闘技場に売られた獣
軍本部への退役願を懐に忍ばせ、あとは二人で宇宙の最果てへ旅立つだけ――という、まさにその前夜のことだった。
二人だけの静かな余生のために整えられた私室で、ヤジュジュは荷造りをするギロロの背中をじっと見つめていた。ふさふさとした銀の尻尾は、いつになく「ゆらり、ゆらり」と退屈そうに、大きな弧を描いて揺れている。
「ねえ、ギロロ」
「なんだ、兄さん。荷物はもうすぐまとまる。明日にはこの退役願を……」
「もしさ、二人で何百年も静かに暮らしているうちに、私が退屈しちゃったらどうしよう?」
ギロロが手を止め、怪訝そうに振り返る。ヤジュジュは目元の子供の線を細め、首を少し傾げながら、実にとんでもないことを、いつも通りの穏やかなトーンで口にした。
「ずっと穏やかな生活が続くのは幸せだけれど……ふとした拍子に、闘技場にいた頃みたいな、脳が痺れるような『刺激』が欲しくなっちゃったらどうしよう。……急にどこかの星を、木端微塵に吹っ飛ばしたくなっちゃうかもしれない」
---
### 闘技場が遺した「退屈への毒」
「星を、吹っ飛ばす……?」
ギロロの頬を、一筋の冷や汗が伝った。
ヤジュジュは冗談を言っている風でもなく、真剣に未来の自分を懸念して苦笑している。
「うん。私の体にはね、やっぱり地獄の闘技場で毎日死線を彷徨っていた頃の狂気が、少しだけ残っているみたいなんだ。あまりに平和すぎると、あの巨大なオオカミになって、すべてを蹂躙したくなる衝動が抑えられなくなるかもしれない。……でも、退役して軍籍を捨ててしまったら、大っぴらに星を壊して回るわけにもいかないだろう?」
彼にとって、星の破壊や蹂躙は、時折欲しくなる「ちょっとした刺激」の範疇なのだ。
それを思い知らされたギロロは、顎に手を当てて深く考え込んだ。
確かに、兄さんから完全に軍の繋がりを断ち切ってしまうのは、かえって危険かもしれない。もし衝動が抑えきれずに未登録の惑星を破壊すれば、宇宙警察やケロン軍から「特級犯罪者」として追われる身になってしまう。それでは、二人でゆっくり余生を過ごすどころではない。
「……なるほど。兄さんの言うことにも一理ある」
ギロロは真面目な顔で深く頷くと、懐から退役願を取り出し、それを迷いなく机の引き出しへと仕舞い込んだ。
### 「長期休暇」という名の妥協案
「退役はやめだ。代わりに、本部へ『超長期休暇』の申請を出す」
「長期休暇かい?」
ヤジュジュが狼の耳をピコピコと動かして覗き込んでくる。
「ああ。今回のペコポン侵略完遂の功績があれば、数百年単位の特別休暇など容易くもぎ取れる。軍籍さえ残しておけば、兄さんが万が一『刺激』を欲した時、本部から適当な反乱惑星の鎮圧任務(バカンス)を回してもらうことができる。……軍の公認で、堂々と星を吹っ飛ばせるというわけだ」
「まあ! それは名案だね、ギロロ!」
ヤジュジュの瞳が輝き、後ろの尻尾が「パタパタパタ!」と激しく、嬉しそうに音を立てて芝生を叩き始めた。
「さすがは私の自慢の弟だ。軍の特権を使いながら、合法的に破壊を楽しめるなんて……これなら安心して、二人でゆっくり余生を過ごせるよ」
「……兄さんが満足してくれるなら、それが一番だ」
### 新たな旅立ち
二人の目的は変わらない。基本は誰もいない最果ての星で、二人きりで甘やかで永い時間を過ごすこと。
ただ、その穏やかな日常のスパイスとして、「時々、軍の命令で星を一つ二つ更地にする」という物騒な予定が組み込まれただけだ。
「よし、そうと決まれば、本部に提出する休暇申請の書類を作らないとね。……ふふ、どんな名目で出そうか?」
「『ペコポン侵略の激務による精神的疲弊、および長期療養のため』で通す。文句は言わせん」
「あはは、あんなに一瞬で終わったのに? 本部の人たち、どんな顔をするだろうね」
楽しそうに笑うヤジュジュは、ギロロの腕に自分の腕をそっと絡ませ、大きな尻尾をその赤い脚に愛おしそうに巻き付けた。
世界の終わりを告げる巨狼の衝動すらも、二人の間では「たまの娯楽」として優しく内包されていく。
明日提出されるであろう、宇宙で最も不条理な長期休暇の申請書を前にして、二人の新生活への期待は、歪で、けれどどこまでも温かく、焦土の夜に溶けていくのどった。
