Valentine Day Plan!







これはとある年の2月12日、京都府・京都市の妃羽菜家から始まる。
学期末テストも迫る中、遥は自分の部屋で参考書ではなく、少々カラフルな大きめの本を読んでいた。
表紙には「おいしいチョコレートの作り方」と書かれており、これはどうやら料理本の様だ。



「えっと、チョコレートをボールに入れて、お湯の入ったミルクパンに乗せて温めて、それから・・・」



熱心に本を読む遥はドアが何回もノックされている事に気付かず、ドアが空いてようやく佳奈他が来た事に気付いた。



「わあっ!お、おばあちゃん!」
「あたしは何回もノックしましたよ。そういえば、明後日の京都案内の話はどうなったのかい?」
「う、うん。志真さんも瞬さんも、大丈夫だって・・・」
「それはよかったねぇ。おや、それは・・・?」



ふと、佳奈他は様々な参考書と料理本が置かれた机の上に目をやる。
目線でそれが分かった遥は慌てて近くの参考書を手に取り、本を隠す。
だが、佳奈他は既に机に置かれた他の本と何処か違う本の存在に気付いていた。



「ど、どうしたの、おばあちゃん。」
「何だか机の上に見慣れない本があった気がしてねぇ・・・」
「な、何でもないよ。」



そういう遥の顔は、明らかに動転している。
佳奈他は遥の慌て振りや少し見えた本の柄、時期などから遥が何を隠しているかを考察し、答えに行き着く。



「・・・んっ、もしかしてこっそり誰かに渡すチョコレートを作ろうとしていないかい?」
「え、ええっ!?」
「図星だね。明後日記者さんか軍人さんに渡すのかい?」
「・・・は、はい・・・」
「遥の事だから、もうすぐテストなのにこんな事をしたらあたしに怒られるか、心配だから隠してたんだね。」
「うん・・・この前のテストで欠点取っちゃったし、勉強しないといけないのは分かってるんだけど、志真さんと瞬さんにはお世話になってるし、何かお礼しようかなって思って・・・」
「大丈夫。あたしも女、遥の気持ちは分かるさ。あたしは何も言わないから、遥のしたい事をおやり。」
「ほ、本当!?」
「ただし、あたしは何も手伝わないよ。花嫁修行だと思って、1人で頑張ってみなさい。」
「1人でやるつもりだったから、大丈夫。ありがとう、おばあちゃん!」



遥はとても満足気な顔をすると佳奈他に一礼し、料理本を持って部屋を出て行った。



――ふふっ、頑張るんだよ・・・






それからしばらくして、台所にはエプロン着に着替えた遥の姿があった。
奇跡的に器材や材料は全て揃っており、それはすぐ佳奈他がこの時期になると自分の為にチョコを作ってくれていたからだ、と悟った。



「ミルクパン、中と大のボール、ゴム平、チョコレートにブランデーまで・・・ほんと、ここまで用意してたおばあちゃんには感謝しないと・・・よし、それじゃあ作業、開始!」



かくして、遥の初めてのチョコレート作りが始まった。
途中チョコを溶かす所や冷やす所で何度か慌てる場面もあったが、その時は落ち着いて傍に置いた本を見つめ、何とかチョコを型に入れる所まで出来た。
冷蔵庫でチョコを固める間に遥は流行りの曲のフレーズを口ずさみながらチョコを包むラッピングを棚から選び、それを佳奈他は廊下からこっそりと、だが微笑ましく見守っていた。










それから2日後、運命のバレンタインを迎えた。
街はすっかりバレンタインモードで、街往く人は自然とカップルが多くなる。
そんな中、京都駅前に2人の男の姿があった。
そう、志真と瞬だ。



「はぁ、何処見てもカップルばかりだなぁ・・・それに比べてここは野郎2人かぁ・・・」
「それは俺に対する文句か?」
「冗談だって。それに、もうすぐ紅一点が来るしな。」
「・・・どうやら、その紅一点がご到着の様だ。」



瞬の目に、白い吐息を漏らしながらこちらへ走って来る遥が映った。
街に目を向けていた志真も、すぐ遥に気付く。



「おっ、遥ちゃん!」
「はぁ、はぁ・・・志真さん、瞬さん、お待たせしました・・・」



少し息を切らし、2人の前で足を止めて頭を下げる遥。
何だか見慣れた光景ながらも気にしていない事を志真は手振りで、瞬は表情で示す。



「たった10分ちょっと遅刻しただけだし、気にしないでいいって。」
「東と西が30分遅刻する事があるのに比べれば、全然大丈夫だ。」
「ありがとうございます・・・では、早速案内しますね。」



そう言うと遥は街へ向かって歩いて行き、志真と瞬も後を追った。
それからは京都の名産物を摘まみつつ、京都市に点在する寺院や観光スポットを見て回った。
そして夕焼けが街を包んだ頃、3人は再び駅前に帰って来た。



「いや~、前来た時は慌ただしくてじっくり見て回れなかったから、ほんと楽しかった!」
「流石は古都、素晴らしい景色ばかりだ・・・」
「楽しんで頂けて、本当に良かったです。あっ、あとお2人にこれを・・・」



すると遥は一気に顔を固くさせ、少し震える手付きで手提げ鞄から丁寧にラッピングされた袋を2つ取り出した。
思いもしない遥のその行動に、駅へと向いていた2人の顔は一斉に後ろの遥に向く。



「志真さんと瞬さんにはお世話になりましたので、そのお礼・・・です。初めてなので拙い出来ですが、どうか受け取って・・・下さい!」



朝の時以上に頭を下げ、遥は顔を赤らめて2人にチョコを差し出す。
遥の頭の中は2人が受け取ってくれるのか、初めてと聞いてがっかりしないか、と言う気持ちで一杯だった。



「・・・よっ、しゃあ!!こんな事、小学校以来だぜ・・・!」
「これは・・・想定外だな・・・」



だが、予想していた言葉とは違うその台詞に遥の表情は一気に和らいだ。
チョコを受け取った2人の反応はと言うと、志真はまるで子供の様に喜び、瞬は自衛隊員になってからは経験の無いこの出来事に驚きを隠せない。



「遥ちゃん、本当にありがとう!もう今日は最高だぁ!!」
「ひ、妃羽菜。そ、その・・・有難う。」

――わっ、私のチョコ、受け取ってもらえた・・・♪



もっとも、一番喜んでいるのはチョコを渡した遥自身であったが。
その後、2人は最後まで満足気な顔をして京都を去って行った。
もちろん遥もまた一つ、初めての出来事を成し遂げた喜びを胸に家の帰路に着いた。






ちなみに家に帰った2人は早速チョコの包装を解いて中身を見てみたが、チョコはこれまた丁寧な事にそれぞれ志真はゴジラ、瞬はバランの顔の形をしていた。
更にチョコの下には小さい紙が入っており、それにはこう書かれていた。







ちょっとチョコを冷やし過ぎたので、味は保証出来ないと思います。
本当にごめんなさい。
来年こそ、必ず良いバレンタインを届けます!
妃羽菜 遥








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    好釦