闘技場に売られた獣
ヤジュジュの仕組んだ「現実」の作戦は、寸分の狂いもなく、実にあっけなく完遂された。
ケロン軍の防衛ネットワークの裏口、そして日向家に潜伏するケロロ小隊の迎撃システムの全データ。それらを事前に手に入れていたヴァイパーの一族は、夜陰に乗じて怒涛の奇襲を仕掛けた。
かつてあれほどペコポンを守ろうと息巻いていたギロロも、ヤジュジュが事前に仕込んでおいた特殊な睡眠薬のせいで深い眠りから覚めることができず、目が覚めた時にはすべてが終わっていた。
人類の防衛線は瓦解し、日向家は制圧され、ペコポンの主権はあっさりとヴァイパーの手へと渡った。
ケロン軍本部、そして宇宙の世論が下した評価は非情だった。
『ケロロ小隊――長年ペコポンに居座り、予算を貪り食っていた挙句、宿敵ヴァイパーに一瞬で作戦目標を横取りされた、軍の恥晒し、みっともない無能小隊』
大々的なバッシングの末、ケロロ小隊には即座に「解散命令」が下された。ケロロたちは本部の査問会へと連行され、それぞれの処遇が決まるまでの間、完全にバラバラになってしまった。
だが、それこそがヤジュジュの狙い通りだった。ギロロの手は一滴の血でも汚れず、罪悪感を背負うこともなく、生ぬるいペコポンへの未練は「最悪の敗北」という形で強制的に断ち切られたのだ。
ケロン星の片隅にある、うらぶれた軍用宿舎。
次の任務が決まるまで実質的な「長期自宅待機(休暇)」を言い渡されたギロロは、何もすることがない静寂の中で、暇を持て余していた。
机の上に置かれた、かつて愛用していたバズーカのメンテナンスキット。それを手に取る気力すら湧かない。守るべきテントも、口うるさく叱るべき隊長も、もうここにはないのだ。
戦う理由を失い、ただ呆然と天井を見つめるギロロの耳に、静かな足音が近づいてきた。
「……ギロロ。やっぱり、ここにいたんだね」
扉を開けて入ってきたのは、ヤジュジュだった。
ハーフゆえの幼い顔立ち、目元に残る子供の「線」。彼はいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべ、所在なげに座り込む弟の元へ歩み寄ると、その赤い肩にそっと寄り添った。
「兄さん……。俺は、軍人として最低の失態を犯した。ヴァイパーの奇襲に気づけず、任務を横取りされ、小隊を解散に追い込んだ。俺には、戦士としての価値など……」
「そんなことないよ、ギロロ。お前は十分に戦ったさ」
ヤジュジュは優しくギロロの言葉を遮ると、ふさふさとした銀の尻尾を、元気づけるようにギロロの脚にそっと絡ませた。
「ねえ、ギロロ。次の任務が決まるまで、まだたくさん時間があるんだろう? せっかくの休暇なんだ。暇を持て余しているなら……ガルルも誘って、三人でどこか遠くへ旅行にでも行かないかい?」
「ガルルを……旅行に?」
ギロロが驚いたように目を見開く。あのカタブツで、四六時中任務のことばかり考えているガルルが、旅行などという生ぬるい誘いに乗るはずがない――ギロロはそう思った。
しかし、ヤジュジュは目元の線を細め、クスクスと愛らしく笑った。
「うん。ガルルにも声をかけたらね、『ヤジュジュが行くと言うなら、私が護衛として同行せねばならん』って、すぐに有給休暇を申請してくれたよ。……お前たち兄弟も、最近はゆっくり話す機会がなかっただろう? 闘技場から戻った私を、あんなに過保護に迎えてくれた二人と、今度は戦場じゃない、綺麗な星を一緒に見て回りたいんだ」
「兄さん……」
ギロロは、ヤジュジュの黄金色の瞳を見つめた。そこには、かつて自分が夢にまで見た「戦いも、毒も、檻もない平穏」が、確かに広がっていた。
ペコポンを失った喪失感は、まだギロロの胸の奥で燻っている。だが、こうして自分を必要とし、甘えてくれる兄の体温が隣にあるだけで、その傷口がじわじわと、温かい何かで満たされていくのが分かった。
「……分かった。兄さんがそこまで言うなら、俺もお供しよう。ガルルに遅れを取るわけにはいかんからな」
「ふふ、ありがとう、ギロロ。お前がそう言ってくれて嬉しいよ」
満足そうに目を細めたヤジュジュは、ギロロの胸にそっと頭を預けた。
その背後で、ふさふさとした銀の尻尾が、「パタパタ、パタパタ」と、心地よいリズムで床を叩き始める。
(これでいいんだ、ギロロ……。お前は何も知らなくていい。ただ、私の隣で、ガルルと一緒に、幸せになってくれればいいんだよ)
裏でヴァイパーにデータを流し、ペコポンを壊滅させた凄惨な過去の真実は、ヤジュジュの胸の奥深く、あの第十七闘技場の記憶と共に永遠に葬られた。
これから始まる、三人の優しくて、少し過保護で、甘やかな旅路。
