亀と獣

夜のとばりが降りたニューヨークの街は、昼間の喧騒を隠し、静寂と闇に包まれていた。

マンホールの下、ジメジメとしたコンクリートの通路を、四つの影が音もなく駆け抜ける。
ラファエロ、レオナルド、ドナテロ、そしてミケランジェロだ。

「よし、今夜のパトロールはこれで異常な――」
レオナルドが軽口を叩きながら辺りをくるりと見渡したその時、どこからか、湿った空気に乗ってか細い鼻をすする音が聞こえてきた。

「……っく、……ひっく……」

「……待て」
先頭を走っていたラファエロが、巨大な拳を掲げてピタリと足を止める。

「どうしたの、ラフィ? お腹でも鳴った?」
マイキーがヌンチャクを揺らしながら首を傾げるが、ラファエロはそれを制するように鋭い視線を暗がりの曲がり角に向けた。

「しっ……聞こえねぇのか? 泣き声だ」

耳を澄ますと、薄暗い壁の隅、古い配管の陰から震えるような小さな鳴き声が確かに響いていた。四人は顔を見合わせ、気配を殺しながらそっと近づく。

そこにいたのは――一人の人間の「少女」だった。
いや、正確には、人間だったもの、だ。制服のブレザーとスカートを着ており、足元には散らばった参考書や、ペンが何本も転がっている。しかし、頭の上にはふさふさとした黒い猫の耳が生え、お尻からは長い尻尾が不安そうに左右に揺れていた。手足の爪は鋭く変化し、全身が柔らかい毛皮に覆われている。

塾帰りのカバンをぎゅっと抱きしめ、自分の姿変わってしまった恐怖と絶望に耐えかねて、彼女は小さく丸まって泣いていた。

「……おい」

ラファエロが低い、しかし驚くほど優しい声を発しながら、一歩一歩、警戒させないようにゆっくりと近づいた。

「ひっ……! こ、こないで……っ!」

その少女は、怯えた猫のようにシャーッと威嚇しようとしたが、恐怖で足がすくみ、再び小さく震えた。緑色の巨大な亀の怪物が目の前にいるのだから無理もない。

「大丈夫だ、怖がらねぇでいい。俺たちは敵じゃねぇよ」

ラファエロは大きな甲羅を背負った巨体をかがめ、彼女と同じ目線にしゃがみ込んだ。その厳つい見た目とは裏腹に、瞳の色には深い同情と優しさが宿っている。

「……化け物、……わたし、化け物に……なっちゃった……」
ゆきは自分の毛皮に覆われた手を見つめ、大粒の涙をこぼした。

「化け物なんかじゃねぇよ。お前、さっきまで人間だったんだろ? 塾帰りか?」
「うん……変な紫色の液体をかけられて、気づいたら……こんな姿に……どうしよう、お母さんに合わせる顔がない……帰れないよぉ……」

ボロボロと涙を流すゆきを見て、ラファエロの中で何かがぐっと熱くなった。家族や仲間を何よりも大切にする彼にとって、一人ぼっちで怯える子供を放っておくことなど絶対にできなかった。

「……よし。決まりだな」
ラファエロは立ち上がり、自分の背中をゆきに向けた。

「ラフィ、まさか……?」レオナルドが目を見張る。
「当たり前だろ! このままここに放っとけるわけねぇだろ。俺たちの隠れ家に連れて行くぞ」

「えっ、でも、人間の女の子をアジトに……?」ドナテロがメガネの位置を直しながら戸惑うが、マイキーがすでにニコニコと笑顔で頷いている。
「賛成! お姉ちゃん、お菓子あるよ! ドラヤキもある!」

「ほら、乗れよ」
ラファエロは振り返り、優しく促した。

「で、でも、重いし……悪いよ……」
「気にするな。俺の甲羅は頑丈だし、お前なんて羽みたいなもんだ。さ、捕まれ」

ゆきは震える手で、ラファエロの太く頑丈な首にしがみついた。
ラファエロはひょいと彼女を軽々と背負い上げ、「しっかり捕まってろよ!」と声をかける。

夜の地下水路に、タートルズたちの頼もしい足音が響く。
背中に温かい命の重みを感じながら、ラファエロは仲間の先頭に立ち、暗闇の先にある自分たちの「家」へと走り出した。恐怖に震えていたゆきの心にも、ラファエロの背中の温もりを通じて、ほんの少しだけ安心の光が灯り始めていた。
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