闘技場に売られた獣

ケロン軍の本部。円卓を囲む他小隊の隊長たちが、熱弁を振るっていた。
「この同盟条約を結べば、我が軍の戦力は大幅に強化されます! 相手方も誠意を持って、我が方に有利な条件を提示してきている!」

将校たちが次々と賛同の声を上げる中、ヤジュジュは最後方に腰掛け、顎を突いてその光景を眺めていた。その美しい瞳の奥には、熱狂する彼らとは対照的な、氷のように冷ややかな光が宿っている。

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### 「信じる」という病

「……ねえ、みんな。どうしてそんなに他人の言葉を鵜呑みにできるんだい?」

ヤジュジュがふと、鈴を転がすような優しい声で呟いた。会議室の視線が一斉に彼に集まる。

「ヤジュジュ少佐、何か懸念でも? 相手は歴史ある名門の一族ですよ」

「歴史なんて、勝者が都合よく書き換えたただの紙切れだよ」
ヤジュジュはくすくすと笑いながら、目元の子供の線を細めた。

「彼らが『誠意』を見せているのは、今そうした方が自分たちにとって都合が良いからだ。娯楽のない闘技場ではね、笑顔で握手を求めてきた奴が、次の瞬間には背中にナイフを突き立ててくるなんて、朝飯前だったんだよ。命を賭けた賭博の場で、他人を信じる奴から順番に死んでいった。だからね……」

ヤジュジュはふさふさとした尻尾をゆったりと揺らしながら、ゾッとするほど無垢な笑顔で言い放った。

「私は基本的に、誰も、何も信じない。言葉も、条約も、神様も。相手が私を裏切る前提で、その裏切りの首をいつどうやって刎ねるかだけを考えて動くのが、私の『普通』なんだ」

冷酷なまでに研ぎ澄まされた不信。
彼にとって、世界は今もなお敵に囲まれた闘技場のままだった。

### 唯一の例外

気まずい沈黙が流れる会議室のドアが開き、ガルルが重厚な足取りで入ってきた。
会議の進捗を確認しに来たガルルの姿を見た瞬間、ヤジュジュの凍りついていた瞳に、一気に温かい光が灯る。

「――ガルル」

ヤジュジュは椅子から立ち上がると、先ほどまでの冷徹なオーラを霧散させ、嬉しそうに狼の耳をピコピコと動かした。

「ああ、ヤジュジュ。会議は難航しているようだな」
「ううん、もう終わるよ。私はお前の言う通りの作戦に従うだけだからね」

ヤジュジュはガルルの隣に寄り添い、その腕にそっと自分の腕を絡ませた。

彼が世界中で、唯一「信じる」と決めている存在。それが、命をかけて自分を地獄から救い出してくれた兄・ガルルであり、今もペコポンで自分を待ってくれている弟・ギロロだった。
兄弟だけは、どんな理不尽な状況でも自分を裏切らない。彼らの言葉だけが、ヤジュジュの暗闇を照らす唯一の真実だった。

「……私の弟を、あまり困らせないでもらおうか。ヤジュジュの言う通り、この条約には裏がある。精査し直すぞ」

ガルルが冷徹に告げると、他小隊の将校たちは「は、はっ!」と背筋を正した。

「ふふ、やっぱりガルルは頼りになるね」

兄の強靭な体温を感じながら、ヤジュジュは股の間で大人しくしていた尻尾を、パタパタと最上級の歓喜の速度で揺らし始める。
世界中のすべてを疑い、敵に回したとしても、この兄弟の腕の中にいる限り、ヤジュジュの心は絶対的な安寧に満たされるのだった。
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