闘技場に売られた獣
それは、あり得たかもしれない、もう一つの凄惨で美しい「救済」の結末。
宇宙の片隅に存在した、娯楽のない悪夢の地獄――第十七闘技場。
あの日、ガルルが特殊部隊を率いてその拠点を包囲し、突入作戦を敢行しようとしたまさにその瞬間、闘技場の中央から天を衝くような「銀の咆哮」が轟いた。
---
### 地獄の崩壊
突入の合図を待つまでもなかった。
外壁が内側から爆発するように吹き飛び、燃え盛る業火の中から現れたのは、山立ちに匹敵するほどの大きさを誇る**巨大な銀狼**だった。
ヤジュジュの中にあった「生き延びるための執着」が、ある夜、限界を超えて完全な狂気へと反転したのだ。
彼はその日、闘技場のシステムを内側からすべて破壊し、配給される腐った餌に仕込まれていた可燃性の薬品をばら撒いて放火した。狂い、叫び、炎に包まれる観客や興行主たち。彼らを、ヤジュジュは巨大な鉤爪と牙で、文字通り一片の肉片も残さぬよう蹂躙し、殺戮した。
「汚された」と泣いていた夜の記憶も、自分を縛っていた鉄輪の呪いも、すべてを等しく焼き尽くすための、地獄の大掃除だった。
### 硝煙の中の帰還
ガルルと、その背後にいたギロロが呆然と見つめる中、巨獣の輪郭が炎の熱気で歪み、次第に小さくなっていく。
煙の中から足を引きずりながら歩いてきたのは、返り血で真っ赤に染まった軍服を着た、ヤジュジュだった。
その目元の線は涙と煤で汚れ、ふさふさとした尻尾は焼け焦げ、全身は無数の傷から血を流している。それでも、彼の瞳だけは、かつてないほどに澄み切っていた。
「……あはは。おや、ガルル……それに、ギロロも」
ヤジュジュは、呆然と立ち尽くす二人の兄弟を見つけると、いつも通りの柔らかい、けれどどこか壊れてしまったような苦笑いを浮かべた。
「……遅いじゃないか。待ちくたびれて、中のものを全部……壊して、殺してきちゃったよ。……もう、あそこには誰もいない。私を汚す檻も、檻の主も、みんないなくなったんだ」
ドサリ、とヤジュジュの膝が折れる。
極限状態でのパフォーマンスを維持するための身体記憶が、すべての敵を排除したことで、ようやく「限界」を伝えてきたのだ。
### 壊れた弟の、変わらぬ檻
「ヤジュジュ――!!」
ガルルは誰よりも早く駆け出し、地面に倒れる寸前のヤジュジュの体を、その強い腕の中に強く、強く掻き抱いた。
ギロロもまた、持っていた重火器を投げ捨て、真っ赤な顔をして兄の元へ駆け寄る。
「兄さん! 兄さん……っ! よく、よく生きて……っ!」
「ふふ、ギロロ……泣かないでおくれ。……ガルル、見ての通り、私はもう純潔でもなければ、お前たちが愛してくれるような優しい者でもないかもしれない。……こんなに残酷に、みんなを殺してしまったからね。……こんな私でも、まだ、お前たちの家族でいていいのかい……?」
ヤジュジュは、血に濡れた鉤爪でガルルの胸元を掴み、消え入りそうな声で 溢(こぼ) した。
自力で地獄を壊した。けれど、それゆえに「自分の残酷さ」を突きつけられ、二人に拒絶されることを、彼は何よりも恐れていた。
ガルルは、自分の軍服が弟の返り血で汚れることなど一寸も気にせず、ヤジュジュの頬の煤を優しく指で拭った。その黄金色の瞳には、ただただ深い、狂おしいほどの愛だけが灯っていた。
「何を言う。……素晴らしい。さすがは私の弟だ」
ガルルは、ヤジュジュの耳元で低く、甘く囁きかける。
「お前がすべてを焼き尽くしたというのなら、それがお前の正義だ。お前を地獄に閉じ込めた世界が悪いのだ。……よく自力で帰ってきた、ヤジュジュ。お前がどんな修羅になろうと、私の腕の中だけはお前の安全な檻であり、家だ」
「……あ、あぁ……」
ガルルの圧倒的な肯定。そして、背後から「当たり前だ! あんたが何をしたって、俺の自慢の兄さんだ!」と号泣しながら抱きついてくるギロロの熱。
自らの手で地獄を終わらせ、最も愛する兄弟の元へと帰ってきたヤジュジュ。
彼は、血と硝煙の匂いの中で、ガルルの広い胸に顔を埋め、安心しきったように、小さく焦げた尻尾をパタパタと、幸せそうに揺らすのだった。
