亀と獣

前回の「ネズミ事件」から数日後。
ゆきは「猫としてのワイルドさ」をこれ以上発揮しまいと心に誓いつつ、いつも通りタートルズたちと地下の隠れ家で過ごしていた。

しかし、人間の頃とは違う体温調節や、夜間のパトロールでの冷えがたたったのか、この日のゆきの身体は朝から芯が重く、喉が焼けるように痛んでいた。

(うっ……頭も痛い……。でも、こないだみたいに熱を出して寝込んだら、またラフにあんなに大騒ぎされちゃう……)

あの時、ラファエロが過剰なまでに心配し、専属看護と称して一歩も引いてくれなかった姿を思い出す。みんなに迷惑や心配をかけたくないという思いから、ゆきは「絶対に熱があることを隠し通そう」と固く決意した。

朝食の席でも、ゆきはわざといつも通りに振る舞った。

「おはよ、ゆき。今日のトースト、マイキーがちょっと焼きすぎたけど食べるか?」
「うん、おはようラフ! 全然平気、美味しそう!」

普段より少し掠れた声を必死に隠し、無理に明るく笑ってみせる。だが、その顔はどこか青白く、額にはうっすらと冷や汗が滲んでいた。
しかし、大雑把で真っ直ぐなラファエロやマイキー、そしていつもと少し雰囲気が違うことに気づきかけていたレオナルドは、「今日も元気だな」とそのままスルーしてしまった。

(ふぅ……よかった、バレなかった……)

胸を撫で下ろしたゆきは、パトロールの準備や片付けをやり過ごすため、そっとラボの横を通り抜けようとした。

「――ねえ、ゆきちゃん」

ガチャリ、とドアが開く音がして、ラボから出てきたドナテロがメガネのブリッジを押し上げながら声をかけてきた。

「……っ! な、なに、ドナ?」
「それ、隠してるつもり?」

ドナテロは冷徹なまでの冷静さと、医者さながらの鋭い眼光で、ゆきの全身をジロリと観察した。

「え、なにが……? 私、いたって元気だよ?」
「体温38.5度。呼吸数やや浅め。脈拍も早い。おまけに、首元から微かに聞こえる喉のゼロゼロした音と、猫耳が完全にぺちゃんこに倒れてるよ」

「っ……!」

あまりの論理的かつ一瞬の分析に、ゆきは言葉を失った。隠すも何も、科学者のドナテロの前では丸裸同然だった。

「キミ、一昨日の夜のパトロールのとき、薄着のままで水たまりに足突っ込んでただろ。あの時点で微熱フラグが立ってたのはこっちのセンサーでキャッチしてたんだけど……案の定ぶり返したね」
「うっ……ごめん、みんなに心配かけたくなくて……ラフに見つかったらまた大騒ぎになっちゃうから……」

ゆきがシュンとうなだれて小さくなると、ドナテロはやれやれと小さく息をつき、優しく微笑んだ。

「気持ちは分かるけどさ。隠したところで、あのラフィが相手じゃ時間の問題だよ。特に今のキミは、隠し事が絶望的に下手だからね」
「う……」

「ほら、これ飲んで。ラフィに気付かれる前に、今のうちに解熱剤と栄養剤を打っちゃおう。僕が口裏を合わせてあげるからさ」

ドナテロが差し出してくれた苦い薬を飲み干しながら、ゆきは「やっぱりお見通しだったか……」と、自分の隠密スキルの低さに肩を落とすのだった。
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