闘技場に売られた獣
ケロン星から遠く離れた、宇宙の観光名所としてもまだ名が知られていない隠れ家的な海洋惑星。
見渡す限りのエメラルドグリーンの海と、真っ白な砂浜が広がるプライベート・ビーチに、日傘を差した三人の影があった。
「……ふん。軍の演習地以外で、これほど広大な砂浜を見るのは初めてだな」
ギロロは水着代わりのハーフパンツ姿に、どこか落ち着かない様子で腕を組んでいた。ペコポンを失い、小隊が解散してからの張り詰めた空気は、この数日間の旅でようやく少しだけ和らいでいる。
「緊張を解け、ギロロ。今回は任務ではない。ヤジュジュの静養のための旅行なのだからな」
その隣で、完璧なリゾートシャツを身にまとい、普段の軍服姿からは想像もつかないほどリラックスした様子でパラソルの下に佇んでいるのはガルルだった。カタブツの彼をここまで動かしたのは、ひとえに「ヤジュジュのお願い」という絶対的な至上命令があったからに他ならない。
「二人とも、せっかくの海なんだから、そんなに難しい顔をしていないでこっちにおいでよ」
波打ち際から二人を振り返り、楽しそうに手を振っているのはヤジュジュだ。
目元に子供の「線」を残したままの顔で、狼の耳をピコピコと動かし、白い砂を蹴る。後ろのふさふさとした銀の尻尾は、水分を嫌って少し高めに持ち上げられながらも、嬉しそうに「ゆらり、ゆらり」と大きな弧を描いていた。
ヤジュジュが貝殻を拾って遊んでいるのを、ガルルとギロロは少し離れた場所から、示し合わせたかのように同時に見守っていた。
「……ギロロ。お前がペコポンでの任務を失い、一時はどうなることかと思ったが……ヤジュジュの提案のおかげで、こうして三人で集まる機会ができた。結果として、この休暇はお前にとっても悪くないものになったようだな」
ガルルが静かに呟く。ギロロは砂を一つまみ握り、それを指の隙間から落としながら、ぶっきらぼうに答えた。
「ああ。俺は……あの星に長居しすぎて、軍人としての戦い方を見失いかけていたのかもしれん。ヴァイパーの一族に一瞬で掠め取られたのは屈辱だが……こうして兄さんの隣にいると、俺が本当に守りたかったものが何だったのか、分からなくなる」
「守るべきものは、最初から決まっているだろう」
ガルルはヤジュジュの細い背中を見つめ、その黄金色の瞳を優しく細めた。
「あの地獄の闘技場から、私たちがようやく取り戻した唯一無二の宝だ。あの子がこうして笑っていられる環境を守ること――それ以上に優先されるべき軍務など、この宇宙には存在しない」
「……そうだな」
ギロロの胸の奥にあった、ペコポンを失ったことへの僅かな未練。それが、実の兄たちの絶対的な愛の言葉によって、サラサラと波に洗われるように消えていく。
「ガルル! ギロロ! 見てごらん、こんなに綺麗な桜色の貝殻が落ちていたよ!」
ヤジュジュが、拾った貝殻を両手に大切そうに抱えながら、砂浜をパタパタと駆けて戻ってきた。
ガルルの元へたどり着くと、その袖をきゅっと掴み、上目遣いで貝殻を見せる。
「それは見事なものだな、ヤジュジュ。お前の美しい銀の毛並みによく映える」
ガルルが大きな手でヤジュジュの頭を優しく撫でると、ヤジュジュは嬉しそうに目を細めた。そして今度はギロロの隣へと滑り込み、自分の大きな尻尾を、ギロロの赤い脚に愛おしそうにしっかりと絡ませる。
「ギロロ、この貝殻はお前にあげる。お前の部屋に飾って、この旅行のことをずっと覚えていてほしいんだ」
「お、俺に……!? ああ、大切にさせてもらう、兄さん」
不器用ながらも嬉しそうに貝殻を受け取るギロロ。
その二人の姿を見つめながら、ヤジュジュは心の中で、誰にも聞こえない深い満足の笑みを浮かべていた。
現実のペコポンは、今頃ヴァイパーの一族の支配下で、かつての面影もないほど徹底的に管理されていることだろう。ケロロたちは散り散りになり、日向家の賑やかな日常も完全に消滅した。
けれど、その代償として手に入れたのは、この偽りのない、甘やかで穏やかな三人の時間だ。ギロロの心は傷ついたが、その手は汚れていない。誰も、ヤジュジュを責める者はいない。
(ねえ、三十七号。お前がくれたこの『平和』は、本当に最高の味がするよ……)
かつて闘技場の冷たい檻の中で、ヴァイパーと分け合った僅かな水や薬草。あの最低最悪の地獄で、痛みを学習し、生き残るためにすべてを冷徹に処理することを覚えたからこそ、ヤジュジュは今、この完璧な幸福をコントロールできている。
「ふふ、明日もまた、三人で美味しいものを食べに行こうね」
ヤジュジュは二人の愛する弟と兄に挟まれながら、幸せそうに尻尾をパタパタと揺らした。
