闘技場に売られた獣

深夜、ガルルの私室。
先ほどまでの情事の余韻が残る静寂の中で、ヤジュジュはガルルの広い胸に顔を埋めていた。
規則正しい兄の鼓動。シーツの清潔な匂い。窓の外に広がる穏やかな夜。
すべてが完璧であればあるほど、ヤジュジュの心には、黒いインクを垂らしたような不安がじわりと広がっていった。

「……っ、……はぁ、……っ」

急に呼吸が浅くなったヤジュジュに気づき、まどろんでいたガルルがその肩を抱き寄せる。

「ヤジュジュ? どうした、体が震えているぞ」

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### 幸福という名の恐怖

ヤジュジュはガルルの寝衣の胸元を、爪が食い込むほど強く掴んだ。視界が涙で歪み、せっかくの幸せな景色が見えなくなる。

「ガルル……私、怖いんだ。こんなに、こんなに幸せでいいのかって……。お前に愛されて、ギロロと笑い合って、温かい食事をして……」

ヤジュジュの喉が、引き攣るような音を立てる。

「ふとした瞬間に、全部『夢』なんじゃないかって思うんだ。次に目を覚ました時、私はまたあの冷たくて暗い檻の中にいて……。お前と過ごしたこの時間は、衰弱した私の脳が見せた、ただの残酷な幻覚なんじゃないかって……そう思うと、眠るのが怖いんだよ」

闘技場の床の冷たさ。鎖の重み。
それらが今も足首に絡みついているような錯覚に襲われ、ヤジュジュは子供のように声を殺して泣きじゃくった。

### 確かなる「現在」

ガルルは何も言わず、ヤジュジュをさらに強く抱きしめた。骨が鳴るほどのその強さは、ヤジュジュに「実在」を教え込むための、彼なりの儀式だった。

「ヤジュジュ。私を見ろ」

ガルルはヤジュジュの顔を両手で挟み込み、無理やり視線を合わせさせた。黄金色の瞳が、ヤジュジュの不安を射抜くように見つめる。

「檻はもう、この宇宙のどこにも存在しない。私がお前を救い出したあの日、その場所は跡形もなく私が焼き払った。お前を縛っていた鎖も、今はもう塵だ」

ガルルはヤジュジュの右手をとり、自分の心臓の上に導いた。

「この鼓動を感じろ。これは幻ではない。お前を愛し、お前を二度と離さないと誓った、私の生きた証だ。もし明日、お前が檻の中で目を覚ますというのなら……私は何度でも、宇宙を敵に回してでもお前を盗み出しに行く」

### 眠りの淵で

「ガルル……。本当……? 本当に、私はここにいていいのかい?」

「当たり前だ。お前がいない世界に、私の居場所などない」

ガルルはヤジュジュの耳元で、魔法をかけるように低く、甘く囁き続けた。
ヤジュジュの激しかった呼吸が次第に整い、狼の尻尾が、安心を求めてガルルの脚に力なく、けれど確かに絡みつく。

「……おやすみ、ヤジュジュ。次に目が覚めた時、最初に映るのは私の顔だ。約束しよう」

「……うん……おやすみ、ガルル……」

ガルルの腕という名の、世界で最も安全な「檻」の中で、ヤジュジュは恐怖を少しずつ手放していった。
夜明けが来ても、その温もりが消えないことを、兄の鼓動が力強く保証していた。
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