亀と獣
地下の隠れ家で暮らし始めて数日、女性としての身体の変化とリズムが、ゆきを容赦なく襲う時期がやってきていた。
数日前、予兆を感じ取ったゆきは、顔を真っ赤にしながらもドナテロにこっそり頼み込み、人間の女性に必要な生理用品をこっそり買ってきてもらっていた。「さすがにラフィたちには言いづらくて……ドニー、本当にありがとう!」と感謝するゆきに、ドナテロは「任せてよ、これでも生物学のデータ収集は得意分野だからね」とクールに微笑んで用意してくれたのだ。
そして今日――その「数日後」がやってきた。
(お腹痛い……頭も割れそうに痛い……うえに、身体が鉛みたいに重い……)
ベッドから起き上がろうとしたゆきは、激しい腹痛と眩暈に襲われ、その場でぐったりとシーツに倒れ込んだ。生理特有の重い腹痛と頭痛のダブルパンチ。さらに猫のミュータントとしての敏感な神経が痛みを増幅させ、ベッドからトイレまで這うように往復するのがやっとという有様だった。
リビングでは、そんなゆきの様子に気づいたタートルズたちが大騒ぎになっていた。
「おい、どうなってんだよ! さっきからずっとうずくまってやがるぞ!」
腕を組み、眉間を寄せて地団駄を踏んでいるのはラファエロだ。
「熱を測っても平熱だし、外傷もないのに……。顔色は最悪だし、歩くのもやっとみたいなんだよね」
レオナルドも青いマスクの端をいじりながら、腕を組んで深刻そうに唸っている。
「ゆきちゃん、さっきから何度もトイレとベッドを往復してて……もしかして、何か変なものでも食べたのかなぁ? マイキー特製スペシャルキノコピザがあたっちゃった!?」
マイキーが自分の頭を両手で抱え、「ぼくの料理のせい!?」と半泣きになっている。
「いや、マイキーのピザのせいじゃないさ」
そこに、タブレットを片手に落ち着き払った様子でドナテロがやってきた。しかし、その背後から漂う空気はどこか気まずい。
「なんだよドニー! お前、ゆきの身体を調べたんただろ!? いったいあいつはどこが悪いんだよ! どんな恐ろしい病気にかかったんだ!?」
ラファエロがドナテロの肩をガシッと掴み、ものすごい剣幕で詰め寄る。レオナルドとマイキーも「早く教えてよドニー!」と食いついた。
三人の必死すぎる(そして盛大に勘違いしている)姿を見て、ドナテロは「はぁ……」と深いため息をつき、メガネを押し上げた。
「病気なんかじゃないよ。……まったく、君たちは人間(の女子)の体の仕組みについて、もう少し勉強したほうがいいんじゃないかい?」
「は? 体の仕組み?」
「そう。これは病気でも怪我でもなく、人間の女性の身体にとって、ごく自然で、毎月訪れる生理現象なのさ」
「せいり……?」
ラファエロがポカンと口を開ける。レオナルドとマイキーも「せいりってなに? おいしいの?」と言いたげな顔で首を傾げた。
ドナテロは呆れたように首を振ると、淡々と解説を始めた。
「簡単に言えば、子宮の内側が剥がれ落ちて体外に排出される定期的なイベントさ。その過程で、強い腹痛や頭痛、倦怠感や気分の落ち込みが起きる。個人差はあるけど、ゆきの場合は今、そのピークで身体がすごく辛い状態なんだよ」
ドナテロの説明を聞きながら、ラファエロたちの脳内で情報が処理されていく。
――要するに、毎月やってくる、ものすごく痛くてだるい女性特有の現象。
「ま、待て……! じゃあ、あいつがさっきからあんなに苦しそうにうずくまって、脂汗流してんのは、その……『毎月』起こることなのかよ!?」
「そうだよ。だから病気で死にかかってるわけじゃない。……まあ、痛み止めを飲ませて、今はとにかく安静にさせるしかないんだけどね」
ドナテロがそう言い終えた瞬間、ラファエロの顔色が変わった。
(こんなに痛みに耐えて、あいつ一人であんな苦しそうに……!)
