亀と獣
地下の隠れ家での食卓は、いつも賑やかで活気に満ちていた。
タートルズたちの毎日の食事を支えているのは、料理が得意なマイキーだ。手際よくピザ生地をこね、特製のソースを塗り、チーズをこれでもかと乗せてオーブンで焼き上げる彼の腕前は、もはやプロの領域だった。
ただ、マイキーが作るご飯――というか、彼が作るメニューの九割以上は「ピザ」だった。
朝も昼も夜も、トッピングやソースを変えた様々なピザが食卓に並ぶ。タートルズたちにとっては大好物であり、特に不便を感じることは一切なかったが、人間の頃の食生活の名残があるゆきにとっては、少しだけ新鮮で、そして密かな悩みの種でもあった。
その日の夕食も、もちろん焼きたての特大ピザだった。
とろけたチーズの香ばしい匂いがリビングに広がり、レオナルドやドナテロ、そして「うまっ! 今日のサラミは一段とジューシーだぜ!」と豪快に頬張るラファエロの姿がある。
ゆきも自分の取り皿に載ったピザを見つめ、小さく息を吐いた。
(おいしそう……。うん、すごく美味しいんだよ、マイキーのピザは本当に!)
生地もチーズも完璧だ。しかし、ゆきのお皿のピザにのっているサラミは、他のタートルズたちの巨大なサイズに比べて、なぜか少し控えめだった。猫のミュータントになってからというもの、どういうわけか肉系のトッピングや脂の旨みが無性に恋しくなり、心の中の猫の本能が「もっとお肉を……! サラミをくれ……!」と密かに叫んでいた。
(でも……!)
ゆきはキッチンにも立っていないし、買い出しに行くわけでもない。毎日ご飯を作ってもらっている身なのだ。それなのに、「サラミがもっと欲しい」なんて我が儘なことを言うのは図々しすぎる。そんなの絶対言えない!
(我慢しなきゃ……。贅沢言っちゃダメだ……)
そう自分に言い聞かせ、ゆきはしょんぼりと俯いた。そして、お肉の少ない端っこの生地をフォークで小さく切り分け、どこか浮かない顔のまま、モグモグと咀嚼した。
――だが、その微細な変化を、マイキーは見逃さなかった。
マイキーは普段からみんなの食べっぷりをよく観察している。大好きな家族や仲間が自分の料理をどう食べているかには敏感なのだ。
(あれ……?)
マイキーはピザを食べる手を止め、じっとゆきの様子を観察した。
いつもなら「おいしいね、マイキー!」と笑顔を見せてくれるゆきが、今日はなんだか眉をハの字にして、めちゃくちゃ申し訳なさそうに、そしてどこか悲しげにピザを突っ突いている。
(もしかして……今の焼き加減がダメだった……? それとも、チーズのチョイスを間違えた!? ゆきちゃん、最近人間の頃の料理が恋しくなったりしてるのかな……?)
マイキーの脳裏に、最悪の想像が駆け巡る。
(まさか……俺のご飯、美味しくなかった……!?)
ショックでマイキーのテンションがガクッと垂れ下がる。彼は慌ててゆきの隣に移動し、心配そうに覗き込んだ。
「ねえ、ゆきちゃん……?」
「ひゃっ!? な、なに、マイキー?」
急に顔を近づけられたゆきが、びくっと肩を跳ね上げる。
「あのさ、その……すごく浮かない顔してるけど……。もしかして、今日のピザ、口に合わなかった……?」
「えっ!? そんなことないよ! 全然そんなことない!」
ゆきは慌てて手をブンブンと横に振った。
「ううん、でも、さっきからずっと小さく息吐いて、すっごく申し訳なさそうな顔で食べてたじゃん……。ねえ、本当のこと言ってよ。美味しくなかった? それとも、違うものが食べたかった? なんでも言ってよ、すぐ作るからさ!」
マイキーの瞳に本気で心配と焦りの色が浮かんでいるのを見て、ゆきは「あわわわ……!」とさらに焦った。マイキーを傷つけるつもりなんて毛頭なかったからだ。
「ち、違うの! 本当に美味しいの! マイキーのピザは世界一だよ!」
「じゃあ、なんでそんなにしょぼくれてたのさ? ほら、何か理由があるんだろ?」
問い詰められ、顔を真っ赤にするゆき。しかし、ここで「サラミがもっと食べたかったなんて言えない……!」というプライドが邪魔をする。
見かねたのか、向かいの席でピザを食べていたラファエロが、ガシッと腕を組みながら低い声で口を開いた。
「おい、ゆき。マイキーがここまで心配してんだ、隠さねぇで吐きちまえよ。何があったんだ?」
「うぅ……っ……だ、だって……」
