亀と獣

長い時間が経ち、ゆきの激しい過呼吸や震えがようやくおさまり、疲労困憊してラファエロの腕の中でウトウトと眠りに落ちた頃。

リビングには、重く冷たい沈黙が立ち込めていた。
テーブルの端には、ドナテロが差し出した温かいお茶が湯気を立てているが、誰もそれに手をつけようとはしない。

マイキーは膝を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「……ゆきちゃん、あんなに苦しそうにして……。ぼくたち、何もできなかった……」
レオナルドは自分の刀の柄をぎゅっと握りしめ、悔しそうに歯噛みした。
「人間の世界ってやつは……あんな小さな子にあんな酷いことをして、平気な顔をしてるのかよ」

ドナテロもパソコンの画面から目を背け、重々しく眼鏡を押し上げた。
「PTSD……心的外傷後ストレス障害だね。身体がミュータントに変わって、環境が変わっても、心に刻まれた傷はそう簡単に消えない。……僕たちがもっと早く出会えていれば」

仲間たちの悔恨の声を聞きながら、ラファエロは一言も発しなかった。
彼は自分の大きな腕をじっと見つめていた。
ついさっきまで、そこで怯え、呼吸困難になっていたゆきを抱きしめていた腕だ。どんな敵が相手でも、力任せにねじ伏せて仲間を守ってきた自慢の巨体とパワー。

なのに、あの瞬間のゆきを救うことはできなかった。
外から迫る敵ならぶん殴って追い払えるが、ゆきを苦しめていたのは、彼女の過去に刻まれた「見えない悪意」だった。

(くそっ……!)

ラファエロはテーブルの上に拳を叩きつけたい衝動を必死に抑え込み、自分の膝の上で強く拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、鈍い痛みが走る。

もしも――。
もしも時間に逆らうことができるなら。
いや、そんな不可能な願いを抱いてしまうほど、彼女の流した涙と震えが胸から離れなかった。

(過去に戻れたら……)

脳裏に、あのいじめグループの顔を思い浮かべるだけで、腸が煮え返るような殺意がわき上がる。
もっと早く、あいつらがゆきに近づく前に、その街に現れていれば。あんな傷が首につく前に、あの冷酷な手から彼女を引っぺがして、ボコボコにしてやれたのに。

もしあの日の過去に戻ることができたなら、あの冷たい縄を自分の手で引きちぎり、震える彼女をこの腕で真っ先に抱きしめてやれたはずだ。
「もう大丈夫だ、俺が守るから泣くな」って、あのときの彼女に言ってやれたはずなのに。

「……ラフ」

レオナルドが、心配そうにラファエロを見据えた。
その瞳に宿る痛切な感情を読み取り、ラファエロはゆっくりと顔を上げた。顔には、普段の威勢の良さは微塵もなく、代わりに深い、痛いほどの後悔と、それを上回る強い決意の色が浮かんでいた。

ラファエロは立ち上がり、ゆきが眠る部屋の方へと視線を向けた。
そして、かすれた、しかし誰よりも力強い声で呟く。

「……過去には戻れねぇよ。あの日あいつが受けた傷も、消してやることはできねぇ」

だが、とラファエロは自分の胸に手を当てた。

「だからこそ、これからは俺たちが絶対に、あんな思いを二度とさせねぇ。……あいつの過去は変えられねぇけど、未来は、俺たちが全部守り抜いてやるんだよ」

その言葉に、レオナルド、ドナテロ、マイキーの顔にわずかに光が戻り、全員が力強く頷いた。

窓の外では、変わらず冷たい夜の雨が地下水路のコンクリートを叩いていたが、隠れ家の中には、二度と彼女を一人にしないという、四人の兄弟の揺るぎない絆の温もりがしっかりと満ちていた。
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