「なんだよそれ……! あんなに痛そうにしてるのに、薬飲ませて寝かせる以外になんもできねぇってのかよっ!」
「仕方のないことだろ、ラフィ。そういうデリケートな時期なんだから、僕たちが過剰に騒ぐと逆に気を使わせちゃうよ」
「うるせぇ! じっとしてられるか!」
ラファエロはドナテロの制止も聞かず、大股でゆきの部屋へと向かった。
後ろからマイキーが「ラフィ、あんまり大声出しちゃダメだよ!」と慌てて追いかけ、レオナルドも「まったく、仕方のない兄貴だな……」と苦笑いしながら後に続く。
ガタッ、と勢いよく開いたドアの音に、ベッドでうずくまっていたゆきがびくっと肩を揺らした。
「らふ……?」
苦しそうにこちらを見上げるゆきの額には、冷や汗がにじんでいる。
ラファエロはドナテロから事情をすべて聞いたとはいえ、目の前で苦しむゆきを見ると、やっぱりいてもたってもいられなくなっていた。
彼は大きな体をふっと緩め、ゆきのベッドの脇にそっと膝をついた。
「……ドニーから聞いたぞ。なんか、すごく痛くてしんどいんだろ」
「うん……っ、ごめんね、なんか、動けなくて……」
「謝るなよバカヤロウ」
ラファエロはゴツゴツとした大きな手を伸ばし、ゆきの汗ばんだ額をそっと、信じられないほど優しい手つきで撫でた。
「病気じゃねぇって聞いて安心はしたけどよ……毎月こんな痛みに耐えてんのか、お前らは。……その、なんだ、痛かったら遠慮なく俺を呼べ。お前の布団でも温めてやるし、何か温かいものでも持ってきてやるからさ」
不器用ながらも一生懸命に気遣うラファエロの姿に、ゆきは痛むお腹を抱えながらも、ふっと小さく笑った。
「うん……ありがとう、ラフ。……すごく、温かいよ」
その笑顔を見て、ラファエロは少しだけホッとしたように息を吐き、ゆきの毛布をしっかりと掛け直した。
「よし、今日は俺が部屋の近くで見張っててやるから、安心していっぱい寝とけ」
――こうして、タートルズたちのドタバタとした、しかしどこまでも温かい看病の日が、静かに始まっていったのだった。
数日前、予兆を感じ取ったゆきは、顔を真っ赤にしながらもドナテロにこっそり頼み込み、人間の女性に必要な生理用品をこっそり買ってきてもらっていた。「さすがにラフィたちには言いづらくて……ドニー、本当にありがとう!」と感謝するゆきに、ドナテロは「任せてよ、これでも生物学のデータ収集は得意分野だからね」とクールに微笑んで用意してくれたのだ。
そして今日――その「数日後」がやってきた。
(お腹痛い……頭も割れそうに痛い……うえに、身体が鉛みたいに重い……)
ベッドから起き上がろうとしたゆきは、激しい腹痛と眩暈に襲われ、その場でぐったりとシーツに倒れ込んだ。生理特有の重い腹痛と頭痛のダブルパンチ。さらに猫のミュータントとしての敏感な神経が痛みを増幅させ、ベッドからトイレまで這うように往復するのがやっとという有様だった。
リビングでは、そんなゆきの様子に気づいたタートルズたちが大騒ぎになっていた。
「おい、どうなってんだよ! さっきからずっとうずくまってやがるぞ!」
腕を組み、眉間を寄せて地団駄を踏んでいるのはラファエロだ。
「熱を測っても平熱だし、外傷もないのに……。顔色は最悪だし、歩くのもやっとみたいなんだよね」
レオナルドも青いマスクの端をいじりながら、腕を組んで深刻そうに唸っている。
「ゆきちゃん、さっきから何度もトイレとベッドを往復してて……もしかして、何か変なものでも食べたのかなぁ? マイキー特製スペシャルキノコピザがあたっちゃった!?」
マイキーが自分の頭を両手で抱え、「ぼくの料理のせい!?」と半泣きになっている。
「いや、マイキーのピザのせいじゃないさ」
そこに、タブレットを片手に落ち着き払った様子でドナテロがやってきた。しかし、その背後から漂う空気はどこか気まずい。
