闘技場に売られた獣

### 幸せという名の猛毒

反乱惑星の軌道上に浮かぶ、ケロン軍の最先端母艦。
そのブリッジの中心で、ヤジュジュはまるで遠足の前の日の子供のように、頬を紅潮させて身悶えしていた。

「あぁ……っ、どうしよう。もうすぐギロロと、誰にも邪魔されない長い長いお休みに入れるんだよ? これから何百年も、ずっと二人きりで、毎日のんびり甘いパンケーキを食べたり、映画を観たりして過ごせるんだ……。幸せすぎて、私、本当にどうにかなってしまいそうだよ……!」

ヤジュジュは自分の体を抱きしめるようにして、狼の耳を激しくピコピコと動かした。後ろのふさふさとした銀の尻尾は、もはや制御を失ったかのように「パタパタパタパタ!」と狂ったような速度で床を叩き、凄まじい爆音を周囲に響かせている。

あまりの幸福感。それゆえに、ヤジュジュの脳内はかつてないほどの興奮状態で満たされていた。そして、その溢れんばかりの幸福のエネルギーは、目の前のスクリーンに映る「ガルルに譲ってもらった反乱惑星」へと、最悪の形で向けられることになる。

「ねえ、みんな。こんなに幸せなんだから……この星の侵略は、いつもみたいに一瞬で終わらせたらもったいないよね? ギロロとの最高の余生を前にした、素敵な前夜祭(フェスティバル)にしよう。――ゆっくり、じっくり、いたぶるように、ね」

目元の子供の線を限界まで細め、ヤジュジュはうっとりとした、狂気的な微笑みを浮かべた。

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### 甘美なる蹂躙

いつもなら巨狼化して数分で更地にするはずのヤジュジュだったが、この日は違った。

彼はまず、惑星の全ての通信網を生かしたまま、都市の生命維持システムだけを段階的に、ミリ単位の精度で停止させていった。人々がパニックに陥り、互いに疑心暗鬼になっていく様子を、特等席から楽しそうに観察する。
さらに、かつて会議室で提案したような、精神をじわじわと汚染する薬物を大気圏から雨として降らせ、愛する者たちが互いを引き裂き合う地獄の絵図を、数日間にわたって「演出」した。

「あはは! 見てごらんよ、まるで闘技場の檻の中の獣たちみたいだ。ねえ、もっと泣き叫んでいいんだよ? お前たちの絶望の歌が、私の幸せを、もっと、もっと引き立ててくれるんだから……!」

逃げ惑う人々の前に、彼はあえて巨狼の姿ではなく、あどけない少佐の姿のまま、歌うような足取りで現れた。そして、命乞いをする首脳陣の尊厳を一人ずつ、肉体的にも精神的にも、文字通り「根こそぎ磨り潰す」ようにして時間をかけて処刑していった。

星全体が悲鳴を上げ、絶望の泥に塗れてゆっくりと死に至るまでの数日間、ヤジュジュは終始、恋する乙女のように胸を高鳴らせ、幸せな溜め息を漏らし続けていた。

### 兄の冷や汗と、至上の愛

数日後。ケロン星の軍本部、ガルルの執務室。
デスクに届けられた「ヤジュジュ少佐・作戦完遂レポート」のデータを開いた瞬間、あの冷徹無比なガルル中尉の額から、一筋の冷や汗がたらりと伝い落ちた。

レポートに添付された映像やログには、もはや「侵略」や「鎮圧」という生温かい言葉では到底表現できない、一種の芸術的ですらある『完全なる地獄の構築手順』が、ヤジュジュの丁寧な筆致で克明に記されていた。
そこには、闘技場で培われた残虐性の全てを、ギロロへの愛という最高級のスパイスで煮詰めた、純度100%の悪夢が広がっていた。

「……ヤジュジュ。お前、これほどまでに……」

流石のガルルも、愛する弟の底なしの闇に背筋が凍るのを覚えた。だが、彼が驚愕したのは一瞬のことだった。
ガルルはすぐにふっと息を漏らすと、その端正な顔に、どこまでも甘い、歪んだ微笑を浮かべた。

「いいや……いい。お前がそれほどまでに興奮し、幸せを感じられたのなら、この星の文明など安い代償だ。お前の幸福こそが、宇宙の何よりも優先されるべき絶対の正義なのだからな」

ガルルは即座にコンソールを叩き、軍のデータベースへアクセスした。
そして、その特権を用いて、ヤジュジュの提出した血塗られたレポートを、迷うことなく「いいよう」に書き換え始めた。

『ヤジュジュ少佐は、反乱軍の極めて卑劣かつ強固な抵抗に対し、ケロン軍の威信を守るため、高度な心理戦を駆使。極力、味方の兵力を温存する形で、極めて模範的な人道的統治の基盤を形成しつつ、これを完全鎮圧せよ。特筆すべき功績として、上申する――』

完璧なカモフラージュ。これによって、ヤジュジュの凄惨なバカンスは、本部の偉い上層部たちからは「素晴らしい戦略的勝利」として大絶賛されることになるだろう。

「これでよし。……さあ、可愛いヤジュジュ。ギロロと共に、誰にも邪魔されない最果てで、思う存分幸せになるがいい」

書き換えを終えたガルルは、満足そうに目を細め、引き出しの中にある弟との思い出の写真をそっと撫でた。
どれほど残酷で、どれほど壊れていようとも、ヤジュジュの笑顔が曇らないためなら、ガルルは喜んで宇宙の全宇宙の真実を書き換える。その過保護すぎる兄の愛は、焦土と化した星の煙よりも、深く、静かに燃え続けていた。
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