寄せては返す碧い波の音だけが、すべてを隠蔽した優しい世界の静寂を、どこまでも甘やかに満たし続けていた。
見渡す限りのエメラルドグリーンの海と、真っ白な砂浜が広がるプライベート・ビーチに、日傘を差した三人の影があった。
「……ふん。軍の演習地以外で、これほど広大な砂浜を見るのは初めてだな」
ギロロは水着代わりのハーフパンツ姿に、どこか落ち着かない様子で腕を組んでいた。ペコポンを失い、小隊が解散してからの張り詰めた空気は、この数日間の旅でようやく少しだけ和らいでいる。
「緊張を解け、ギロロ。今回は任務ではない。ヤジュジュの静養のための旅行なのだからな」
その隣で、完璧なリゾートシャツを身にまとい、普段の軍服姿からは想像もつかないほどリラックスした様子でパラソルの下に佇んでいるのはガルルだった。カタブツの彼をここまで動かしたのは、ひとえに「ヤジュジュのお願い」という絶対的な至上命令があったからに他ならない。
「二人とも、せっかくの海なんだから、そんなに難しい顔をしていないでこっちにおいでよ」
波打ち際から二人を振り返り、楽しそうに手を振っているのはヤジュジュだ。
目元に子供の「線」を残したままの顔で、狼の耳をピコピコと動かし、白い砂を蹴る。後ろのふさふさとした銀の尻尾は、水分を嫌って少し高めに持ち上げられながらも、嬉しそうに「ゆらり、ゆらり」と大きな弧を描いていた。
ヤジュジュが貝殻を拾って遊んでいるのを、ガルルとギロロは少し離れた場所から、示し合わせたかのように同時に見守っていた。
「……ギロロ。お前がペコポンでの任務を失い、一時はどうなることかと思ったが……ヤジュジュの提案のおかげで、こうして三人で集まる機会ができた。結果として、この休暇はお前にとっても悪くないものになったようだな」
ガルルが静かに呟く。ギロロは砂を一つまみ握り、それを指の隙間から落としながら、ぶっきらぼうに答えた。
「ああ。俺は……あの星に長居しすぎて、軍人としての戦い方を見失いかけていたのかもしれん。ヴァイパーの一族に一瞬で掠め取られたのは屈辱だが……こうして兄さんの隣にいると、俺が本当に守りたかったものが何だったのか、分からなくなる」
「守るべきものは、最初から決まっているだろう」
ガルルはヤジュジュの細い背中を見つめ、その黄金色の瞳を優しく細めた。
「あの地獄の闘技場から、私たちがようやく取り戻した唯一無二の宝だ。あの子がこうして笑っていられる環境を守ること――それ以上に優先されるべき軍務など、この宇宙には存在しない」
「……そうだな」
ギロロの胸の奥にあった、ペコポンを失ったことへの僅かな未練。それが、実の兄たちの絶対的な愛の言葉によって、サラサラと波に洗われるように消えていく。
「ガルル! ギロロ! 見てごらん、こんなに綺麗な桜色の貝殻が落ちていたよ!」
ヤジュジュが、拾った貝殻を両手に大切そうに抱えながら、砂浜をパタパタと駆けて戻ってきた。
ガルルの元へたどり着くと、その袖をきゅっと掴み、上目遣いで貝殻を見せる。
「それは見事なものだな、ヤジュジュ。お前の美しい銀の毛並みによく映える」
ガルルが大きな手でヤジュジュの頭を優しく撫でると、ヤジュジュは嬉しそうに目を細めた。そして今度はギロロの隣へと滑り込み、自分の大きな尻尾を、ギロロの赤い脚に愛おしそうにしっかりと絡ませる。
「ギロロ、この貝殻はお前にあげる。お前の部屋に飾って、この旅行のことをずっと覚えていてほしいんだ」
「お、俺に……!? ああ、大切にさせてもらう、兄さん」
不器用ながらも嬉しそうに貝殻を受け取るギロロ。
その二人の姿を見つめながら、ヤジュジュは心の中で、誰にも聞こえない深い満足の笑みを浮かべていた。
現実のペコポンは、今頃ヴァイパーの一族の支配下で、かつての面影もないほど徹底的に管理されていることだろう。ケロロたちは散り散りになり、日向家の賑やかな日常も完全に消滅した。
けれど、その代償として手に入れたのは、この偽りのない、甘やかで穏やかな三人の時間だ。ギロロの心は傷ついたが、その手は汚れていない。誰も、ヤジュジュを責める者はいない。
(ねえ、三十七号。お前がくれたこの『平和』は、本当に最高の味がするよ……)
かつて闘技場の冷たい檻の中で、ヴァイパーと分け合った僅かな水や薬草。あの最低最悪の地獄で、痛みを学習し、生き残るためにすべてを冷徹に処理することを覚えたからこそ、ヤジュジュは今、この完璧な幸福をコントロールできている。
「ふふ、明日もまた、三人で美味しいものを食べに行こうね」
ヤジュジュは二人の愛する弟と兄に挟まれながら、幸せそうに尻尾をパタパタと揺らした。
寄せては返す碧い波の音だけが、すべてを隠蔽した優しい世界の静寂を、どこまでも甘やかに満たし続けていた。