「なんだよドニー! お前、ゆきの身体を調べたんただろ!? いったいあいつはどこが悪いんだよ! どんな恐ろしい病気にかかったんだ!?」
ラファエロがドナテロの肩をガシッと掴み、ものすごい剣幕で詰め寄る。レオナルドとマイキーも「早く教えてよドニー!」と食いついた。
三人の必死すぎる(そして盛大に勘違いしている)姿を見て、ドナテロは「はぁ……」と深いため息をつき、メガネを押し上げた。
「病気なんかじゃないよ。……まったく、君たちは人間(の女子)の体の仕組みについて、もう少し勉強したほうがいいんじゃないかい?」
「は? 体の仕組み?」
「そう。これは病気でも怪我でもなく、人間の女性の身体にとって、ごく自然で、毎月訪れる生理現象なのさ」
「せいり……?」
ラファエロがポカンと口を開ける。レオナルドとマイキーも「せいりってなに? おいしいの?」と言いたげな顔で首を傾げた。
ドナテロは呆れたように首を振ると、淡々と解説を始めた。
「簡単に言えば、子宮の内側が剥がれ落ちて体外に排出される定期的なイベントさ。その過程で、強い腹痛や頭痛、倦怠感や気分の落ち込みが起きる。個人差はあるけど、ゆきの場合は今、そのピークで身体がすごく辛い状態なんだよ」
ドナテロの説明を聞きながら、ラファエロたちの脳内で情報が処理されていく。
――要するに、毎月やってくる、ものすごく痛くてだるい女性特有の現象。
「ま、待て……! じゃあ、あいつがさっきからあんなに苦しそうにうずくまって、脂汗流してんのは、その……『毎月』起こることなのかよ!?」
「そうだよ。だから病気で死にかかってるわけじゃない。……まあ、痛み止めを飲ませて、今はとにかく安静にさせるしかないんだけどね」
ドナテロがそう言い終えた瞬間、ラファエロの顔色が変わった。
(こんなに痛みに耐えて、あいつ一人であんな苦しそうに……!)
「なんだよそれ……! あんなに痛そうにしてるのに、薬飲ませて寝かせる以外になんもできねぇってのかよっ!」
「仕方のないことだろ、ラフィ。そういうデリケートな時期なんだから、僕たちが過剰に騒ぐと逆に気を使わせちゃうよ」
「うるせぇ! じっとしてられるか!」
ラファエロはドナテロの制止も聞かず、大股でゆきの部屋へと向かった。
後ろからマイキーが「ラフィ、あんまり大声出しちゃダメだよ!」と慌てて追いかけ、レオナルドも「まったく、仕方のない兄貴だな……」と苦笑いしながら後に続く。
ガタッ、と勢いよく開いたドアの音に、ベッドでうずくまっていたゆきがびくっと肩を揺らした。
「らふ……?」
苦しそうにこちらを見上げるゆきの額には、冷や汗がにじんでいる。
ラファエロはドナテロから事情をすべて聞いたとはいえ、目の前で苦しむゆきを見ると、やっぱりいてもたってもいられなくなっていた。
彼は大きな体をふっと緩め、ゆきのベッドの脇にそっと膝をついた。
「……ドニーから聞いたぞ。なんか、すごく痛くてしんどいんだろ」
「うん……っ、ごめんね、なんか、動けなくて……」
「謝るなよバカヤロウ」
ラファエロはゴツゴツとした大きな手を伸ばし、ゆきの汗ばんだ額をそっと、信じられないほど優しい手つきで撫でた。
「病気じゃねぇって聞いて安心はしたけどよ……毎月こんな痛みに耐えてんのか、お前らは。……その、なんだ、痛かったら遠慮なく俺を呼べ。お前の布団でも温めてやるし、何か温かいものでも持ってきてやるからさ」
不器用ながらも一生懸命に気遣うラファエロの姿に、ゆきは痛むお腹を抱えながらも、ふっと小さく笑った。
「うん……ありがとう、ラフ。……すごく、温かいよ」
その笑顔を見て、ラファエロは少しだけホッとしたように息を吐き、ゆきの毛布をしっかりと掛け直した。
「よし、今日は俺が部屋の近くで見張っててやるから、安心していっぱい寝とけ」
――こうして、タートルズたちのドタバタとした、しかしどこまでも温かい看病の日が、静かに始まっていったのだった。