ゆきは両手で顔を覆い、蚊の鳴くような声で白旗を上げた。
「……サラミが、もう少しだけ食べたかったの……っ!」
「……は?」
リビングの空気が、一瞬でフリーズした。
マイキーがぽかんと口を開け、レオナルドがピザを持ったまま固まり、ラファエロは「……は?」と低い声を漏らす。
「だ、だって私、料理も手伝ってないし、買い出しだって行ってないのに、『お肉が少ない』とか『もっとサラミ乗せて』なんて言うの、図々しすぎて絶対言えなくて……! でも、猫の身体だからか、最近すごくお肉が欲しくなっちゃって……勝手にしょんぼりしちゃって、マイキーを困らせるつもりなんて……ごめんなさいっ!」
勢いよく頭を下げるゆきを見て、数秒の沈黙の後――。
「ぷっ……あははははっ!! なんだそれ!!」
マイキーが盛大に吹き出し、お腹を抱えて大笑いし始めた。
レオナルドも「なんだ、そんなことか!」と肩を揺らして笑い、ラファエロは額に手を当てて「お前なァ……」と呆れたような、しかしどうしようもなく愛おしそうな顔をした。
「なんだよ、そんなことなら最初に言ってよ!」
マイキーは笑い涙を拭いながら、立ち上がると自分の皿からぶ厚いサラミがこれでもかと乗ったピースをひょいと持ち上げ、ゆきの皿にドカンと乗せた。
「マイキー……?」
「いーからいーから! 我慢しないで! うちのパパも『食いたいものは残さず食え』って言ってたし、何より僕の作ったご飯でそんな深刻に悩まれる方がショックだよ!」
マイキーはニカッと満面の笑みを浮かべ、さらに冷蔵庫の方を振り返った。
「よし、レオ! 冷蔵庫のストックからサラミの塊全部持ってきてくれ! 今夜はサラミマシマシのスペシャル肉盛りピザを追加で焼くぞーっ!」
「りょーかい、一丁やるか!」
「ほら、遠慮すんなって、ゆき」
ラファエロは自分のフォークで、ゆきの皿にさらに大きなサラミを一枚乗せてやった。少し照れくさそうに、でも優しい眼差しを向けながら。
「……っ! みんな……ありがとう!」
図々しいなんて悩んでいたのが嘘のように、温かい笑い声に包まれた食卓。
ゆきはマイキー特製のサラミを一口頬張ると、今度は心の底から「美味しい!」と満面の笑顔を咲かせたのだった。
タートルズたちの毎日の食事を支えているのは、料理が得意なマイキーだ。手際よくピザ生地をこね、特製のソースを塗り、チーズをこれでもかと乗せてオーブンで焼き上げる彼の腕前は、もはやプロの領域だった。
ただ、マイキーが作るご飯――というか、彼が作るメニューの九割以上は「ピザ」だった。
朝も昼も夜も、トッピングやソースを変えた様々なピザが食卓に並ぶ。タートルズたちにとっては大好物であり、特に不便を感じることは一切なかったが、人間の頃の食生活の名残があるゆきにとっては、少しだけ新鮮で、そして密かな悩みの種でもあった。
その日の夕食も、もちろん焼きたての特大ピザだった。
とろけたチーズの香ばしい匂いがリビングに広がり、レオナルドやドナテロ、そして「うまっ! 今日のサラミは一段とジューシーだぜ!」と豪快に頬張るラファエロの姿がある。
ゆきも自分の取り皿に載ったピザを見つめ、小さく息を吐いた。
(おいしそう……。うん、すごく美味しいんだよ、マイキーのピザは本当に!)
生地もチーズも完璧だ。しかし、ゆきのお皿のピザにのっているサラミは、他のタートルズたちの巨大なサイズに比べて、なぜか少し控えめだった。猫のミュータントになってからというもの、どういうわけか肉系のトッピングや脂の旨みが無性に恋しくなり、心の中の猫の本能が「もっとお肉を……! サラミをくれ……!」と密かに叫んでいた。
(でも……!)
ゆきはキッチンにも立っていないし、買い出しに行くわけでもない。毎日ご飯を作ってもらっている身なのだ。それなのに、「サラミがもっと欲しい」なんて我が儘なことを言うのは図々しすぎる。そんなの絶対言えない!
(我慢しなきゃ……。贅沢言っちゃダメだ……)
そう自分に言い聞かせ、ゆきはしょんぼりと俯いた。そして、お肉の少ない端っこの生地をフォークで小さく切り分け、どこか浮かない顔のまま、モグモグと咀嚼した。
――だが、その微細な変化を、マイキーは見逃さなかった。
マイキーは普段からみんなの食べっぷりをよく観察している。大好きな家族や仲間が自分の料理をどう食べているかには敏感なのだ。
(あれ……?)
