闘技場に売られた獣
激しい爆炎が日向家の屋根を吹き飛ばし、かつて団欒のあったリビングは一瞬にして瓦礫の山へと変貌した。
煙が立ち込める中、冬樹は足から血を流しながら、倒れた夏美をかばうようにして必死に這いつくばっていた。その視線の先から、いつもと変わらない穏やかな足取りで歩み寄ってくる影があった。
ヤジュジュだった。
その鋭い鉤爪は赤く染まり、後ろのふさふさとした銀の尻尾は、まるでこれから散歩にでも行くかのように、ゆったりと左右に揺れている。
「ヤ、ヤジュジュさん……! どうして……どうしてこんなことをするんだよ!」
冬樹は涙と泥にまみれた顔を跳ね上げ、迫り来るヤジュジュの瞳を見つめた。
ハーフゆえの遅すぎる成長のせいで、目元に子供の象徴たる「線」を残したままの、あどけない顔。その見慣れた顔に向かって、冬樹は胸が引き裂かれそうな声を絞り出した。
「冗談……なんだよね? あんなに、あんなに一緒にたくさんの時間を過ごしたじゃないか! 僕のオカルトの話をいつも優しく聞いてくれたり、姉ちゃんの作ったご飯を美味しいって食べてくれたり……っ。あの優しかったヤジュジュさんは、全部嘘だったの!? 僕たちは、友達じゃなかったのかよ!」
冬樹は必死だった。ヤジュジュの中に眠るはずの「情」に、一縷の望みをかけて訴えかけた。一緒に笑い合った日々が、この無慈悲な破壊を止める楔になってくれると信じて。
しかし、ヤジュジュは足を止め、冬樹の前に静かにしゃがみ込むと、ただ優しく目を細めた。
「うん。あの時は、本当に楽しかったね」
その声には、怒りも、憎しみも、冷酷な愉悦さえもなかった。本当に、心から過去の思い出を懐かしむような、いつもの温かい微笑みだった。
「嘘なんかじゃないよ、冬樹くん。お前の話す宇宙のお話はとても新鮮だったし、夏美さんの料理は、闘技場にいた頃の私には考えられないくらい、甘くて温かい味がした。それは全部、本当のことさ」
「だったら……!」
冬樹の瞳に一瞬、希望の光が宿る。だが、ヤジュジュの次の一言が、それを無慈悲に叩き割った。
「でもね、それはそれ、これはこれ、だよ」
ヤジュジュは首を傾げ、目元の線を細めたまま、淡々と、事務的に言葉を続けた。
「私の優先順位の一番上にはね、いつだってギロロとガルルがいるんだ。ギロロがこの星での長居に限界を感じて、私との未来のためにすべてを終わらせたいと願った。……なら、私はそのために、お前たちを、この星を、喜んで地獄に変える。お前たちとの楽しい思い出は、ギロロの願いを否定する理由には、一滴もなり得ないんだよ」
冬樹の身体が、恐怖で凍りついた。
目の前にいる存在は、「狂気に駆られた悪魔」ではない。自分の最も大切なもののために、それ以外のすべてをただの「記号」として処理できる、闘技場で磨き上げられた圧倒的に歪んだ合理主義の化身だった。
「じゃあね、冬樹くん。夏美さん。……楽しい時間を、ありがとう」
ヤジュジュが立ち上がり、すっと右手を掲げる。その細い指先から、光の粒子が爆発的に溢れ出し、彼の身体が神話の巨狼へと膨れ上がっていく。
「ヤ、ヤジュジュさ……っ!」
冬樹の絶望の叫びは、巨狼の一吠えが引き起こした凄まじい衝撃波によって、完全に掻き消された。
背後から、すべてを見届けていたギロロが、重火器を構えたまま一歩前へ出る。
硝煙の中に消えていく日向姉弟の気配。ギロロの胸に、かつて過ごした日々への微かな痛みがよぎらなかったわけではない。しかし、隣で元の姿に戻り、愛おしそうに自分の腕に身を寄せてくる兄の体温を感じた瞬間、その迷いは完全に消滅した。
「……行こう、ギロロ。もう、ここには何も無いよ」
「ああ、兄さん。……帰ろう」
真っ黒に燃え盛る日向家の跡地で、ヤジュジュの銀の尻尾は、大切な弟の未来が確定した喜びを噛み締めるように、パタパタと、静かに焦土を叩き続けていた。
