うさぎのモンスターと骨兄弟
ドタバタドタバタ、シュババババ!
いつものポポポンとした軽快なジャンプではない。まるで命の危機から逃げ惑う野生動物のような、凄まじい緊迫感をはらんだ猛ダッシュがスノーフルを揺るがしていた。
巻き上がる雪煙の向こうで、ゆきは一心不乱に走り回っていた。白く煙る町の中を、目にも留まらぬ速さで行ったり来たりしている。
「おいおいおい……。なんだあいつ、新種のパズルにでも挑戦してんのか?」
いつも通りポケットに手を突っ込んで通りかかったサンズは、その場に立ち尽くした。ゆきは真っ赤な顔をして、ハァハァと激しい息を荒げながら、時折立ち止まっては後ろ足で地面を「ドン! ドン!」と激しく踏み鳴らしている。
その尋常じゃない様子に、サンズの脳裏にふと、以前パピルスが読んでいた『地下世界の動物・モンスター生態図鑑』の1ページがよぎった。
(……待てよ。うさぎ族のモンスターがあんな風に狂ったように走り回って、地面を叩くのって……まさか、そういう『時期』なのか? ついに大人の階段を上る『発情期』ってやつがきちまったのか!?)
前回の「赤ちゃん大誤解事件」が頭をよぎり、サンズの顔の骨がわずかに引きつる。もしそうなら、この小さなファンにどう接していいものか、さすがの裁判官も完全に専門外だ。
「っ、おい、ゆき! 落ち着けって。そんなに走り回ったら、自慢の毛皮が摩擦で焦げちまうぜ」
サンズが意を決してダッシュの軌道上に立ちはだかり、ゆきの小さな体をひょいと両手で抱き止めた。
腕の中に収まってもなお、ゆきの手足は空中でバタバタと空回りを続け、後ろ足がサンズの肋骨を「ドコドコドコ!」と激しくキックする。
「はなして、サンズ! 止まれないの! ドン!ってしなきゃ気が済まないのー!」
「わかった、わかったから暴れるな。……なぁ、お前さん、もしかしてどっかのオスにでも熱を上げてんのか? 体が熱いのはそのせいか?」
サンズが真面目な顔(いつも笑顔だが)で尋ねると、ゆきはぶんぶんと長い耳を振り回して否定した。
「あそこ! あそこから、すっごく変な音がするの!」
ゆきが短い手で指さしたのは、町の外れ――最近始まった、地下世界のインフラ整備のための道路工事現場だった。
ズズズズ……、ガガガガガ!
遠くから響く地響きのような重低音。普通のモンスターなら「なんかやってるな」程度で済む雑音だが、人一倍、いやモンスター一倍耳が良いゆきにとっては話が別だった。
その優れた耳が、工事の金属音や地鳴りを何倍にも増幅して拾ってしまい、脳内がパニックを起こしていたのだ。うさぎ族の「足ダン(スタンピング)」と「猛ダッシュ」は、極限のストレスと恐怖のサインだった。
「あ、あの音がずうっと耳のなかでゴロゴロ鳴ってて……! 怖くて、イライラして、走ってないと頭がおかしくなりそうなのぉ……!」
ゆきはサンズの胸に顔をうずめ、また耳をぎゅっと後ろに伏せてぶるぶると震え出した。
「……あー、なるほど。そういうことかよ。……ったく、オイラも焼きが回ったな。変な心配しちまったぜ」
サンズは自分が一瞬でも「発情期」などと疑ったことを内心で激しく反省した。と同時に、この小さな生き物が、自分のコントロールできない外界の暴力的な音にどれほど怯えていたかを察し、胸の奥に強烈な庇護欲が燃え上がる。
「よしよし、もう大丈夫だ。よく頑張って耐えてたな、名リスナーさん」
サンズはゆきを落とさないよう片腕でしっかりと抱きすくめると、もう片方の骨の手を、ゆきの大きな耳の根元へとそっと添えた。そして、その長い耳を優しく折りたたむようにして、自分の手のひらで外界の音を完全にシャットアウトしてやった。
「……これなら、少しはマシだろ?」
サンズの冷たくて優しい骨の手が耳を覆うと、ゆきの頭の中に響いていた恐ろしい金属音が、ふっと遠ざかった。代わりに聞こえてくるのは、サンズのパーカーが擦れる微かな音と、彼の落ち着いた、少し掠れた話し声だけ。
「あ……、おと、小さくなった……」
「だろ。お前さんのその良い耳は、オイラの面白いジョークを聞くためにあるんだ。あんな不細工な工事の音なんか、一音たりとも聴かせてやる必要はねえのさ」
サンズはゆきを抱えたまま、ゆっくりと歩き出した。
「あの工事が終わるまで、オイラが特製のヘッドホン代わりにでもなってやるよ。……まあ、お前さんがオイラの腕の中で大人しくしててくれるなら、だけどな?」
「うん……。サンズの手のなか、すっごく静かで、あったかい……」
ストレスで限界だったゆきは、安心感から急に深い眠気に襲われ、サンズの骨の胸にすっかり体重を預けた。
サンズは眠ったゆきを見つめ、いつもの永久不変の笑みを少しだけ優しいものに変える。
「ハハ、おやすみ。……さて、あそこの工事の連中には、ちょっとだけ『ボリュームを絞る』ように、オイラから直接アドバイスをしにいかなきゃならねえな」
小さな大ファンの安眠を守るため、サンズは静かに、しかし確かな怒りを宿して、雪の道を歩んでいくのだった。
いつものポポポンとした軽快なジャンプではない。まるで命の危機から逃げ惑う野生動物のような、凄まじい緊迫感をはらんだ猛ダッシュがスノーフルを揺るがしていた。
巻き上がる雪煙の向こうで、ゆきは一心不乱に走り回っていた。白く煙る町の中を、目にも留まらぬ速さで行ったり来たりしている。
「おいおいおい……。なんだあいつ、新種のパズルにでも挑戦してんのか?」
いつも通りポケットに手を突っ込んで通りかかったサンズは、その場に立ち尽くした。ゆきは真っ赤な顔をして、ハァハァと激しい息を荒げながら、時折立ち止まっては後ろ足で地面を「ドン! ドン!」と激しく踏み鳴らしている。
その尋常じゃない様子に、サンズの脳裏にふと、以前パピルスが読んでいた『地下世界の動物・モンスター生態図鑑』の1ページがよぎった。
(……待てよ。うさぎ族のモンスターがあんな風に狂ったように走り回って、地面を叩くのって……まさか、そういう『時期』なのか? ついに大人の階段を上る『発情期』ってやつがきちまったのか!?)
