闘技場に売られた獣
### 地獄の産声
ヤジュジュが最初から、すべてを合理的かつ冷徹に処理できる「銀狼」だったわけではない。
ケロン人と獣人のハーフとして生まれたその特異な血筋は、娯楽のない第十七闘技場という檻の中では、単なる「格好の玩具」でしかなかった。
幼い体、遅すぎる成長速度。
目元に子供の「線」を残したままの小さなヤジュジュは、最初の数ヶ月、ただ負け続け、容赦なくその身体を蹂躙され、死の一歩手前の痛みを何度も叩き込まれていた。大男たちに踏みつけられ、自慢の銀の毛並みを血と泥で染め、息も絶え絶えに檻の隅へ放り出される――それが、彼の世界のすべてだった。
痛みに震え、うずくまる夜。そんな絶望のどん底で、ヤジュジュは泣くのをやめた。
彼はその黄金色の瞳で、自分を痛めつけた者たちの動きを、技を、その残酷なまでの「暴力のシステム」を、じっと見つめ、貪欲に学習し始めたのだ。
ハーフゆえの頑強な生命力だけが、彼の味方だった。
「こうすれば、骨が砕ける」「こう動けば、肉が裂ける」
受けた痛みのすべてを脳に刻み込んだヤジュジュは、ある日を境に、驚異的な変貌を遂げる。自分を蹂躙した敵に対し、かつて自分がやられたことを、さらに残酷な、より精密なやり方で「やり返し」始めたのだ。
一度学習した暴力は、二度と彼には通用しなかった。
踏み潰されたなら、次は相手の脚の腱を噛み切る。
爪を剥がされたなら、次は相手の喉笛を抉り出す。
そうして彼は、地獄のシステムに逆染浸(ぎゃくせんしん)することで、徐々に闘技場の頂点へと這い上がっていった。
---
### 檻の中の温もり
しかし、どんなに冷徹な戦闘マシンへと変貌を遂げようとも、その小さな身体が背負う精神的摩耗は限界を超えていた。いつ狂って壊れてもおかしくないその地獄で、ヤジュジュが「心」を失わずにいられたのは、隣の檻にいた一匹の蛇――『三十七号』こと、ヴァイパーの存在があったからだ。
周囲が言葉を持たない狂暴な巨獣や、血に飢えた狂人ばかりの中で、ヴァイパーだけはまだ、まともな「話」ができる個体だった。
「……おい、ケロンのガキ。生きてるか」
冷たい鉄格子の隙間から、ヴァイパーが低く掠れた声をかけてくる。
死闘を終え、全身を深く切り裂かれて戻ってきたヤジュジュは、狼の耳を力なく伏せ、自分のふさふさとした尻尾を抱え込んで小さく震えていた。
「うん……。なんとか、心臓は動いているよ、三十七号」
「ふん、しぶとい野郎だ。ほらよ、消毒代わりだ。傷口に塗っときな」
ヴァイパーが尻尾の先で器用に放り投げてよこしたのは、支給されたわずかな配給の水や、どこからか調達してきた不衛生な薬草だった。
ケロン人とヴァイパー。本来なら種族の宿敵同士。けれど、この地獄においては、そんな因縁など何の意味もなさなかった。二人はただ「明日を生き延びる」という唯一の目的のために、互いの存在を、世界で唯一の拠り所にしていた。
ある時は乱戦の闘技場で背中を預け合い、またある時は、冷たい檻の中で互いの体温を感じられる距離に寄り添いながら、理不尽なシステムを耐え抜いた。
「いつかここを出たら、まともな酒場で美味い酒でも飲もうや、ヤジュジュ」
「ふふ、いいね。その時は、お前にたくさんおごってあげるよ」
そんな、叶うはずもないと思っていた檻の中の約束。
それだけが、ヤジュジュの乾ききった心を辛うじて繋ぎ止める、唯一の救いだったのだ。
### 歪な確信
――だからこそ。
日向家の屋根の上、冷たい夜風の中で暗号端末を握りしめるヤジュジュの微笑みは、深く、確かなものだった。
あの地獄を共に生き抜いたヴァイパーだからこそ、彼の「エグさ」も、その裏にある執念も、誰よりも理解してくれている。そしてヤジュジュもまた、ヴァイパーの確実な蹂躙の手腕を信頼していた。
「あの地獄に比べれば、ペコポンを灰にすることなんて、本当に簡単な『お仕事』だよ……」
ヤジュジュはそっと手鏡を取り出し、月光の下で自分の顔を見つめた。
負け続け、痛い目に遭い、それでもなお生き残るために全てを学習した、あの頃と変わらない目元の線。
傷だらけの自分を抱きしめてくれたギロロの温もりを守るためなら、かつて闘技場で学んだ「やられたら、それ以上の残酷さでやり返す」という狂気を、今度はこの星のすべてに叩きつけるだけだ。
テントの奥で眠るギロロの気配を感じながら、ヤジュジュはふさふさとした銀の尻尾を、パタパタと、静かに、暗闇の焦土へとカウントダウンを刻むように揺らし続けるのだった。
