亀と獣
夏のニューヨークは、アスファルトが熱を溜め込み、地上はまるで巨大なサウナのようだった。
マンホールの下である地下水路は、地上に比べれば幾分かマシではあるものの、ジメジメとした湿気とこもった熱気が容赦なく体力を奪っていく。
そして、人間の頃から一転して「全身がふさふさの毛皮に覆われた猫のミュータント」となったゆきにとって、この季節は想像を絶する試練だった。
(あつい……息が、できない……っ)
隠れ家のリビングのソファで、ゆきはグニャリと文字通り「液状化」するように伸びきっていた。
頭の上では黒い猫耳がぐったりと垂れ下がり、お尻の長い尻尾も力なくダラリと床に垂れている。
そして何より最大の問題は――。
(はぁ……はぁ……っ、あれ、舌が……戻らない……っ?)
体温調節がうまくできない猫の本能からか、ゆきは口をぽっかりと開きっぱなしにし、ピンク色の小さな舌をペロリと出したまま、ハァハァと浅く荒い息を繰り返していた。
しかし、いざ舌を引っ込めようと口を閉じても、熱を持った身体のせいでまたすぐにハァーッと舌が零れ出てしまう。舌を口の中にしまうことが、どうあっても全くできなかった。
「……ん? おい、ゆき?」
トレーニングを終えてリビングに戻ってきたラファエロが、ソファの上の惨状に気づいて足を止めた。
「……おいおい、どうしたんだその格好は。干からびた雑巾みたいになってやがるぞ」
心配そうに近づいてきたラファエロを見上げ、ゆきは潤んだ目で「はぁ……はぁ……っ」とか細い鳴き声を漏らすのが精一杯だった。口から出たままの舌が、パタパタと情けなく揺れている。
「って、おい……! お前、舌が出しっぱなしだぞ!? なんだこれ、変な病気にかかったのか!?」
ラファエロの過保護スイッチが、一瞬で最大風速でカチリと入った。
彼は慌ててゆきの傍らに跪き、その両肩をガシッと掴む。
「た、たすけて……ラファ……あつい……とろけそう……ろれつが回らないよぅ……」
「なっ、なんだって!? ろれつが回らねぇだと!? ドナテロォオオオッ!! また謎の毒ガスか何かにやられたのか――っ!!」
「ちょっとラフィ、大声出さないでよ、耳に響くから……」
そこへ冷たいドリンクを持ってきたドナテロが、やれやれといった顔でリビングに入ってくる。
「見ろよドナテロ! ゆきが! ゆきが溶けて、しかも舌が引っ込まなくなってやがるんだ!! どうにかしてくれ!!」
「いや、落ち着いてラフィ。見てよ、この湿度と気温を」
ドナテロは壁に設置された温度計を指し示す。そこには、夏の地下としてはありえない高めの数字が表示されていた。
「……は? 気温?」
「そう。人間の頃は汗をかけたり体温調節できてたけど、今は全身毛皮の猫ミュータントだからね。今の時期の地下は、猫にとってサウナみたいなもんなのさ。いわゆる『暑さバテ』だよ」
ドナテロの説明を聞き、ラファエロは「あ、暑さ……?」と動きを止めた。
「……なんだ、病気じゃねぇのか?」
「うん。でも、このままだと熱中症で本当に干からびちゃうから、冷やしてあげないとね」
それを聞いたラファエロは、急に自分の無知が恥ずかしくなったのか、ゴツゴツとした手で頭をポリポリとかいた。だが、次の瞬間にはもうスイッチが切り替わり、フンッと鼻息を荒くする。
「そ、そうか……! よし、待ってろゆき!」
ラファエロはキッチンへ猛ダッシュし、冷凍庫から氷をわんさか詰めた特大の保冷バッグと、キンキンに冷えたタオルを持って猛スピードで戻ってきた。
「おい、これでもらえ! あとドナテロ、扇風機もっとこっちに向けろ!」
「はいはい、分かったよ」
ラファエロは冷えたタオルをゆきの首元に優しく巻きつけ、さらにアイスノンをそっと抱かせる。
ひんやりとした冷気が全身を包み込むと、ゆきは「ふぁあ……生き返る……」と小さくため息を漏らし、ようやくダラリと出ていた舌を、んっ、とどうにか口の中に引っ込めることができた。
「おおっ、舌が戻ったぞ!」
ラファエロは我が事のようにホッと胸を撫で下ろし、大きな手でゆきの頭をゴシゴシと雑に、しかし愛情たっぷりに撫で回した。
「まったく、脅かすなよ……。夏ってのは、猫のミュータントにとしちゃここまで過酷なのかよ」
「うん……油断したら、本当にとろけちゃう……」
ぐったりとタオルにくるまるゆきを見て、ラファエロは何かを決意したように腕を組んだ。
「よし。今年の夏は、お前がバテないように俺が毎日特製の冷やしドリンクを調達してやる。あと、隠れ家のエアコンの温度も一番低いところに設定しといてやるからな!」
「ほんと? ラファ、ありがとう……!」
すっかり涼しくなって生き返ったゆきが笑顔を向けると、ラファエロは少し照れくさそうに「お、おう、当たり前だろ」とそっぽを向くのだった。
マンホールの下である地下水路は、地上に比べれば幾分かマシではあるものの、ジメジメとした湿気とこもった熱気が容赦なく体力を奪っていく。
そして、人間の頃から一転して「全身がふさふさの毛皮に覆われた猫のミュータント」となったゆきにとって、この季節は想像を絶する試練だった。
(あつい……息が、できない……っ)
隠れ家のリビングのソファで、ゆきはグニャリと文字通り「液状化」するように伸びきっていた。
頭の上では黒い猫耳がぐったりと垂れ下がり、お尻の長い尻尾も力なくダラリと床に垂れている。
そして何より最大の問題は――。
(はぁ……はぁ……っ、あれ、舌が……戻らない……っ?)
