亀と獣

パトロール中のある夜、ビルの裏手の薄暗い路地裏でのことだった。

タートルズの後ろをついて歩いていたゆきは、ふと足元でカサリと動く不穏な気配を察知した。猫のミュータントになってからというもの、聴覚や動体視力は人間の頃とは比べ物にならないほど鋭くなっている。

(……っ!?)

本能が反射的に反応した。
思考よりも早く、ゆきの手からするどい爪がシャキリと飛び出し、まるで一瞬の稲妻のように地面へと振り下ろされる。

「――らっ!」

ガシッ、と重い手応え。
ゆきが恐る恐る手をどけて足元を見ると、そこには見事にご臨終された一匹の大きなドブネズミが転がっていた。

「……え……?」

ゆきは自分の手を見つめ、青ざめた。
頭の中では「猫の本能恐るべし……!」という冷や汗と、「うわ、私、ネズミ捕まえちゃったよ……!?」という衝撃が入り混じる。人間だった頃の感覚がまだ残る彼女にとって、野良ネズミを素手で仕留めるなど青天の霹靂だった。

「どうしたゆき、足止めして……って、うわっ!」

少し先を歩いていたラファエロが振り返り、ゆきの足元を見て目を見開いた。
周囲にいたレオナルド、ドナテロ、ミケランジェロも「おや?」「どうしたの?」とぞろぞろと集まってくる。

固まっているゆきを見て、ラファエロは「まさか……」と表情を和らげ、感心したようにフッと笑った。

「おいおい、まじかよ。すげぇじゃねぇか、ゆき!」
「えっ?」
「自力で獲物を仕留めたんだろ? お前、最近すっかり猫らしくなってきやがって……。腹でも減ってたのか? わざわざ俺たちのために獲ってくれたのかよ。サンキューな!」

ラファエロは「よしよし」とでも言うように笑いながら、なんとそのドブネズミを地面からひょいと拾い上げた。

「ちょっ――!?」

ゆきが叫ぶ間もなく、ラファエロは躊躇うことなくそのネズミを豪快に口へと放り込み、ガリッ、ボリッと平然と噛み砕いて飲み込んでしまった。

「――っっっ!? な、なにしてるのラファーッ!? そんなの食べて大丈夫なの汚くない!? 病気にならない!?」

ゆきは恐怖と動揺で目をひっくり返し、両手で頭を抱えてパニックを起こした。人間だった倫理観が盛大に悲鳴を上げている。

そんな大パニックのゆきを見て、マイキーはケラケラと笑い、近くの壁に寄りかかっていたレオナルドが、呆れたような、しかし面白そうにクスクスと笑いながら肩をすくめた。

「落ち着けよ、ゆき。そんなに慌てなくても平気だって」
「平気なわけないでしょレオ! ネズミだよ!? 野良の! 下水道の!」

叫ぶゆきに対し、レオナルドは飄々としたトーンで解説を始めた。

「まあ、普通の人や普通の猫だったらお腹を壊すかもしれないけどさ。……あいつ、何気にワニガメのミュータントだからね」
「ワニガメ……?」
「そう。爬虫類だし、雑食だし、野生の頃やニューヨークの地下水路で育った環境的に、ぶっちゃけあの手の野性の生き物なんてラフィにとってはタダの栄養補給みたいなもんさ。胃腸の強さはタートルズ随一だから安心してよ」

「そうそう! ラフィのお腹の中は鉄板で出来てるから大丈夫なのさー!」
マイキーも「うんうん」と大きく頷いて親指を立てる。

当のラファエロは、口元を軽く拭きながら「ん? うめぇじゃねぇか、ちょっとした夜食だわ」となんとも涼しい顔をしている。

「……うそ……でしょ……」

ぐったりと脱力し、膝から崩れ落ちそうになるゆき。
猫のミュータントとして生きていくには、まだまだ「ワニガメのお兄ちゃんのワイルドすぎる食生活」という、高い高い壁を乗り越えなければならないのだった。
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