マイキーはピザを食べる手を止め、じっとゆきの様子を観察した。
いつもなら「おいしいね、マイキー!」と笑顔を見せてくれるゆきが、今日はなんだか眉をハの字にして、めちゃくちゃ申し訳なさそうに、そしてどこか悲しげにピザを突っ突いている。
(もしかして……今の焼き加減がダメだった……? それとも、チーズのチョイスを間違えた!? ゆきちゃん、最近人間の頃の料理が恋しくなったりしてるのかな……?)
マイキーの脳裏に、最悪の想像が駆け巡る。
(まさか……俺のご飯、美味しくなかった……!?)
ショックでマイキーのテンションがガクッと垂れ下がる。彼は慌ててゆきの隣に移動し、心配そうに覗き込んだ。
「ねえ、ゆきちゃん……?」
「ひゃっ!? な、なに、マイキー?」
急に顔を近づけられたゆきが、びくっと肩を跳ね上げる。
「あのさ、その……すごく浮かない顔してるけど……。もしかして、今日のピザ、口に合わなかった……?」
「えっ!? そんなことないよ! 全然そんなことない!」
ゆきは慌てて手をブンブンと横に振った。
「ううん、でも、さっきからずっと小さく息吐いて、すっごく申し訳なさそうな顔で食べてたじゃん……。ねえ、本当のこと言ってよ。美味しくなかった? それとも、違うものが食べたかった? なんでも言ってよ、すぐ作るからさ!」
マイキーの瞳に本気で心配と焦りの色が浮かんでいるのを見て、ゆきは「あわわわ……!」とさらに焦った。マイキーを傷つけるつもりなんて毛頭なかったからだ。
「ち、違うの! 本当に美味しいの! マイキーのピザは世界一だよ!」
「じゃあ、なんでそんなにしょぼくれてたのさ? ほら、何か理由があるんだろ?」
問い詰められ、顔を真っ赤にするゆき。しかし、ここで「サラミがもっと食べたかったなんて言えない……!」というプライドが邪魔をする。
見かねたのか、向かいの席でピザを食べていたラファエロが、ガシッと腕を組みながら低い声で口を開いた。
「おい、ゆき。マイキーがここまで心配してんだ、隠さねぇで吐きちまえよ。何があったんだ?」
「うぅ……っ……だ、だって……」
ゆきは両手で顔を覆い、蚊の鳴くような声で白旗を上げた。
「……サラミが、もう少しだけ食べたかったの……っ!」
「……は?」
リビングの空気が、一瞬でフリーズした。
マイキーがぽかんと口を開け、レオナルドがピザを持ったまま固まり、ラファエロは「……は?」と低い声を漏らす。
「だ、だって私、料理も手伝ってないし、買い出しだって行ってないのに、『お肉が少ない』とか『もっとサラミ乗せて』なんて言うの、図々しすぎて絶対言えなくて……! でも、猫の身体だからか、最近すごくお肉が欲しくなっちゃって……勝手にしょんぼりしちゃって、マイキーを困らせるつもりなんて……ごめんなさいっ!」
勢いよく頭を下げるゆきを見て、数秒の沈黙の後――。
「ぷっ……あははははっ!! なんだそれ!!」
マイキーが盛大に吹き出し、お腹を抱えて大笑いし始めた。
レオナルドも「なんだ、そんなことか!」と肩を揺らして笑い、ラファエロは額に手を当てて「お前なァ……」と呆れたような、しかしどうしようもなく愛おしそうな顔をした。
「なんだよ、そんなことなら最初に言ってよ!」
マイキーは笑い涙を拭いながら、立ち上がると自分の皿からぶ厚いサラミがこれでもかと乗ったピースをひょいと持ち上げ、ゆきの皿にドカンと乗せた。
「マイキー……?」
「いーからいーから! 我慢しないで! うちのパパも『食いたいものは残さず食え』って言ってたし、何より僕の作ったご飯でそんな深刻に悩まれる方がショックだよ!」
マイキーはニカッと満面の笑みを浮かべ、さらに冷蔵庫の方を振り返った。
「よし、レオ! 冷蔵庫のストックからサラミの塊全部持ってきてくれ! 今夜はサラミマシマシのスペシャル肉盛りピザを追加で焼くぞーっ!」
「りょーかい、一丁やるか!」
「ほら、遠慮すんなって、ゆき」
ラファエロは自分のフォークで、ゆきの皿にさらに大きなサラミを一枚乗せてやった。少し照れくさそうに、でも優しい眼差しを向けながら。
「……っ! みんな……ありがとう!」
図々しいなんて悩んでいたのが嘘のように、温かい笑い声に包まれた食卓。
ゆきはマイキー特製のサラミを一口頬張ると、今度は心の底から「美味しい!」と満面の笑顔を咲かせたのだった。
