闘技場に売られた獣

「ふふ、やっぱりギロロのパンケーキは、世界で一番甘くて美味しいよ」

日向家の裏庭、穏やかな木漏れ日の下で、ヤジュジュは口元にクリームを少しつけながら、無邪気に目を細めていた。

「っ、何を言う! 兄さんが食べたいと言ったから作ったまでだ!」

真っ赤になっていそいそと後片付けを始めるギロロ。
ヤジュジュはその愛らしい背中をじっと見つめながら、自身のふさふさとした銀の尻尾を「ゆらり、ゆらり」と、どこか冷徹な一定のテンポで揺らしていた。

ギロロは優しい。口ではどれほど頑固な軍人を気取っていても、このペコポンという星に、夏美たちに、そしてケロロ小隊に、不器用な愛着を抱いてしまっている。
もし、ギロロが自分の寿命の恐怖に付き合ってこの星を滅ぼせば、彼は一生、その優しさゆえの罪悪感に苛まれることになるだろう。

(お前にそんな顔をさせるわけにはいかない。お前の手は、ずっと綺麗なままでいいんだよ、ギロロ……)

ヤジュジュはポケットの中で、ヴァイパーへと繋がる暗号通信の端末をそっと握りしめた。

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### 地獄からの呼び声

その夜。ギロロが完全に寝静まったのを見計らい、ヤジュジュは日向家の屋根の上へと身を躍らせた。
月光に照らされる目元の「線」を細め、繋がった通信の向こう側の声に耳を傾ける。

『……おいおい、驚いたぜ。まさか「銀狼」のヤジュジュから、プライベートで連絡が来るとはな』

スピーカーから響くのは、先日この裏庭であっさりと引き下がっていった戦友、ヴァイパーの声だ。

「夜分遅くにすまないね、三十七号。先日の件だが……少し、ビジネスの話があってね。お前たちヴァイパーの一族に、最高の『ご馳走』を用意したんだ」

『ご馳走だと……?』

「うん。このペコポンという星をね……お前たちの手で、徹底的に、誰の尊厳も残らないくらい無慈悲に、真っさらに踏み潰して欲しいんだよ」

通信の向こうで、ヴァイパーが息を呑む気配がした。

「ケロン軍の防衛網の裏口、日向家に居座るケロロ小隊の迎撃システムの全データ、そして人類の最新兵器の弱点……すべて私が裏から手配する。お前たちはただ、大軍を率いてこの星を蹂躙すればいい。……どうだい? 割に合わない戦いじゃないだろう?」

『……正気か、ヤジュジュ。あの過保護な兄貴分(ガルル)や、お前を溺愛しているあの狂犬(ギロロ)はどうする。あいつらが黙って見ているわけがないぞ』

「ふふ、だからこそお前たちに頼むのさ。私とギロロは、お前たちの『奇襲』によって一瞬で無力化され、星を奪われた『哀れな被害者』にならなくてはいけない。ケロン軍としての任務は、ヴァイパーの圧倒的な武力の前に『失敗』した……そういう形にするんだ」

ヤジュジュの声は、どこまでも穏やかで、優しく、そして底が抜けるほど冷たかった。

「そうすれば、ギロロは自分の手を汚すことなく、守るべきものをすべて失って、ようやくこの星への未練を断ち切ることができる。……傷ついたあの子を連れて、私は誰も追ってこられない宇宙の最果てへ行く。あの子の未来に、ペコポンなんていう生ぬるいノイズは必要ないんだよ」

『…………』

長い沈黙の後、ヴァイパーは低く、くつくつと笑い声を漏らした。

『相変わらず、とんでもねぇエグい思考回路をしてやがる。闘技場の頃から何も変わっちゃいねぇな、お前は。……いいだろう、その取引、乗った。データが届き次第、本隊を動かす』

「ありがとう。期待しているよ、戦友(とも)」

### 歪な愛のカウントダウン

ピッ、と通信を切ると、ヤジュジュは冷たい夜風に銀の髪を揺らした。

もし、この作戦が始まれば、地球は地獄に変わる。夏美も冬樹も、ケロロたちも、ヤジュジュが「楽しかった」と微笑んだ思い出のすべてが、ヴァイパーの牙によって引き裂かれ、塵へと帰るだろう。
だが、ヤジュジュの胸に痛みの破片すら生じることはない。

(これでいいんだ。全部、全部ギロロのためなんだから)

ヤジュジュは満足そうに目を細めると、音もなく屋根から裏庭へと舞い降りた。
テントの中では、ギロロが大切そうにバズーカを抱えたまま、静かな寝息を立てている。

その枕元に歩み寄り、ヤジュジュはそっと腰掛けた。
自分のふさふさとした銀の尻尾を、眠る弟の赤い身体に、愛おしそうに、壊れ物を包み込むようにそっと絡ませる。

「おやすみ、ギロロ。もうすぐ、本当にすべてが終わるよ。……今度は夢なんかじゃない、誰も私たちを邪魔しない、本物の二人きりの永遠をあげるからね」

暗闇の中、ヤジュジュの尻尾は、これから始まる最高の現実(惨劇)を待ち侘びるように、パタパタと、静かに、優しく、夜の静寂を叩き続けていた。
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