うさぎのモンスターと骨兄弟
スノーフルの町を流れる冷たい川。
ゆきは毎日、この川の決まった場所にやってきては、水面に向かってパラパラと魚の餌を投げ入れるのを日課にしていた。小さな手足でぴょんぴょんと跳ねながら、「お魚さん、ごはん進んでるー?」と声をかけるゆきの姿は、スノーフルのちょっとした日常の風景だった。
しかし、ある日の夕方。
サンズがグリルビーズへ向かって歩いていると、裏通りの物陰で、ゆきが地面にへたり込み、全身を小刻みにぶるぶると震わせているのを見つけた。
自慢の大きな耳は、恐怖と罪悪感のあまり頭の後ろへ完全にペタンと伏せられている。
「おいおい、ゆきじゃん。どうしたよ。そんなところで震えて、ついに『フリーズ』ドライのうさぎにでもなる実験か?」
サンズがいつもの調子で声をかけたが、ゆきは顔を上げると、その大きな瞳からボロボロと大粒の涙を溢れさせた。顔は真っ赤で、呼吸も荒い。
「サンズ……! 私、とんでもないことをしちゃったの……! 私、自然の摂理に反することをしたから……、お魚さんを殺しちゃった……!」
「は? 自然の摂理……?」
ゆきの口から飛び出したあまりにも物々しい単語に、サンズは眉の骨をひそめた。
「毎日、毎日、お魚さんにごはんをあげてたの……。でも、今日行ったら、お魚さんが一歩も動かなくなってて……! きっと、私がいっぱいごはんをあげすぎたせいで……! 私のせいだ、どうしよう……!」
小さな手で顔を覆い、しゃくりあげるゆき。
そのあまりの絶望ぶりと、放っておいたら罪悪感で押し潰されてしまいそうな脆い姿を見て、サンズの胸の奥には、いつもの強烈な庇護欲が湧き上がってきた。この小さな生き物は、本当にちょっとしたことで世界の終わりのように傷ついてしまう。
「……ま、落ち着けって。とりあえず、その『事件現場』とやらにオイラを案内しなよ。裁判官のオイラが、本当に自然の摂理に反してるかどうか見てやるからさ」
サンズはゆきの小さな手をそっと引き、川べりへと歩いた。ゆきはサンズのパーカーの裾をぎゅっと握りしめたまま、恐る恐る川の水面を指差した。
「ほら……、あそこの隅っこ……。いつもなら私が行くとすぐ泳いでくるのに、じっと動かないの……」
サンズはポケットに両手を突っ込んだまま、ゆきが指差す川の淀みをじーっと覗き込んだ。
確かに、岩の隙間の静かな水底に、一匹の大きな魚がじっと留まっている。
だが、サンズの目は騙せない。
その魚は、お腹を上にしてひっくり返っているわけでもなければ、塵になって消えかけているわけでもない。ただ、冷たい水底で、エラを本当にゆっくりと動かしながら、文字通り「じっとしている」だけだった。
(……あー、なるほどねぇ)
サンズは合点がいき、思わずふっと息を漏らした。隣を見ると、ゆきはまだ「私が殺しちゃった……」と言わんばかりに、涙目で魚を見つめてぶるぶると震えている。
サンズはゆきの前にしゃがみ込み、その長い耳の付け根をぽんぽんと優しく叩いた。
「な、ゆき。お前さん、ちょっと落ち着いて耳を澄ましてみな。ほら、あのお魚さん、何か言ってねえか?」
「え……? お魚さんの声……?」
ゆきは涙を拭い、自慢の大きな耳をピンと立てて、川の隅っこへと必死に傾けた。川のせせらぎの奥から、本当に微かな、規則正しい水の動きが聞こえてくる。
「……ううん、何も聞こえないよ? 静かにすーすー言ってるみたいだけど……」
「だろ? それ、ただの『寝息』さ」
「えっ!?」
ゆきは驚いて大きな目を丸くした。
「あいつは死んでるんじゃねえよ。このスノーフルの冬の寒さに合わせて、ちょっと長めの『お昼寝』をしてるだけだ。それを『冬眠』って言うんだぜ。エネルギーを節約するために、春が来るまでああやってじっと動かずに寝るのさ」
「とうみん……? 死んじゃったんじゃ、ないの……?」
「あったりまえだろ。ひっくり返ってもいねえのに、勝手に仏にするなよ。お前さんのあげた餌が美味すぎて、満腹でぐっすり寝狂ってるだけだわ」
サンズが呆れたようにウインクしてみせると、ゆきは一瞬きょとんとした後、張り詰めていた糸が切れたように、その場にへなへなと座り込んだ。今度は安心のあまり、また涙がポロポロと溢れてくる。
「よかったぁ……! お魚さん、生きてたんだ……! 私のせいで死んじゃったんじゃ、なかったんだね……!」