体温調節がうまくできない猫の本能からか、ゆきは口をぽっかりと開きっぱなしにし、ピンク色の小さな舌をペロリと出したまま、ハァハァと浅く荒い息を繰り返していた。
しかし、いざ舌を引っ込めようと口を閉じても、熱を持った身体のせいでまたすぐにハァーッと舌が零れ出てしまう。舌を口の中にしまうことが、どうあっても全くできなかった。
「……ん? おい、ゆき?」
トレーニングを終えてリビングに戻ってきたラファエロが、ソファの上の惨状に気づいて足を止めた。
「……おいおい、どうしたんだその格好は。干からびた雑巾みたいになってやがるぞ」
心配そうに近づいてきたラファエロを見上げ、ゆきは潤んだ目で「はぁ……はぁ……っ」とか細い鳴き声を漏らすのが精一杯だった。口から出たままの舌が、パタパタと情けなく揺れている。
「って、おい……! お前、舌が出しっぱなしだぞ!? なんだこれ、変な病気にかかったのか!?」
ラファエロの過保護スイッチが、一瞬で最大風速でカチリと入った。
彼は慌ててゆきの傍らに跪き、その両肩をガシッと掴む。
「た、たすけて……ラファ……あつい……とろけそう……ろれつが回らないよぅ……」
「なっ、なんだって!? ろれつが回らねぇだと!? ドナテロォオオオッ!! また謎の毒ガスか何かにやられたのか――っ!!」
「ちょっとラフィ、大声出さないでよ、耳に響くから……」
そこへ冷たいドリンクを持ってきたドナテロが、やれやれといった顔でリビングに入ってくる。
「見ろよドナテロ! ゆきが! ゆきが溶けて、しかも舌が引っ込まなくなってやがるんだ!! どうにかしてくれ!!」
「いや、落ち着いてラフィ。見てよ、この湿度と気温を」
ドナテロは壁に設置された温度計を指し示す。そこには、夏の地下としてはありえない高めの数字が表示されていた。
「……は? 気温?」
「そう。人間の頃は汗をかけたり体温調節できてたけど、今は全身毛皮の猫ミュータントだからね。今の時期の地下は、猫にとってサウナみたいなもんなのさ。いわゆる『暑さバテ』だよ」
ドナテロの説明を聞き、ラファエロは「あ、暑さ……?」と動きを止めた。
「……なんだ、病気じゃねぇのか?」
「うん。でも、このままだと熱中症で本当に干からびちゃうから、冷やしてあげないとね」
それを聞いたラファエロは、急に自分の無知が恥ずかしくなったのか、ゴツゴツとした手で頭をポリポリとかいた。だが、次の瞬間にはもうスイッチが切り替わり、フンッと鼻息を荒くする。
「そ、そうか……! よし、待ってろゆき!」
ラファエロはキッチンへ猛ダッシュし、冷凍庫から氷をわんさか詰めた特大の保冷バッグと、キンキンに冷えたタオルを持って猛スピードで戻ってきた。
「おい、これでもらえ! あとドナテロ、扇風機もっとこっちに向けろ!」
「はいはい、分かったよ」
ラファエロは冷えたタオルをゆきの首元に優しく巻きつけ、さらにアイスノンをそっと抱かせる。
ひんやりとした冷気が全身を包み込むと、ゆきは「ふぁあ……生き返る……」と小さくため息を漏らし、ようやくダラリと出ていた舌を、んっ、とどうにか口の中に引っ込めることができた。
「おおっ、舌が戻ったぞ!」
ラファエロは我が事のようにホッと胸を撫で下ろし、大きな手でゆきの頭をゴシゴシと雑に、しかし愛情たっぷりに撫で回した。
「まったく、脅かすなよ……。夏ってのは、猫のミュータントにとしちゃここまで過酷なのかよ」
「うん……油断したら、本当にとろけちゃう……」
ぐったりとタオルにくるまるゆきを見て、ラファエロは何かを決意したように腕を組んだ。
「よし。今年の夏は、お前がバテないように俺が毎日特製の冷やしドリンクを調達してやる。あと、隠れ家のエアコンの温度も一番低いところに設定しといてやるからな!」
「ほんと? ラファ、ありがとう……!」
すっかり涼しくなって生き返ったゆきが笑顔を向けると、ラファエロは少し照れくさそうに「お、おう、当たり前だろ」とそっぽを向くのだった。