そのカウントダウンを刻むように、ヤジュジュの尻尾は、どこまでも嬉しそうに揺れ続けるのだった。
ケロン軍の防衛ネットワークの裏口、そして日向家に潜伏するケロロ小隊の迎撃システムの全データ。それらを事前に手に入れていたヴァイパーの一族は、夜陰に乗じて怒涛の奇襲を仕掛けた。
かつてあれほどペコポンを守ろうと息巻いていたギロロも、ヤジュジュが事前に仕込んでおいた特殊な睡眠薬のせいで深い眠りから覚めることができず、目が覚めた時にはすべてが終わっていた。
人類の防衛線は瓦解し、日向家は制圧され、ペコポンの主権はあっさりとヴァイパーの手へと渡った。
ケロン軍本部、そして宇宙の世論が下した評価は非情だった。
『ケロロ小隊――長年ペコポンに居座り、予算を貪り食っていた挙句、宿敵ヴァイパーに一瞬で作戦目標を横取りされた、軍の恥晒し、みっともない無能小隊』
大々的なバッシングの末、ケロロ小隊には即座に「解散命令」が下された。ケロロたちは本部の査問会へと連行され、それぞれの処遇が決まるまでの間、完全にバラバラになってしまった。
だが、それこそがヤジュジュの狙い通りだった。ギロロの手は一滴の血でも汚れず、罪悪感を背負うこともなく、生ぬるいペコポンへの未練は「最悪の敗北」という形で強制的に断ち切られたのだ。
ケロン星の片隅にある、うらぶれた軍用宿舎。
次の任務が決まるまで実質的な「長期自宅待機(休暇)」を言い渡されたギロロは、何もすることがない静寂の中で、暇を持て余していた。
机の上に置かれた、かつて愛用していたバズーカのメンテナンスキット。それを手に取る気力すら湧かない。守るべきテントも、口うるさく叱るべき隊長も、もうここにはないのだ。
戦う理由を失い、ただ呆然と天井を見つめるギロロの耳に、静かな足音が近づいてきた。
「……ギロロ。やっぱり、ここにいたんだね」
扉を開けて入ってきたのは、ヤジュジュだった。
ハーフゆえの幼い顔立ち、目元に残る子供の「線」。彼はいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべ、所在なげに座り込む弟の元へ歩み寄ると、その赤い肩にそっと寄り添った。
「兄さん……。俺は、軍人として最低の失態を犯した。ヴァイパーの奇襲に気づけず、任務を横取りされ、小隊を解散に追い込んだ。俺には、戦士としての価値など……」
「そんなことないよ、ギロロ。お前は十分に戦ったさ」
ヤジュジュは優しくギロロの言葉を遮ると、ふさふさとした銀の尻尾を、元気づけるようにギロロの脚にそっと絡ませた。
「ねえ、ギロロ。次の任務が決まるまで、まだたくさん時間があるんだろう? せっかくの休暇なんだ。暇を持て余しているなら……ガルルも誘って、三人でどこか遠くへ旅行にでも行かないかい?」
「ガルルを……旅行に?」
ギロロが驚いたように目を見開く。あのカタブツで、四六時中任務のことばかり考えているガルルが、旅行などという生ぬるい誘いに乗るはずがない――ギロロはそう思った。
しかし、ヤジュジュは目元の線を細め、クスクスと愛らしく笑った。
「うん。ガルルにも声をかけたらね、『ヤジュジュが行くと言うなら、私が護衛として同行せねばならん』って、すぐに有給休暇を申請してくれたよ。……お前たち兄弟も、最近はゆっくり話す機会がなかっただろう? 闘技場から戻った私を、あんなに過保護に迎えてくれた二人と、今度は戦場じゃない、綺麗な星を一緒に見て回りたいんだ」
「兄さん……」
ギロロは、ヤジュジュの黄金色の瞳を見つめた。そこには、かつて自分が夢にまで見た「戦いも、毒も、檻もない平穏」が、確かに広がっていた。
ペコポンを失った喪失感は、まだギロロの胸の奥で燻っている。だが、こうして自分を必要とし、甘えてくれる兄の体温が隣にあるだけで、その傷口がじわじわと、温かい何かで満たされていくのが分かった。
「……分かった。兄さんがそこまで言うなら、俺もお供しよう。ガルルに遅れを取るわけにはいかんからな」
「ふふ、ありがとう、ギロロ。お前がそう言ってくれて嬉しいよ」
満足そうに目を細めたヤジュジュは、ギロロの胸にそっと頭を預けた。
その背後で、ふさふさとした銀の尻尾が、「パタパタ、パタパタ」と、心地よいリズムで床を叩き始める。
(これでいいんだ、ギロロ……。お前は何も知らなくていい。ただ、私の隣で、ガルルと一緒に、幸せになってくれればいいんだよ)
裏でヴァイパーにデータを流し、ペコポンを壊滅させた凄惨な過去の真実は、ヤジュジュの胸の奥深く、あの第十七闘技場の記憶と共に永遠に葬られた。
これから始まる、三人の優しくて、少し過保護で、甘やかな旅路。
そのカウントダウンを刻むように、ヤジュジュの尻尾は、どこまでも嬉しそうに揺れ続けるのだった。