ヤジュジュが最初から、すべてを合理的かつ冷徹に処理できる「銀狼」だったわけではない。
ケロン人と獣人のハーフとして生まれたその特異な血筋は、娯楽のない第十七闘技場という檻の中では、単なる「格好の玩具」でしかなかった。
幼い体、遅すぎる成長速度。
目元に子供の「線」を残したままの小さなヤジュジュは、最初の数ヶ月、ただ負け続け、容赦なくその身体を蹂躙され、死の一歩手前の痛みを何度も叩き込まれていた。大男たちに踏みつけられ、自慢の銀の毛並みを血と泥で染め、息も絶え絶えに檻の隅へ放り出される――それが、彼の世界のすべてだった。
痛みに震え、うずくまる夜。そんな絶望のどん底で、ヤジュジュは泣くのをやめた。
彼はその黄金色の瞳で、自分を痛めつけた者たちの動きを、技を、その残酷なまでの「暴力のシステム」を、じっと見つめ、貪欲に学習し始めたのだ。
ハーフゆえの頑強な生命力だけが、彼の味方だった。
「こうすれば、骨が砕ける」「こう動けば、肉が裂ける」
受けた痛みのすべてを脳に刻み込んだヤジュジュは、ある日を境に、驚異的な変貌を遂げる。自分を蹂躙した敵に対し、かつて自分がやられたことを、さらに残酷な、より精密なやり方で「やり返し」始めたのだ。
一度学習した暴力は、二度と彼には通用しなかった。
踏み潰されたなら、次は相手の脚の腱を噛み切る。
爪を剥がされたなら、次は相手の喉笛を抉り出す。
そうして彼は、地獄のシステムに逆染浸(ぎゃくせんしん)することで、徐々に闘技場の頂点へと這い上がっていった。
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### 檻の中の温もり
しかし、どんなに冷徹な戦闘マシンへと変貌を遂げようとも、その小さな身体が背負う精神的摩耗は限界を超えていた。いつ狂って壊れてもおかしくないその地獄で、ヤジュジュが「心」を失わずにいられたのは、隣の檻にいた一匹の蛇――『三十七号』こと、ヴァイパーの存在があったからだ。
周囲が言葉を持たない狂暴な巨獣や、血に飢えた狂人ばかりの中で、ヴァイパーだけはまだ、まともな「話」ができる個体だった。
「……おい、ケロンのガキ。生きてるか」
冷たい鉄格子の隙間から、ヴァイパーが低く掠れた声をかけてくる。
死闘を終え、全身を深く切り裂かれて戻ってきたヤジュジュは、狼の耳を力なく伏せ、自分のふさふさとした尻尾を抱え込んで小さく震えていた。
「うん……。なんとか、心臓は動いているよ、三十七号」
「ふん、しぶとい野郎だ。ほらよ、消毒代わりだ。傷口に塗っときな」
ヴァイパーが尻尾の先で器用に放り投げてよこしたのは、支給されたわずかな配給の水や、どこからか調達してきた不衛生な薬草だった。
ケロン人とヴァイパー。本来なら種族の宿敵同士。けれど、この地獄においては、そんな因縁など何の意味もなさなかった。二人はただ「明日を生き延びる」という唯一の目的のために、互いの存在を、世界で唯一の拠り所にしていた。
ある時は乱戦の闘技場で背中を預け合い、またある時は、冷たい檻の中で互いの体温を感じられる距離に寄り添いながら、理不尽なシステムを耐え抜いた。
「いつかここを出たら、まともな酒場で美味い酒でも飲もうや、ヤジュジュ」
「ふふ、いいね。その時は、お前にたくさんおごってあげるよ」
そんな、叶うはずもないと思っていた檻の中の約束。
それだけが、ヤジュジュの乾ききった心を辛うじて繋ぎ止める、唯一の救いだったのだ。
### 歪な確信
――だからこそ。
日向家の屋根の上、冷たい夜風の中で暗号端末を握りしめるヤジュジュの微笑みは、深く、確かなものだった。
あの地獄を共に生き抜いたヴァイパーだからこそ、彼の「エグさ」も、その裏にある執念も、誰よりも理解してくれている。そしてヤジュジュもまた、ヴァイパーの確実な蹂躙の手腕を信頼していた。
「あの地獄に比べれば、ペコポンを灰にすることなんて、本当に簡単な『お仕事』だよ……」
ヤジュジュはそっと手鏡を取り出し、月光の下で自分の顔を見つめた。
負け続け、痛い目に遭い、それでもなお生き残るために全てを学習した、あの頃と変わらない目元の線。
傷だらけの自分を抱きしめてくれたギロロの温もりを守るためなら、かつて闘技場で学んだ「やられたら、それ以上の残酷さでやり返す」という狂気を、今度はこの星のすべてに叩きつけるだけだ。
テントの奥で眠るギロロの気配を感じながら、ヤジュジュはふさふさとした銀の尻尾を、パタパタと、静かに、暗闇の焦土へとカウントダウンを刻むように揺らし続けるのだった。
