うさぎのモンスターと骨兄弟

スノーフルの片隅、いつもならサンズのダジャレを思い出してピコピコと楽しそうに揺れるゆきの大きな耳が、今日はずっとへにゃりと力なく垂れ下がっていた。

5歳になったゆきは、最近、大きな悩みを抱えていた。
この前、お家の壁の向こうから、お父さんとお母さんのひそひそ話す声が聞こえてしまったのだ。人一倍耳の良いゆきには、聞きたくもない言葉までハッキリと届いてしまった。

『ゆきはもう5歳なのに、まだ自分の名前すらまともに書けないなんて……』
『やっぱり、他のモンスターの子たちより知恵遅れなのかしら……。心配だわ……』

ちえおくれ。
難しい言葉だったけれど、「普通の子よりダメな子」という意味なのだということくらいは、ゆきにも分かった。両親が自分を心配して、悲しそうな顔をしているのが何より辛かった。

ゆきはスノーフルのベンチに腰掛け、雪の積もった地面を小さな木の枝でつついていた。
「ゆ」「き」。
頭の中では分かっているのに、いざ文字を書こうとすると、どうしても手が上手く動かなくて、ぐにゃぐにゃの線の塊になってしまう。

「……うう、やっぱり私は、ダメな子なのかなぁ……」

ポタポタと、大粒の涙が白い雪の上に落ちていく。

「よお、ゆき。お前さん、そんなところで雪にパズルでも仕込んでるのか? パピルスが見たら泣いて喜びそうな難解な図形だな」

聞き馴染みのある、低くて少し掠れた声。
振り返ると、青いパーカーのフードを被ったサンズが、ポケットに両手を突っ込んだまま立っていた。いつもの永久不変の笑みを浮かべている。

「サ、サンズ……」

ゆきは慌てて袖で涙を拭ったけれど、垂れ下がった耳と真っ赤な目は隠せなかった。

「ん? なんだよ、お前さん。自慢の耳が、寒さで冷凍うさぎの耳になっちまってるぞ。どうした、またパピルスのスパゲッティが夢に出てきたか?」

サンズはいつもの調子でウインクしてみせたが、ゆきが「う、うう……」と言ったきり、ボロポロと本格的に泣き出してしまったのを見て、少しだけ眉の骨をひそめた。よっこらしょ、と声を漏らしながら、ゆきの隣に腰掛ける。

「……何があったか、オイラに言ってみなよ。お前さんのダジャレの師匠が、相談に乗ってやるからさ」

ゆきはしゃくり上げながら、小さな声を絞り出した。

「あのね、私……5歳なのに、まだ字が書けないの。お父さんとお母さんがね、私のこと『知恵遅れなんじゃないか』って……心配してたの。私、耳はいいのに、字はぜんぜん書けなくて……ダメなモンスターなのかなぁって……」

小さな手をぎゅっと握りしめて、泣きじゃくるゆき。

サンズはしばらく黙って、ゆきが地面に描き殴ったぐにゃぐにゃの線を見つめていた。いつもならすぐにくだらないジョークを飛ばす男が、少しだけ真面目な、でも驚くほど落ち着いたトーンで口を開いた。

「なんだよ、そんなことかよ」

「……え?」

「お前さんの両親も、心配性が行き過ぎて頭のネジが『骨(ほね)』折損しちまってんじゃねえの? たった5歳で字が書けないくらいで、知恵遅れもへったくれもあるかってんだ」

サンズはポケットから骨の手を出すと、ゆきの頭をぽんぽんと軽く叩いた。その手つきは、いつも通りぶっきらぼうだけど、すごく優しい。

「いいか、ゆき。モンスターの成長なんてのは、みんなバラバラなんだよ。うちのパピルスだってさ、今でこそロイヤル・ガードを目指してまともな字を書いてるけど、子供の頃なんて文字の代わりにスパゲッティの絵ばっかり描いてやがったぜ」

「パピルスが……?」

「ああ。それにさ、お前さんには、他の誰にも負けない『すごい耳』があるだろ? オイラの遠くの足音も聞き分けるし、オイラのくだらないダジャレをいの一番に聴いて、世界で一番上手に笑ってくれる」

サンズはニヤリと、いつもの少し意地悪で、でも温かい笑みを浮かべた。

「文字なんてのはさ、大人になれば嫌でも書けるようになる。今はそのいい耳で、たくさんの面白い音を聴いて、たくさん笑ってりゃそれで十分なんだよ。自分の大ファンがそんなことで泣いてたら、オイラのダジャレのキレまで悪くなっちまうわ」

サンズの言葉を聞いているうちに、ゆきの胸の奥のモヤモヤが、ふっと消えていくような気がした。

「本当に……? 私は、ダメな子じゃない?」

「当たり前だろ。お前さんがダメな子なら、この町で一日中サボって寝てるオイラはどうなるんだよ。ただの『粗大ゴミ』だろ」

「あはは! サンズは粗大ゴミじゃないよ!」

ようやくゆきに笑顔が戻ったのを見て、サンズは満足そうに鼻を鳴らした(骨だけどな)。

「ほら、元気が出たなら、その木の枝を貸しな」

サンズはゆきから小さな木の枝を受け取ると、雪の上にサラサラと文字を描いた。
荒削りだけど、ハッキリと読める「ゆき」の文字。

「こうやって、一本ずつ線を引けばいいのさ。気が向いたときに、オイラと一緒にちょっとずつ練習すりゃいい。お前さんの両親にはさ、オイラから『ゆきは文字を書くよりも、オイラのダジャレを聴く勉強で忙しいんです』って、ちゃんと言っといてやるからさ」

「うん! サンズ、ありがとう!」

ゆきは垂れ下がっていた耳をピンと立てて、嬉しそうにパタパタと揺らした。

「へへ、どういたしまして。……じゃあ、元気になったお祝いに、オイラの最新のダジャレをひとつ。……文字の練習は、焦らず『じ(字)』**っくりやるのが、上達の**『コツ(骨)』だぜ?」

「あはは! やっぱりサンズのダジャレは最高!」

スノーフルの静かな広場に、いつもの賑やかな笑い声が響く。
字が書けなくたって、自分にはサンズがいる。ゆきはサンズの青いパーカーの袖をぎゅっと握りしめながら、もう二度と泣かないぞと、心の中で決めるのだった。
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