闘技場に売られた獣
ペコポンのとある廃工場。日向家の裏庭から少し離れたこの場所で、ギロロとヤジュジュは突如として敵対勢力の残党による待ち伏せに遭った。
敵はすでに制圧した。しかし、激しい戦闘の跡地には、爆発に巻き込まれた敵兵の無惨な亡骸や、どす黒い血液が飛び散り、かつてヤジュジュがいた闘技場を彷彿とさせる凄惨な光景が広がっていた。
「……っ」
その光景が目に入った瞬間、ヤジュジュの体が反射的に動いた。
彼は隣にいたギロロの前に素早く回り込むと、両手を広げ、己の大きな背中とふさふさとした銀の尻尾で、ギロロの視界を遮るようにぴったりと立ちはだかったのだ。
「……兄さん?」
突如として視界をヤジュジュの背中で埋め尽くされ、ギロロは眉をひそめた。
「どいてくれ、兄さん。俺はケロン軍の一等兵だ、戦場の凄惨な光景など見慣れている。いつまでも子供扱いするのはやめてくれ……っ」
ギロロはそう言って、ヤジュジュの肩を掴んで退かせようとした。自分はもう、守られるだけの未熟な子供ではない。一人前の戦士として、兄の隣に立ち、むしろ兄を守る立場になったのだと、少しだけ反発心が首をもたげた。
しかし、ヤジュジュは退かなかった。狼の耳をぴんと警戒させ、頑ななまでにギロロに後ろを振り返らせまいとしている。
「だめだよ、ギロロ。見ちゃいけない。……こういう汚いものは、私が片付けるから」
柔らかい、けれど昔から変わらない、どこか強迫観念めいた兄の声。
その言葉を聞いた瞬間、ギロロの脳裏に、すっかり忘れていた幼い頃の記憶が鮮烈に蘇った。
まだギロロが小さく、ヤジュジュの目元の線も今と同じ位置にあった頃。
ケロン星の治安の悪い路地裏や、荒々しい大人たちが怒号を上げる戦場の片隅で、ヤジュジュはいつも、こうしてギロロの前に立ちはだかっていた。
小さなギロロが怯えて泣きそうになるたびに、ヤジュジュは自分の大きな背中で世界から溢れる「悪意」や「汚れ」をすべて遮断し、ふさふさの尻尾でギロロを包み込んでくれた。
『見ちゃだめだよ、ギロロ。怖いものは、全部私が追い払ってあげるからね』と、優しく頭を撫でてくれた、あの大きな背中。
闘技場という地獄に落とされ、どれほど残酷な経験を重ねても、ヤジュジュの根底にある「ギロロに汚いものを見せたくない」という、狂おしいほどの保護欲は、何一つ変わっていなかったのだ。
「…………」
ギロロは、ヤジュジュの肩を押し戻そうとしていた手を、ゆっくりと下ろした。
子供扱いされたことへの反発は、胸の奥から湧き上がった愛おしさと切なさによって、一瞬で溶けて消えてしまった。
「……兄さん」
ギロロは一歩前に踏み込み、ヤジュジュの背中に、自分の額をそっと預けた。
「もう大丈夫だ。俺はもう、あんたの背中に隠れて泣いていた小さな子供じゃない。……だが、あんたのその優しさに、今でも救われているよ」
「ギロロ……」
背中に伝わる弟の確かな熱と成長を感じ、ヤジュジュは少しだけ肩の力を抜いた。後ろの尻尾が、愛おしさを噛み締めるように、ギロロの足元へそっと、優しく絡みつく。
「ふふ、ごめんよ。つい昔の癖が出てしまった。お前はもう、立派な戦士だというのにね」
「謝るな。……さあ、片付けよう、兄さん。二人でやれば、一瞬で終わる」
「うん、そうだね」
ヤジュジュは静かに振り返り、ギロロと視線を合わせて微笑んだ。
