闘技場に売られた獣

### 兄の執務室にて

ケロン星、軍本部のガルル中尉の執務室。
デスクに向かい、山積みの電子書類を冷徹な手つきで処理していたガルルだったが、ノックの音と共に現れた人物の姿を見て、その厳格な眉根がわずかに緩んだ。

「ヤジュジュか。どうした、長期休暇の準備は進んでいるのか」

「うん。ギロロが張り切って荷まとめをしてくれているよ。……でもね、ガルル」

ヤジュジュは静かに歩み寄ると、デスクのすぐ横で足を止め、その細い指先でガルルの軍服の袖口をきゅっと掴んだ。
ハーフゆえの遅すぎる成長。見上げるその顔は、相変わらず目元に子供の象徴である「線」を残したままだ。

ヤジュジュは狼の耳を少しだけ後ろに伏せ、黄金色の瞳でガルルをじっと見つめた。完璧に計算された、けれど純粋な甘えを孕んだ「上目遣い」だった。

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### 完璧なるおねだり

「お願い、ガルル。……お前が次に予定しているあの反乱惑星の侵略任務、私に譲って欲しいんだ」

「……何?」

ガルルは一瞬、思考を止めた。ヤジュジュからそんな実戦の要求、それも他人の任務を横取りするような我が儘を言われるのは初めてだったからだ。

「これからギロロと長いお休みに入るだろう? だからその前にね、ちょっとだけ『刺激』が欲しくなっちゃったんだ。あの巨大なオオカミになって、星を一つ、思いっきり真っさらにしてから旅立ちたくて……。ダメ、かな?」

潤んだ瞳で首を少し傾げ、さらに袖を引くヤジュジュ。後ろのふさふさとした銀の尻尾は、ガルルの反応を窺うように「ゆらり、ゆらり」と健気に揺れている。

これが他の兵士であれば、ガルルは「軍紀を乱すな」と一喝して尋問室送りにしただろう。しかし、目の前にいるのは、あの地獄の闘技場から自分の手で救い出した、世界で一番愛おしい弟なのだ。その弟が、子供のような顔をして、自分にだけ我儘を言って縋ってきている。

「…………」

ガルルは無言でコンソールを叩き、たった今自分が受託したばかりの「特級侵略任務」のデータを呼び出した。そして、迷うことなくその指揮権の欄を書き換える。

『担当将校:ガルル中尉 ――> 変更:ヤジュジュ少佐』

### 全てを許す愛

「承認した。これより当該作戦の全権をヤジュジュ少佐に委譲する。……思う存分、暴れてくるといい」

「わあ……っ! 本当かい? ありがとう、ガルル!」

一瞬でぱっと表情を輝かせたヤジュジュは、嬉しさのあまりガルルの首に腕を回して抱きついた。後ろの尻尾が「パタパタパタ!」と激しく激突の音を立てて、ガルルの椅子の背もたれを叩く。

「ふふ、やっぱりガルルは優しいね。大好きだよ」

「お前の頼みだ。断る理由などない。……ただし、あまり無茶をして怪我をするなよ。いくら一瞬で終わる任務とはいえ、戻ってきたお前の体に一筋でも傷があれば、私はその星の残骸ごと塵にしなければならなくなる」

ガルルはそう言って、ヤジュジュの目元の線を大きな手でそっと愛おしそうになぞった。

「あはは、分かっているよ。ギロロにも内緒で、こっそり最高のバカンスを楽しんでくるね」

兄の絶対的な過保護さを全身で受け止めながら、ヤジュジュは満足そうに目を細めた。
間もなく一つの惑星が、この可愛い弟の「ちょっとした退屈凌ぎ」のために地図から消えることが確定した瞬間だったが、ガルルにとっては、弟のその愛らしい微笑み一つに比べれば、星の寿命などあまりにも些細な問題でしかなかった。
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