二人だけの静かな余生のために整えられた私室で、ヤジュジュは荷造りをするギロロの背中をじっと見つめていた。ふさふさとした銀の尻尾は、いつになく「ゆらり、ゆらり」と退屈そうに、大きな弧を描いて揺れている。
「ねえ、ギロロ」
「なんだ、兄さん。荷物はもうすぐまとまる。明日にはこの退役願を……」
「もしさ、二人で何百年も静かに暮らしているうちに、私が退屈しちゃったらどうしよう?」
ギロロが手を止め、怪訝そうに振り返る。ヤジュジュは目元の子供の線を細め、首を少し傾げながら、実にとんでもないことを、いつも通りの穏やかなトーンで口にした。
「ずっと穏やかな生活が続くのは幸せだけれど……ふとした拍子に、闘技場にいた頃みたいな、脳が痺れるような『刺激』が欲しくなっちゃったらどうしよう。……急にどこかの星を、木端微塵に吹っ飛ばしたくなっちゃうかもしれない」
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### 闘技場が遺した「退屈への毒」
「星を、吹っ飛ばす……?」
ギロロの頬を、一筋の冷や汗が伝った。
ヤジュジュは冗談を言っている風でもなく、真剣に未来の自分を懸念して苦笑している。
「うん。私の体にはね、やっぱり地獄の闘技場で毎日死線を彷徨っていた頃の狂気が、少しだけ残っているみたいなんだ。あまりに平和すぎると、あの巨大なオオカミになって、すべてを蹂躙したくなる衝動が抑えられなくなるかもしれない。……でも、退役して軍籍を捨ててしまったら、大っぴらに星を壊して回るわけにもいかないだろう?」
彼にとって、星の破壊や蹂躙は、時折欲しくなる「ちょっとした刺激」の範疇なのだ。
それを思い知らされたギロロは、顎に手を当てて深く考え込んだ。
確かに、兄さんから完全に軍の繋がりを断ち切ってしまうのは、かえって危険かもしれない。もし衝動が抑えきれずに未登録の惑星を破壊すれば、宇宙警察やケロン軍から「特級犯罪者」として追われる身になってしまう。それでは、二人でゆっくり余生を過ごすどころではない。
「……なるほど。兄さんの言うことにも一理ある」
ギロロは真面目な顔で深く頷くと、懐から退役願を取り出し、それを迷いなく机の引き出しへと仕舞い込んだ。
### 「長期休暇」という名の妥協案
「退役はやめだ。代わりに、本部へ『超長期休暇』の申請を出す」
「長期休暇かい?」
ヤジュジュが狼の耳をピコピコと動かして覗き込んでくる。
「ああ。今回のペコポン侵略完遂の功績があれば、数百年単位の特別休暇など容易くもぎ取れる。軍籍さえ残しておけば、兄さんが万が一『刺激』を欲した時、本部から適当な反乱惑星の鎮圧任務(バカンス)を回してもらうことができる。……軍の公認で、堂々と星を吹っ飛ばせるというわけだ」
「まあ! それは名案だね、ギロロ!」
ヤジュジュの瞳が輝き、後ろの尻尾が「パタパタパタ!」と激しく、嬉しそうに音を立てて芝生を叩き始めた。
「さすがは私の自慢の弟だ。軍の特権を使いながら、合法的に破壊を楽しめるなんて……これなら安心して、二人でゆっくり余生を過ごせるよ」
「……兄さんが満足してくれるなら、それが一番だ」
### 新たな旅立ち
二人の目的は変わらない。基本は誰もいない最果ての星で、二人きりで甘やかで永い時間を過ごすこと。
ただ、その穏やかな日常のスパイスとして、「時々、軍の命令で星を一つ二つ更地にする」という物騒な予定が組み込まれただけだ。
「よし、そうと決まれば、本部に提出する休暇申請の書類を作らないとね。……ふふ、どんな名目で出そうか?」
「『ペコポン侵略の激務による精神的疲弊、および長期療養のため』で通す。文句は言わせん」
「あはは、あんなに一瞬で終わったのに? 本部の人たち、どんな顔をするだろうね」
楽しそうに笑うヤジュジュは、ギロロの腕に自分の腕をそっと絡ませ、大きな尻尾をその赤い脚に愛おしそうに巻き付けた。
世界の終わりを告げる巨狼の衝動すらも、二人の間では「たまの娯楽」として優しく内包されていく。
明日提出されるであろう、宇宙で最も不条理な長期休暇の申請書を前にして、二人の新生活への期待は、歪で、けれどどこまでも温かく、焦土の夜に溶けていくのどった。