かつて一方的に守るだけだった背中は、今、互いの背中を預け合える最高のパートナーのそれへと、確かに形を変えていた。
敵はすでに制圧した。しかし、激しい戦闘の跡地には、爆発に巻き込まれた敵兵の無惨な亡骸や、どす黒い血液が飛び散り、かつてヤジュジュがいた闘技場を彷彿とさせる凄惨な光景が広がっていた。
「……っ」
その光景が目に入った瞬間、ヤジュジュの体が反射的に動いた。
彼は隣にいたギロロの前に素早く回り込むと、両手を広げ、己の大きな背中とふさふさとした銀の尻尾で、ギロロの視界を遮るようにぴったりと立ちはだかったのだ。
「……兄さん?」
突如として視界をヤジュジュの背中で埋め尽くされ、ギロロは眉をひそめた。
「どいてくれ、兄さん。俺はケロン軍の一等兵だ、戦場の凄惨な光景など見慣れている。いつまでも子供扱いするのはやめてくれ……っ」
ギロロはそう言って、ヤジュジュの肩を掴んで退かせようとした。自分はもう、守られるだけの未熟な子供ではない。一人前の戦士として、兄の隣に立ち、むしろ兄を守る立場になったのだと、少しだけ反発心が首をもたげた。
しかし、ヤジュジュは退かなかった。狼の耳をぴんと警戒させ、頑ななまでにギロロに後ろを振り返らせまいとしている。
「だめだよ、ギロロ。見ちゃいけない。……こういう汚いものは、私が片付けるから」
柔らかい、けれど昔から変わらない、どこか強迫観念めいた兄の声。
その言葉を聞いた瞬間、ギロロの脳裏に、すっかり忘れていた幼い頃の記憶が鮮烈に蘇った。
まだギロロが小さく、ヤジュジュの目元の線も今と同じ位置にあった頃。
ケロン星の治安の悪い路地裏や、荒々しい大人たちが怒号を上げる戦場の片隅で、ヤジュジュはいつも、こうしてギロロの前に立ちはだかっていた。
小さなギロロが怯えて泣きそうになるたびに、ヤジュジュは自分の大きな背中で世界から溢れる「悪意」や「汚れ」をすべて遮断し、ふさふさの尻尾でギロロを包み込んでくれた。
『見ちゃだめだよ、ギロロ。怖いものは、全部私が追い払ってあげるからね』と、優しく頭を撫でてくれた、あの大きな背中。
闘技場という地獄に落とされ、どれほど残酷な経験を重ねても、ヤジュジュの根底にある「ギロロに汚いものを見せたくない」という、狂おしいほどの保護欲は、何一つ変わっていなかったのだ。
「…………」
ギロロは、ヤジュジュの肩を押し戻そうとしていた手を、ゆっくりと下ろした。
子供扱いされたことへの反発は、胸の奥から湧き上がった愛おしさと切なさによって、一瞬で溶けて消えてしまった。
「……兄さん」
ギロロは一歩前に踏み込み、ヤジュジュの背中に、自分の額をそっと預けた。
「もう大丈夫だ。俺はもう、あんたの背中に隠れて泣いていた小さな子供じゃない。……だが、あんたのその優しさに、今でも救われているよ」
「ギロロ……」
背中に伝わる弟の確かな熱と成長を感じ、ヤジュジュは少しだけ肩の力を抜いた。後ろの尻尾が、愛おしさを噛み締めるように、ギロロの足元へそっと、優しく絡みつく。
「ふふ、ごめんよ。つい昔の癖が出てしまった。お前はもう、立派な戦士だというのにね」
「謝るな。……さあ、片付けよう、兄さん。二人でやれば、一瞬で終わる」
「うん、そうだね」
ヤジュジュは静かに振り返り、ギロロと視線を合わせて微笑んだ。
かつて一方的に守るだけだった背中は、今、互いの背中を預け合える最高のパートナーのそれへと、確かに形を変えていた。