宇宙の片隅に存在した、娯楽のない悪夢の地獄――第十七闘技場。
あの日、ガルルが特殊部隊を率いてその拠点を包囲し、突入作戦を敢行しようとしたまさにその瞬間、闘技場の中央から天を衝くような「銀の咆哮」が轟いた。
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### 地獄の崩壊
突入の合図を待つまでもなかった。
外壁が内側から爆発するように吹き飛び、燃え盛る業火の中から現れたのは、山立ちに匹敵するほどの大きさを誇る**巨大な銀狼**だった。
ヤジュジュの中にあった「生き延びるための執着」が、ある夜、限界を超えて完全な狂気へと反転したのだ。
彼はその日、闘技場のシステムを内側からすべて破壊し、配給される腐った餌に仕込まれていた可燃性の薬品をばら撒いて放火した。狂い、叫び、炎に包まれる観客や興行主たち。彼らを、ヤジュジュは巨大な鉤爪と牙で、文字通り一片の肉片も残さぬよう蹂躙し、殺戮した。
「汚された」と泣いていた夜の記憶も、自分を縛っていた鉄輪の呪いも、すべてを等しく焼き尽くすための、地獄の大掃除だった。
### 硝煙の中の帰還
ガルルと、その背後にいたギロロが呆然と見つめる中、巨獣の輪郭が炎の熱気で歪み、次第に小さくなっていく。
煙の中から足を引きずりながら歩いてきたのは、返り血で真っ赤に染まった軍服を着た、ヤジュジュだった。
その目元の線は涙と煤で汚れ、ふさふさとした尻尾は焼け焦げ、全身は無数の傷から血を流している。それでも、彼の瞳だけは、かつてないほどに澄み切っていた。
「……あはは。おや、ガルル……それに、ギロロも」
ヤジュジュは、呆然と立ち尽くす二人の兄弟を見つけると、いつも通りの柔らかい、けれどどこか壊れてしまったような苦笑いを浮かべた。
「……遅いじゃないか。待ちくたびれて、中のものを全部……壊して、殺してきちゃったよ。……もう、あそこには誰もいない。私を汚す檻も、檻の主も、みんないなくなったんだ」
ドサリ、とヤジュジュの膝が折れる。
極限状態でのパフォーマンスを維持するための身体記憶が、すべての敵を排除したことで、ようやく「限界」を伝えてきたのだ。
### 壊れた弟の、変わらぬ檻
「ヤジュジュ――!!」
ガルルは誰よりも早く駆け出し、地面に倒れる寸前のヤジュジュの体を、その強い腕の中に強く、強く掻き抱いた。
ギロロもまた、持っていた重火器を投げ捨て、真っ赤な顔をして兄の元へ駆け寄る。
「兄さん! 兄さん……っ! よく、よく生きて……っ!」
「ふふ、ギロロ……泣かないでおくれ。……ガルル、見ての通り、私はもう純潔でもなければ、お前たちが愛してくれるような優しい者でもないかもしれない。……こんなに残酷に、みんなを殺してしまったからね。……こんな私でも、まだ、お前たちの家族でいていいのかい……?」
ヤジュジュは、血に濡れた鉤爪でガルルの胸元を掴み、消え入りそうな声で 溢(こぼ) した。
自力で地獄を壊した。けれど、それゆえに「自分の残酷さ」を突きつけられ、二人に拒絶されることを、彼は何よりも恐れていた。
ガルルは、自分の軍服が弟の返り血で汚れることなど一寸も気にせず、ヤジュジュの頬の煤を優しく指で拭った。その黄金色の瞳には、ただただ深い、狂おしいほどの愛だけが灯っていた。
「何を言う。……素晴らしい。さすがは私の弟だ」
ガルルは、ヤジュジュの耳元で低く、甘く囁きかける。
「お前がすべてを焼き尽くしたというのなら、それがお前の正義だ。お前を地獄に閉じ込めた世界が悪いのだ。……よく自力で帰ってきた、ヤジュジュ。お前がどんな修羅になろうと、私の腕の中だけはお前の安全な檻であり、家だ」
「……あ、あぁ……」
ガルルの圧倒的な肯定。そして、背後から「当たり前だ! あんたが何をしたって、俺の自慢の兄さんだ!」と号泣しながら抱きついてくるギロロの熱。
自らの手で地獄を終わらせ、最も愛する兄弟の元へと帰ってきたヤジュジュ。
彼は、血と硝煙の匂いの中で、ガルルの広い胸に顔を埋め、安心しきったように、小さく焦げた尻尾をパタパタと、幸せそうに揺らすのだった。
