闘技場に売られた獣
パチ、と爆ぜる薪の音が静寂を破った。
ヤジュジュがゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見慣れた軍用テントの天井だった。
外からは、ケロロとタママが相変わらずスマートフォンを囲んで「おじさんには難しすぎてガラケーがお似合いですよぉ」などと騒いでいる声が漏れ聞こえてくる。
「……あはは。そうか、夢だったんだね」
ヤジュジュは体を起こし、手鏡を取り出して自分の顔を見つめた。
目元にある子供の象徴たる「線」。ふさふさとした銀の尻尾。何も変わっていない。
あの、ペコポンを灰色の焦土に変えた無慈悲な蹂躙も、軍の上層部を丸め込んだガルルの隠蔽工作も、クルルから貰った至れり尽くせりの餞別も、すべては自分の脳が見せた、あまりにも都合が良くて甘やかな「夢」に過ぎなかったのだ。
---
### 優しすぎる弟への理解
ヤジュジュはベッドに腰掛け、小さくため息をつきながら苦笑した。
「実際に、物事がそんなに上手くいくわけがないよね……」
何より、ヤジュジュは誰よりも弟のことを理解していた。
夢の中のギロロは、ヤジュジュとの未来のために一切の迷いなく夏美や冬樹を、ペコポンを地獄に変えてくれた。だが、現実のギロロがそんな男ではないことくらい、百も承知だった。
ギロロはこの星で長年過ごし、口では「下らん流行り物」と言いながらも、日向家の人間やケロロ小隊との絆を、不器用ながらに深く積み上げてしまっている。戦士のプライドの裏にある、ギロロのその「優しさ」を、ヤジュジュは痛いほど分かっていた。だからこそ、自分の我が儘や寿命の恐怖を押し付けて、ギロロ自身の手でその大切な居場所を壊させるわけにはいかないのだ。
(ギロロの手を汚させるわけにはいかない。お前に、ペコポンを滅ぼしたという罪悪感を背負わせるわけにはいかないんだよ、ギロロ……)
ヤジュジュの目元の線が、少しだけ冷徹に細められる。
ギロロが自分でこの星を壊せないというのなら、別の「手段」を使えばいいだけの話だ。
### 夢の続きのプロローグ
ヤジュジュはテントの外へ出た。
裏庭では、ギロロがちょうど戻ってきたところで、ヤジュジュの姿を見るなりマフラーを少し引き上げてぶっきらぼうに言った。
「兄さん、起きたか。……少し顔色が悪いようだが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ、ギロロ。随分と……幸せな夢を見ていただけさ」
ヤジュジュはいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべ、ギロロの元へ歩み寄ると、その赤い腕にそっと自分の腕を絡ませた。後ろの尻尾が、愛おしそうにギロロの脚に巻き付く。
「今日の夕食はね、お前が作ってくれるパンケーキがいいな」
「っ、お、俺のパンケーキか!? よし、すぐに準備する!」
おねだりされて一瞬で上機嫌になったギロロが、いそいそとキッチンへ走っていく。その真っ直ぐで愛らしい背中を見つめながら、ヤジュジュは懐の端末へとそっと指を滑らせた。
(さあ……現実の『作戦』を始めようか)
ヤジュジュが暗号通信を繋いだ先――それは、先日この裏庭で「停戦」を申し入れて去っていった、あの地獄の闘技場での戦友、ヴァイパーだった。
『……私だ、三十七号。先日の件だが、少し仕事の相談があってね』
ギロロには内緒で、裏でヴァイパーの一族と手を組む。彼らにペコポンを徹底的に、無慈悲に滅ぼしてもらうのだ。そうすれば、ギロロの手は汚れない。ケロン軍の任務としてのペコポン侵略は「ヴァイパーの手によって失敗」という形になり、ギロロは守るべきものを失って、ようやくこの星への未練を断ち切ることができる。
その後に、傷ついたギロロを連れて、二人で最果ての星へ旅立てばいい。
「あはは、今度は夢じゃない。本物の、二人だけの永遠を手に入れるんだ……」
キッチンから漂ってくる甘い匂いを感じながら、ヤジュジュは目元の線を狂気的にはためかせ、静かに、パタパタと、これから始まる本物の「惨劇」を期待して尻尾を揺らし続けるのだった。
ヤジュジュがゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見慣れた軍用テントの天井だった。
外からは、ケロロとタママが相変わらずスマートフォンを囲んで「おじさんには難しすぎてガラケーがお似合いですよぉ」などと騒いでいる声が漏れ聞こえてくる。
「……あはは。そうか、夢だったんだね」
ヤジュジュは体を起こし、手鏡を取り出して自分の顔を見つめた。
目元にある子供の象徴たる「線」。ふさふさとした銀の尻尾。何も変わっていない。
あの、ペコポンを灰色の焦土に変えた無慈悲な蹂躙も、軍の上層部を丸め込んだガルルの隠蔽工作も、クルルから貰った至れり尽くせりの餞別も、すべては自分の脳が見せた、あまりにも都合が良くて甘やかな「夢」に過ぎなかったのだ。
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### 優しすぎる弟への理解
ヤジュジュはベッドに腰掛け、小さくため息をつきながら苦笑した。
「実際に、物事がそんなに上手くいくわけがないよね……」
何より、ヤジュジュは誰よりも弟のことを理解していた。
夢の中のギロロは、ヤジュジュとの未来のために一切の迷いなく夏美や冬樹を、ペコポンを地獄に変えてくれた。だが、現実のギロロがそんな男ではないことくらい、百も承知だった。
ギロロはこの星で長年過ごし、口では「下らん流行り物」と言いながらも、日向家の人間やケロロ小隊との絆を、不器用ながらに深く積み上げてしまっている。戦士のプライドの裏にある、ギロロのその「優しさ」を、ヤジュジュは痛いほど分かっていた。だからこそ、自分の我が儘や寿命の恐怖を押し付けて、ギロロ自身の手でその大切な居場所を壊させるわけにはいかないのだ。
(ギロロの手を汚させるわけにはいかない。お前に、ペコポンを滅ぼしたという罪悪感を背負わせるわけにはいかないんだよ、ギロロ……)
ヤジュジュの目元の線が、少しだけ冷徹に細められる。
ギロロが自分でこの星を壊せないというのなら、別の「手段」を使えばいいだけの話だ。
### 夢の続きのプロローグ
ヤジュジュはテントの外へ出た。
裏庭では、ギロロがちょうど戻ってきたところで、ヤジュジュの姿を見るなりマフラーを少し引き上げてぶっきらぼうに言った。
「兄さん、起きたか。……少し顔色が悪いようだが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ、ギロロ。随分と……幸せな夢を見ていただけさ」
ヤジュジュはいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべ、ギロロの元へ歩み寄ると、その赤い腕にそっと自分の腕を絡ませた。後ろの尻尾が、愛おしそうにギロロの脚に巻き付く。
「今日の夕食はね、お前が作ってくれるパンケーキがいいな」
「っ、お、俺のパンケーキか!? よし、すぐに準備する!」
おねだりされて一瞬で上機嫌になったギロロが、いそいそとキッチンへ走っていく。その真っ直ぐで愛らしい背中を見つめながら、ヤジュジュは懐の端末へとそっと指を滑らせた。
(さあ……現実の『作戦』を始めようか)
ヤジュジュが暗号通信を繋いだ先――それは、先日この裏庭で「停戦」を申し入れて去っていった、あの地獄の闘技場での戦友、ヴァイパーだった。
『……私だ、三十七号。先日の件だが、少し仕事の相談があってね』
ギロロには内緒で、裏でヴァイパーの一族と手を組む。彼らにペコポンを徹底的に、無慈悲に滅ぼしてもらうのだ。そうすれば、ギロロの手は汚れない。ケロン軍の任務としてのペコポン侵略は「ヴァイパーの手によって失敗」という形になり、ギロロは守るべきものを失って、ようやくこの星への未練を断ち切ることができる。
その後に、傷ついたギロロを連れて、二人で最果ての星へ旅立てばいい。
「あはは、今度は夢じゃない。本物の、二人だけの永遠を手に入れるんだ……」
キッチンから漂ってくる甘い匂いを感じながら、ヤジュジュは目元の線を狂気的にはためかせ、静かに、パタパタと、これから始まる本物の「惨劇」を期待して尻尾を揺らし続けるのだった。
