闘技場に売られた獣

日向家の庭、ギロロのテント。それは本来、一介の軍曹が居を構える静かな場所だったはずだ。しかしその日、予期せぬ闖入者がその平穏を破った。

---

### 招かれざる「正体」

「あーっ! ちょっとギロロ、掃除の邪魔……って、えええええ!?」

テントの入り口を跳ね上げた日向夏美が、驚愕の声を上げる。そこには、いつもの赤いケロン人ではなく、見たこともない姿のケロン人が座っていた。

「な、なんかもう1匹増えてる〜!?」

夏美の指差す先、ヤジュジュは困ったように狼の耳を伏せた。鋭い鉤爪を隠すように膝を抱え、首の鉄輪を無意識に指先でなぞる。

「……ふふ、驚かせてしまったようだね。こんにちは、お嬢さん」

ヤジュジュは精一杯の穏やかな微笑みを浮かべた。しかし、夏美は好奇心旺盛な瞳でヤジュジュを凝視し、その隣に立つギロロと見比べた。

「ギロロとヤジュジュさんって……あまり似てないわよね。その耳とか、爪とか……本当に兄弟なわけ?」

### 疼く傷跡

悪気のない、純粋な疑問。しかし、その言葉はヤジュジュの胸を鋭く刺した。
「似ていない」のは、自分だけが獣人の血を色濃く継いでしまったから。そして、その異質な姿ゆえに父に疎まれ、見世物として売られたのだという記憶が、濁流のように脳裏をよぎる。

ヤジュジュの表情が、目に見えて曇った。
優しい微笑みは消え、視線は力なく地面へと落ちる。自分は異形であり、この温かな日常には相応しくない「獣」なのだと、改めて突きつけられたような心地だった。

### 盾となる弟

その時だ。

「……そこまでだ、夏美!」

重厚な足音と共に、ギロロがヤジュジュの前に割り込んだ。大きな背中で兄を隠すように立ちはだかり、夏美の視線を遮る。

「こいつは俺の兄だ。それ以上、余計な詮索は許さん!」

「な、何よ、ちょっと言っただけじゃない……」

夏美がたじろぐほどの、殺気すらこもった真剣な声。ギロロは背後の兄が、自分の爪を見つめて震えていることに気づいていた。

「……兄さん、気にするな」

ギロロは振り返らず、声だけで兄に告げる。

「似ているかどうかなんて関係ない。あんたは俺の兄だ。俺が、この命に代えても証明してやる」

ヤジュジュは目を見開いた。
かつて誰も守ってくれなかった自分を、今、小さな弟がその広い背中で守っている。
ヤジュジュの唇に、先ほどのような作り物ではない、小さな、本当の笑みが戻った。

「……ありがとう、ギロロ。お前は本当に……強くなったんだね」

夏美は二人の間に流れる独特な空気を感じ取り、少しバツが悪そうに「……ごめん、変なこと言って」と呟いた。
秋空の下、揺れるテントの影で、ヤジュジュは自分を隠す弟の背中に、確かな救いを感じていた。
1/53ページ
スキ