うさぎのモンスターと骨兄弟

スノーフルの境界近く、町の連中も滅多に近づかない深い崖の下。
ゆきは冷たい雪の上に倒れ伏していた。ウォーターフェルのきらきらした結晶に気を取られて足元がおろそかになったのか、それともただの不運か。気がついたときには、崖の上からここまで一気に転がり落ちていた。
「う……、つ、つよ……っ」
いつもならこれくらいの怪我、痛みに鈍感なゆきは「ちょっとチクチクする」で済ませてしまうはずだった。けれど、今回は違った。右足の骨が、あり得ない方向にぐにゃりと曲がっている。
肉体の限界を超えた破壊は、さすがのゆきの鈍い神経にも、焼け付くような激痛となって押し寄せていた。
冷や汗が止まらない。あまりの痛さに自慢の大きな耳が恐怖で小さく震える。
「だれか……! たすけて……! サンズ……! パピルス……!!」
ゆきは残った力を振り絞り、崖の上に向かって必死に声を張り上げた。人一倍耳の良いゆきなら、自分の声がどれだけ遠くまで届くか、感覚で分かるはずだった。
けれど。
「たすけ……て……っ」
ゆきの口から放たれた悲痛な叫びは、周囲を深く覆うふかふかの新雪に、文字通り「吸い込まれる」ようにして消えていった。
雪には音を吸収する性質がある。特にスノーフルのような降り積もったばかりの厚い雪は、どんなに大きな声を出しても、まるで目の前に分厚い毛布を突き付けられたかのように、音をすべて掻き消してしまうのだ。
自分の声が、すぐ数十センチ先で霧のように消えていく。
その恐ろしい現実に、ゆきは本当の絶望を感じ始めていた。
どれだけ叫んでも、誰の耳にも届かない。足は動かない。このままここで、誰にも気づかれずに冷たくなって、塵に戻ってしまうのだろうか。
「ひっ、く……う、うう……」
痛みに鈍感だったはずのうさぎの目から、ついに大粒の涙がボロボロと溢れ、白い雪を濡らしていった。自慢の大きな耳をぎゅっと閉じて、これ以上自分の声が消える絶望を聞きたくないと、雪の中に顔を埋める。
その時だった。
ザザッ……。
雪を乱暴に踏み荒らす、場違いなほどハッキリとした足音が、すぐ近くで響いた。
「……おいおい。探したぜ、お前さん」
聞き覚えのある、低くて、少し掠れた声。
ゆきが弾かれたように顔を上げると、そこには青いパーカーのフードを被り、息を少し切らせたサンズが立っていた。いつもの永久不変の笑みを浮かべてはいるが、その額にはうっすらと焦りのような汗がにじんでいる。
「サ……サンズ……? なんで……? 私の声、届かなかったのに……」
ゆきが涙目で呆然と呟くと、サンズはよっこらしょと声を漏らしながら、ゆきの前に膝をついた。
「声? ああ、届いてねえよ。この雪じゃ、お前さんがいくら叫んだって町の入り口にすら響きやしねえ」
サンズはそう言いながら、ゆきの曲がった足に視線を落とした。いつもなら「骨折か? オイラとお揃いだな」なんて不謹慎なダジャレが出るところだが、一瞬だけ目の光(まなこ)を消し、それからすぐにいつもの呆れたような目元に戻した。
「じゃあ、なんで……」
「お前さん、自分の声を届かせることばっかり考えてたみたいだけどさ」
サンズはポケットから骨の手を出すと、ゆきの涙で濡れた頬を大雑把に、けれど優しく親指で拭った。
「オイラを誰だと思ってんだよ。お前さんのダジャレの師匠だぜ? ……お前さんがいつも、オイラの後ろをピョンピョン跳ね回る『音』が急に消えたんだ。いくらぐうたらなオイラでも、自分の大ファンの足音が聞こえなくなれば、嫌でも気づくって話さ」
ゆきは耳が良い。けれどサンズもまた、この小さなファンが立てる音を、誰よりも静かに、ずっと聞き続けていたのだ。
「……痛そうじゃん。全く、気をつけろよ、お前さんはもう……」
サンズはため息をひとつ吐くと、ゆきの小さな身体を刺激しないように、細心の注意を払ってひょいと抱き上げた。その骨の手の冷たさが、今のゆきには何よりも安心できる温かさに感じられた。
「ほら、お留守番のパピルスが心配して、首を長くして(骨だけどな)待ってる。今すぐ家に帰って、アイツの特製ギプスでもつけてもらいなよ」
「うん……。サンズ、ありがとう……」
ゆきはサンズの青いパーカーに顔を埋め、今度は安心の涙を流した。
「へへ、どういたしまして。……でも、帰ったら今日の分の『お駄賃』として、オイラの新作ダジャレをたっぷり聞いてもらうからな。覚悟しとけよ?」
サンズはゆきをしっかりと腕の中に抱き直すと、ショートカットの気配をまとわせながら、静まり返った崖の底から一瞬で姿を消すのだった。
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