煙が立ち込める中、冬樹は足から血を流しながら、倒れた夏美をかばうようにして必死に這いつくばっていた。その視線の先から、いつもと変わらない穏やかな足取りで歩み寄ってくる影があった。
ヤジュジュだった。
その鋭い鉤爪は赤く染まり、後ろのふさふさとした銀の尻尾は、まるでこれから散歩にでも行くかのように、ゆったりと左右に揺れている。
「ヤ、ヤジュジュさん……! どうして……どうしてこんなことをするんだよ!」
冬樹は涙と泥にまみれた顔を跳ね上げ、迫り来るヤジュジュの瞳を見つめた。
ハーフゆえの遅すぎる成長のせいで、目元に子供の象徴たる「線」を残したままの、あどけない顔。その見慣れた顔に向かって、冬樹は胸が引き裂かれそうな声を絞り出した。
「冗談……なんだよね? あんなに、あんなに一緒にたくさんの時間を過ごしたじゃないか! 僕のオカルトの話をいつも優しく聞いてくれたり、姉ちゃんの作ったご飯を美味しいって食べてくれたり……っ。あの優しかったヤジュジュさんは、全部嘘だったの!? 僕たちは、友達じゃなかったのかよ!」
冬樹は必死だった。ヤジュジュの中に眠るはずの「情」に、一縷の望みをかけて訴えかけた。一緒に笑い合った日々が、この無慈悲な破壊を止める楔になってくれると信じて。
しかし、ヤジュジュは足を止め、冬樹の前に静かにしゃがみ込むと、ただ優しく目を細めた。
「うん。あの時は、本当に楽しかったね」
その声には、怒りも、憎しみも、冷酷な愉悦さえもなかった。本当に、心から過去の思い出を懐かしむような、いつもの温かい微笑みだった。
「嘘なんかじゃないよ、冬樹くん。お前の話す宇宙のお話はとても新鮮だったし、夏美さんの料理は、闘技場にいた頃の私には考えられないくらい、甘くて温かい味がした。それは全部、本当のことさ」
「だったら……!」
冬樹の瞳に一瞬、希望の光が宿る。だが、ヤジュジュの次の一言が、それを無慈悲に叩き割った。
「でもね、それはそれ、これはこれ、だよ」
ヤジュジュは首を傾げ、目元の線を細めたまま、淡々と、事務的に言葉を続けた。
「私の優先順位の一番上にはね、いつだってギロロとガルルがいるんだ。ギロロがこの星での長居に限界を感じて、私との未来のためにすべてを終わらせたいと願った。……なら、私はそのために、お前たちを、この星を、喜んで地獄に変える。お前たちとの楽しい思い出は、ギロロの願いを否定する理由には、一滴もなり得ないんだよ」
冬樹の身体が、恐怖で凍りついた。
目の前にいる存在は、「狂気に駆られた悪魔」ではない。自分の最も大切なもののために、それ以外のすべてをただの「記号」として処理できる、闘技場で磨き上げられた圧倒的に歪んだ合理主義の化身だった。
「じゃあね、冬樹くん。夏美さん。……楽しい時間を、ありがとう」
ヤジュジュが立ち上がり、すっと右手を掲げる。その細い指先から、光の粒子が爆発的に溢れ出し、彼の身体が神話の巨狼へと膨れ上がっていく。
「ヤ、ヤジュジュさ……っ!」
冬樹の絶望の叫びは、巨狼の一吠えが引き起こした凄まじい衝撃波によって、完全に掻き消された。
背後から、すべてを見届けていたギロロが、重火器を構えたまま一歩前へ出る。
硝煙の中に消えていく日向姉弟の気配。ギロロの胸に、かつて過ごした日々への微かな痛みがよぎらなかったわけではない。しかし、隣で元の姿に戻り、愛おしそうに自分の腕に身を寄せてくる兄の体温を感じた瞬間、その迷いは完全に消滅した。
「……行こう、ギロロ。もう、ここには何も無いよ」
「ああ、兄さん。……帰ろう」
真っ黒に燃え盛る日向家の跡地で、ヤジュジュの銀の尻尾は、大切な弟の未来が確定した喜びを噛み締めるように、パタパタと、静かに焦土を叩き続けていた。
