うさぎのモンスターと骨兄弟

世界が静まり返っていました。
あれほど容赦なく響いていた人間の不気味な足音は、もうどこからも聞こえません。

「最後の審判」の部屋で、人間はついに諦めたのです。サンズという高すぎる壁を前にして、戦う意志を、あるいはこの世界を壊し尽くそうという歪んだ決意を、完全にへし折られたようでした。

人間はこの世界から「消えた」――正確には、リセットすることすらやめて、ただ去っていったのです。

しかし、勝ったからといって、失われたものは戻りません。
スノーフルも、ウォーターフェルも、ホットランドも、しんと静まり返っていました。残されたのは、避難が間に合って隠れていた一握りのモンスターたちと……サンズ、そして「ゆき」だけでした。

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誰もいないスノーフルの、静かすぎる町並み。
ゆきは、サンズの家のリビングのソファに腰掛けていました。
かつてはパピルスが賑やかに料理をしたり、サンズが靴下を放置して怒られたりしていたその部屋は、今は冷たい空気だけが満ちています。

ガチャ、とドアが開き、青いパーカーの男が帰ってきました。

「サンズ……!」

ゆきはソファから飛び起き、大きな耳をパタパタと揺らしながら駆け寄りました。
サンズの身体には、激戦を物語るように、うっすらと塵のような汚れが付着していました。しかし、その顔にはいつもの、あの永久不変の笑みが張り付いています。

「よお、ゆき。……お利口に留守番してたみたいだな」

「サンズ、怪我はない!? 人間は……あの人間は、どうなったの……?」

ゆきが心配そうに見上げると、サンズはポケットに両手を突っ込んだまま、ふっと息を漏らしました。

「あー……あいつなら、もう来ないよ。オイラのジョークに愛想を尽かしたのか、どっか別の世界にでも行っちまったみたいだ。……だから、もう怯えなくていい」

「本当……? 本当に、もう誰も殺されないの……?」

「ああ、約束する。オイラの目が黒いうちはな。……まあ、元から黒いんだけどよ」

サンズはいつもの調子でウインクしてみせましたが、ゆきには分かりました。人一倍いい耳を持つゆきには、サンズの呼吸のわずかな乱れや、その声に混ざる、消えることのない深い喪失感の響きが、痛いほど聞き取れてしまうのです。

パピルスは、もういない。
ゆきの両親も、もういない。
勝ったのに、ここには何も残っていませんでした。

サンズはリビングの椅子にどさりと腰掛け、天井を見上げました。

「さてと……。人間は消えた。命は助かった。……けど、これからどうするかなぁ、と思ってさ」

「これから……?」

「あいつが諦めたってことは、この世界はこれで『固定』されたようなもんだ。でも、ご覧の通り、この町も他の場所もガラガラだろ? 王様も、裁判官のオイラも、……そしてお前さんも、これからどう生きていくかって話さ」

ゆきは、自分の長い耳をきゅっと抱きしめるようにして、サンズの隣に座りました。

「私は……、サンズと一緒にいたいな」

「……オイラと?」

「うん。お父さんもお母さんもいなくなっちゃって、私、一人じゃどうしていいか分からない。……それに、サンズも一人になっちゃったでしょう? パピルスがいなくて、寂しいでしょう……?」

ゆきが静かにそう言うと、サンズの笑顔が、一瞬だけピキリと凍りついたように見えました。
いつもならぐうたらで、何に対しても「めんどくせえ」で済ませるサンズ。でも、その胸の奥にある空洞の大きさを、ゆきは彼の静かな佇まいから感じ取っていました。

サンズはしばらく黙っていましたが、やがて小さく息を吐き、ゆきの頭にぽんと骨の手を置きました。

「……お前さんには敵わないねぇ。耳が良いだけじゃなくて、勘までいいときた」

サンズは少しだけ声を落とし、続けました。

「正直なところ、オイラはこの先、どう生きりゃいいか分からねえ。……いつもなら、ここで『骨(ほね)』休めでもするかって言うところだけど、休んでばかりじゃ、ただの骸骨になっちまうからな」

「サンズ……」

「でもさ」

サンズはゆきの方を向き、その一瞬だけ戻った瞳の白い光で、真っ直ぐにゆきを見つめました。

「お前さんみたいな『大ファン』が一人でも残ってくれたなら……、オイラも、もうちょっとだけ頑張ってみようかって気にはなる。このガランとした世界で、オイラのくだらないダジャレを笑ってくれる奴が必要だろ?」

ゆきの目から、ポロポロと涙が溢れました。でも、今度の涙は、恐怖の涙ではありませんでした。

「うん……! 私、サンズのダジャレなら、何回でも、何時間でも聴くよ! 世界で一番のファンだもん!」

「へへ、そいつは心強い。じゃあ、これからの計画を立てるとするか」

サンズは立ち上がり、ポケットから片手を出して、ゆきの涙を優しく拭いました。

「まずは、この冷え切った家をなんとかしねえとな。二人で住むにはちょっと広すぎるし、パピルスのスパゲッティの残り香(?)を片付けるのも一苦労だ。……それから、生き残った他の連中とも連絡を取って、これからどうやって暮らしていくか、飯はどうするか、じっくり話し合わなきゃならねえ」

「うん! 私、耳が良いから、遠くに隠れてるモンスターの声も探せるよ! お手伝いする!」

「お、頼もしいねぇ。頼りにしてるぜ、名探偵さん」

サンズはそう言うと、少しだけ、本当に少しだけ、心からの温かい笑みを浮かべました。

失われたものはあまりにも多く、傷跡は深く残ったままです。スノーフルに響く風の音は、まだどこか寂しげでした。
それでも、二人の間には、確かに新しい「これから」の灯火が灯っていました。

「じゃあ、さっそく今後のスノーフルの『治安(ちあん)』維持についてだけど……」

サンズはゆきを見つめ、ニヤリと笑いました。

「オイラたちの未来は、きっと『太鼓判(たいこばん)』押しだぜ。なんたって、お前さんのその良い耳(みみ)が、幸福を『みみ(耳)』っちく集めてくれるからな」

「あはは!……うん、今のちょっとダジャレが重なってるけど、サンズらしくて最高!」

静まり返ったサンズの家の中に、小さく、でも確かな笑い声が響きました。
誰もいなくなった世界で、二人は手を携え、一歩ずつ、静かに歩みを進め始めるのでした。
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