前回の「赤ちゃん大誤解事件」が頭をよぎり、サンズの顔の骨がわずかに引きつる。もしそうなら、この小さなファンにどう接していいものか、さすがの裁判官も完全に専門外だ。
「っ、おい、ゆき! 落ち着けって。そんなに走り回ったら、自慢の毛皮が摩擦で焦げちまうぜ」
サンズが意を決してダッシュの軌道上に立ちはだかり、ゆきの小さな体をひょいと両手で抱き止めた。
腕の中に収まってもなお、ゆきの手足は空中でバタバタと空回りを続け、後ろ足がサンズの肋骨を「ドコドコドコ!」と激しくキックする。
「はなして、サンズ! 止まれないの! ドン!ってしなきゃ気が済まないのー!」
「わかった、わかったから暴れるな。……なぁ、お前さん、もしかしてどっかのオスにでも熱を上げてんのか? 体が熱いのはそのせいか?」
サンズが真面目な顔(いつも笑顔だが)で尋ねると、ゆきはぶんぶんと長い耳を振り回して否定した。
「あそこ! あそこから、すっごく変な音がするの!」
ゆきが短い手で指さしたのは、町の外れ――最近始まった、地下世界のインフラ整備のための道路工事現場だった。
ズズズズ……、ガガガガガ!
遠くから響く地響きのような重低音。普通のモンスターなら「なんかやってるな」程度で済む雑音だが、人一倍、いやモンスター一倍耳が良いゆきにとっては話が別だった。
その優れた耳が、工事の金属音や地鳴りを何倍にも増幅して拾ってしまい、脳内がパニックを起こしていたのだ。うさぎ族の「足ダン(スタンピング)」と「猛ダッシュ」は、極限のストレスと恐怖のサインだった。
「あ、あの音がずうっと耳のなかでゴロゴロ鳴ってて……! 怖くて、イライラして、走ってないと頭がおかしくなりそうなのぉ……!」
ゆきはサンズの胸に顔をうずめ、また耳をぎゅっと後ろに伏せてぶるぶると震え出した。
「……あー、なるほど。そういうことかよ。……ったく、オイラも焼きが回ったな。変な心配しちまったぜ」
サンズは自分が一瞬でも「発情期」などと疑ったことを内心で激しく反省した。と同時に、この小さな生き物が、自分のコントロールできない外界の暴力的な音にどれほど怯えていたかを察し、胸の奥に強烈な庇護欲が燃え上がる。
「よしよし、もう大丈夫だ。よく頑張って耐えてたな、名リスナーさん」
サンズはゆきを落とさないよう片腕でしっかりと抱きすくめると、もう片方の骨の手を、ゆきの大きな耳の根元へとそっと添えた。そして、その長い耳を優しく折りたたむようにして、自分の手のひらで外界の音を完全にシャットアウトしてやった。
「……これなら、少しはマシだろ?」
サンズの冷たくて優しい骨の手が耳を覆うと、ゆきの頭の中に響いていた恐ろしい金属音が、ふっと遠ざかった。代わりに聞こえてくるのは、サンズのパーカーが擦れる微かな音と、彼の落ち着いた、少し掠れた話し声だけ。
「あ……、おと、小さくなった……」
「だろ。お前さんのその良い耳は、オイラの面白いジョークを聞くためにあるんだ。あんな不細工な工事の音なんか、一音たりとも聴かせてやる必要はねえのさ」
サンズはゆきを抱えたまま、ゆっくりと歩き出した。
「あの工事が終わるまで、オイラが特製のヘッドホン代わりにでもなってやるよ。……まあ、お前さんがオイラの腕の中で大人しくしててくれるなら、だけどな?」
「うん……。サンズの手のなか、すっごく静かで、あったかい……」
ストレスで限界だったゆきは、安心感から急に深い眠気に襲われ、サンズの骨の胸にすっかり体重を預けた。
サンズは眠ったゆきを見つめ、いつもの永久不変の笑みを少しだけ優しいものに変える。
「ハハ、おやすみ。……さて、あそこの工事の連中には、ちょっとだけ『ボリュームを絞る』ように、オイラから直接アドバイスをしにいかなきゃならねえな」
小さな大ファンの安眠を守るため、サンズは静かに、しかし確かな怒りを宿して、雪の道を歩んでいくのだった。
