亀と獣

地下の隠れ家のリビング。
いつもならスケートボードやゲームの音が響く空間に、いつになく真剣で、しかしどこか圧の強い声が響き渡っていた。

「おい、そこ座れ! 席につけーい!!」

机の前にドンと陣取り、黒板(の代わりのホワイトボード)をビシバシと叩いているのは、頭にバンダナを巻き、眼鏡をキリッと持ち上げたドナテロだった。その傍らには「特製・スパルタ算数ドリル」と書かれた分厚い冊子が山積みにされている。

「ええーっ、マジでやるの? オレ、算数よりピザのカットの比率のほうが大事だと思うんだけど!」
マイキーが両手を上げて盛大に嫌がり、隣でレオナルドも「ドニー、俺たちニンジャだよ? 分数より手裏剣の投擲角のほうが実用的じゃん」と苦笑いしながら椅子に腰掛けた。

「実用的以前の問題だよ! 前回の作戦計画書、君たちが書いた計算があまりにもアホすぎて敵の罠に引っかかりかけたんだからね! ……で、ラフィ、君も寝るな!」

机に突っ伏して腕組みをしていたラファエロが、ビクッと肩を揺らして顔を上げた。
「うるせぇな、文字を見ただけで頭が痛くなるんだよ……。算数なんて、敵をぶん殴る時には何の役にも立たねぇだろ」

「役に立たせるために今から特訓するの! 兄弟だけど君たちみんなアホ過ぎる! 今日は君たちがその辺の小学生くらい賢くなれるように授業するから!!」

ドナテロの怒りの一喝に、タートルズの兄貴たち(と一応リーダー)はタジタジになりながらも、逃げ場を失って渋々ペンを握らされた。

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その様子を、リビングの少し離れたソファの上から、ゆきは猫の尻尾をパタパタと揺らしながら眺めていた。

「ふふっ……なんだか、すごく懐かしい光景だなあ……」

人間の頃、学校で当たり前のように受けていた授業。
まさかミュータントになってから、地下下水道の隠れ家で、巨大な亀の忍者たちと一緒に「小学生レベルの算数」の補習を見学することになるなんて思ってもみなかった。けれど、そのシュールで賑やかな雰囲気が、妙に温かくて胸をくすぐる。

「じゃあ、最初の問題! レオ、これに答えなさい。『リンゴが3個ありました。2個食べました。残りはいくつでしょう?』」

ドナテロがホワイトボードにチョークを走らせる。
レオナルドは腕を組み、真剣な顔つきで唸り声をあげた。

「ええと……食べたってことは、誰が食べたんだ? 俺か? それともマイキーか? もしマイキーなら、そもそも3個じゃ足りないから……」
「物語の考察じゃなくて引き算をして!! 残りいくつなの!?」
「えっ、ええと……1個!?」
「正解だけど、なんでそんなに自信なげなんだい……!」

隣でマイキーが「オレ、リンゴよりピザがいい!」とヤジを飛ばし、ドナテロのこめかみに青筋が浮かぶ。

「次! ラフィ、行くよ。『時速60キロの電車が――』」
「無理!! 電車とか知らねぇ!!」
「まだ問題の途中だよ!! 聞きなさい!!」

頭を抱えて机に突っ伏すラファエロと、それを「まったく……」と呆れつつも必死に教え込もうとするドナテロの姿に、ゆきは思わずクスッと声を漏らして笑った。

(みんな、本当に仲がいいなあ……)

勉強は苦手でも、いざとなれば命を張って街を守るヒーローたち。だけど、こうやってワイワイと日常のことで頭を悩ませている姿は、まるで本当の人間の子どもたちのようだった。

「ほら、ゆきちゃんも笑ってないで、あとで難問テストに付き合ってもらうからね!」
「えっ、私まで!?」

ドナテロの鋭い指さしに、ゆきは「ひゃっ」と小さく肩をすくめた。
それを聞いたラファエロが、チラッとこちらを振り返り、ぐったりとした顔のままニヤリと笑う。

「おい、ゆき。俺ばっか怒られてねぇで、お前もこっち側に来いよ。一緒にアホになろうぜ」
「やだ、私は見学席だから!」

賑やかで、優しくて、どこか騒がしい地下の教室。
冷え切っていたゆきの世界は、いつの間にかこんなにも温かい笑顔と、愛おしい日常で満たされていた。
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