亀と獣

ある日の午後、タートルズの隠れ家。
昨夜から風邪をこじらせてしまったゆきは、今朝起きるとすっかり喉をやられてしまい、声を出すと「かさ……す……」と空気の漏れるような音しか出なくなっていた。

「あぅ……(みんな、おはよう……)」

リビングのソファに毛布をかぶって縮こまっているゆきを見つけ、一番に気づいたのはラファエロだった。

「おい、ゆき! まだ喉が痛いのか? お湯持ってきたぞ、それともハチミツなめるか!?」
相変わらずの全開すぎる過保護っぷりで甲斐甲斐しく世話を焼くラファエロに、ゆきは申し訳なさそうに首を横に振る。

「声が出ないの……ごめんね、心配かけて……」と、口パクで懸命に伝えようとするゆき。
しかし、普段から声のトーンを気にする余裕もなく、焦って早口になってしまっているため、ラファエロは眉をハの字にして頭を抱えてしまった。

「くそっ、何て言ってるのか全然分かんねぇ……! ドナテロォオオオッ!! ゆきがなんか喋ってるけど聞き取れねぇから早く来てくれ!!」

ラファエロのいつもの大声の叫び声を聞きつけて、ラボからタブレットを片手にドナテロがのっそりとやってきた。

「もう、ラフィ。そんな大声出さなくても聞こえてるよ。……で、ゆきちゃんがどうかしたの?」

ドナテロは呆れ顔でため息をつきつつ、ゆきの前に歩み寄った。
ゆきは「あのね、声が出ないの。みんなに迷惑かけちゃうから、筆談用のボードを探そうと思って……」と、再び必死の口パクで訴えかける。

ラファエロが「おい、やっぱり口パクじゃさっぱり分からんぞ……?」と首を傾げる横で、ドナテロはタブレットを脇に挟み、フッと余裕の笑みを浮かべた。

「ん? なんだ、そんなことかい?」
「え……?」
「そんなの、僕にとっては朝飯前さ。――『声が出ないの、みんなに迷惑かけちゃうから、筆談用のボードを探そうと思って……』って言ったんだろ?」

ドナテロがサラリと言いのけた瞬間、ゆきは目を見開いてびくりと固まった。

「なっ……!? どうして分かったの……!?」
「驚いたな、お前、一言も声出てなかったぞ!?」ラファエロも目を剥いてドナテロを凝視する。

ドナテロは得意げにメガネを押し上げた。
「ふっふっふ、甘いね二人とも。僕たちニンジャは、戦闘中のアイコンタクトや暗号通信だけじゃなく、遠くからの読唇術だって基本のスキルなのさ。しかもゆきちゃんの場合、口の動きがすごく素直ですっごく読みやすいんだよね」

「す、すごすぎる……!」
ゆきが尊敬の眼差しを向けると、ドナテロは「ま、任せといてよ。今の君と意思疎通を図るなんて、僕にかかれば楽勝だよ」と頼もしく親指を立てて見せた。

「なんだと……? じゃあ、こいつが何考えてるか俺にも分かるか?」
面白くなさそうに腕を組んだラファエロが、ゆきの顔を覗き込む。

ゆきはちょっと意地悪な笑みを浮かべ、ドナテロに聞こえないように、しかしラファエロにだけはっきりと読めるように、ゆっくりと口を動かした。

――『ラフは、心配性のお母さんみたい』

「……っ!! おい、誰がお母さんだ誰がぁっ!!」

図星を突かれたラファエロが真っ赤になって抗議の声を上げ、それを見てマイキーが「あはは、ラフィ母さんだー!」と茶化し、レオナルドが笑いながら加勢する。
声が出なくても、ドナテロの完璧な読唇術と相変わらず賑やかな家族のおかげで、ゆきの心は温かい笑い声で満たされていくのだった。
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