子を改変し続け、それはディラになった。まぁ、ディラ自体は研究所が間抜けな事故を起こして電力供給用の核施設から放射線を流出させ、それによって遺伝子標本が暴走したとの事ですが・・・当然、ここにいるムー化学研究所の皆さんはご存じの筈ですね?」
「「うっ・・・」」
「・・・ディラを・・・サイワさんが・・・!?」
「やめろ!これを言わない事を条件にジラ遺伝子をハルコンに組み込めって脅したのは、お前だろうが!」
「貴方の大罪に比べれば、約束を一つ破る事くらいどうとありませんよ。貴方もこの少年に嘘を付いていたのですから。」
「お前、この・・・」
「・・・!」



サイワが言い出すその前に、ゼマは掃除道具を投げ捨て出入口へと走り去って行った。



「・・・偽善者はお前だろうが・・・!善良な人間の振りをして、オレを苦しめたいだけの癖によ・・・!」
「何とでも。私は間違いを犯した者に『反省』させているだけです。それに、貴方は私に口ごたえ出来る立場だとお思いですか?泣きながら私に兵器を作ってくれとひざまずいた、貴方が・・・」



薄ら笑いをサイワへ向け、エンルゥもドックを去って行った。
サイワはゼマへの罪悪感とエンルゥに坑えない悔しさから、ただ拳を強く握り締めるしか出来なかった。



「サ、サイワさん・・・」
「・・・作業に戻れ。早くハルコンを完成させるぞ。自分の犯した事は、自分で決着を付けるんだ。」
「はっ、はい。」



戸惑いながらも作業員達は再び作業に戻る。
サイワも座り込み、足元に置かれた伝達装置の修理を続けるが、その胸中は悔しさに満ちていた。



――・・・すまねぇ、ゼマ。
ディラを倒した後なら、いくらでも恨んでくれて良かったのによ・・・!
だからこそ、オレは・・・
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