「そうだよ。だから自然の摂理がどうとか言って、そんなに震えるんじゃねえよ。お前さんのその小さな体が、寒さと恐怖で本当に『フリーズ(凍結)』しちまうかと思って、オイラの方が肝を冷やしたぜ。……まあ、オイラには冷やす肝臓もねえんだけどさ」
サンズはいつものくだらないダジャレを混ぜながら、ゆきの頭をブラッシングするように優しく撫で回した。
ゆきは涙を袖でごしごしと拭うと、嬉しそうに長い耳をピコピコと揺らし、サンズの青いパーカーにしがみついてきた。
「サンズ、教えてくれてありがとう! やっぱりサンズは何でも知っててすごいなぁ!」
「へへ、オイラはただの物知りなスケルトンさ。……さて、お魚さんが冬眠中ってことは、しばらくお前さんの餌やりもお休みだな。せっかく時間が余るんだからさ……」
サンズはゆきの小さな手を包み込むように握り、グリルビーズの方向へと歩き出した。
「オイラの退屈な冬眠を妨げるくらい、グリルビーズでオイラのダジャレをたっぷり聴いてもらうとするか。お前さんが『大ファン』の任務をサボらないように、オイラが特等席を『キープ(魚)』しといてやるからな」
「あはは! お魚とキープをかけるなんて、サンズ、今のダジャレ最高!」
さっきまでの絶望が嘘のように、ゆきは小さな手足をぴょんぴょんと跳ねさせながら、サンズの後ろを楽しそうについていく。
誰もいない静かな川べりに、二人の暖かな笑い声が、いつまでも優しく響き渡っていた。
ゆきは毎日、この川の決まった場所にやってきては、水面に向かってパラパラと魚の餌を投げ入れるのを日課にしていた。小さな手足でぴょんぴょんと跳ねながら、「お魚さん、ごはん進んでるー?」と声をかけるゆきの姿は、スノーフルのちょっとした日常の風景だった。
しかし、ある日の夕方。
サンズがグリルビーズへ向かって歩いていると、裏通りの物陰で、ゆきが地面にへたり込み、全身を小刻みにぶるぶると震わせているのを見つけた。
自慢の大きな耳は、恐怖と罪悪感のあまり頭の後ろへ完全にペタンと伏せられている。
「おいおい、ゆきじゃん。どうしたよ。そんなところで震えて、ついに『フリーズ』ドライのうさぎにでもなる実験か?」
サンズがいつもの調子で声をかけたが、ゆきは顔を上げると、その大きな瞳からボロボロと大粒の涙を溢れさせた。顔は真っ赤で、呼吸も荒い。
「サンズ……! 私、とんでもないことをしちゃったの……! 私、自然の摂理に反することをしたから……、お魚さんを殺しちゃった……!」
「は? 自然の摂理……?」
ゆきの口から飛び出したあまりにも物々しい単語に、サンズは眉の骨をひそめた。
「毎日、毎日、お魚さんにごはんをあげてたの……。でも、今日行ったら、お魚さんが一歩も動かなくなってて……! きっと、私がいっぱいごはんをあげすぎたせいで……! 私のせいだ、どうしよう……!」
小さな手で顔を覆い、しゃくりあげるゆき。
そのあまりの絶望ぶりと、放っておいたら罪悪感で押し潰されてしまいそうな脆い姿を見て、サンズの胸の奥には、いつもの強烈な庇護欲が湧き上がってきた。この小さな生き物は、本当にちょっとしたことで世界の終わりのように傷ついてしまう。
「……ま、落ち着けって。とりあえず、その『事件現場』とやらにオイラを案内しなよ。裁判官のオイラが、本当に自然の摂理に反してるかどうか見てやるからさ」
サンズはゆきの小さな手をそっと引き、川べりへと歩いた。ゆきはサンズのパーカーの裾をぎゅっと握りしめたまま、恐る恐る川の水面を指差した。
「ほら……、あそこの隅っこ……。いつもなら私が行くとすぐ泳いでくるのに、じっと動かないの……」
サンズはポケットに両手を突っ込んだまま、ゆきが指差す川の淀みをじーっと覗き込んだ。
確かに、岩の隙間の静かな水底に、一匹の大きな魚がじっと留まっている。
だが、サンズの目は騙せない。
その魚は、お腹を上にしてひっくり返っているわけでもなければ、塵になって消えかけているわけでもない。ただ、冷たい水底で、エラを本当にゆっくりと動かしながら、文字通り「じっとしている」だけだった。
(……あー、なるほどねぇ)
サンズは合点がいき、思わずふっと息を漏らした。隣を見ると、ゆきはまだ「私が殺しちゃった……」と言わんばかりに、涙目で魚を見つめてぶるぶると震えている。
サンズはゆきの前にしゃがみ込み、その長い耳の付け根をぽんぽんと優しく叩いた。
「な、ゆき。お前さん、ちょっと落ち着いて耳を澄ましてみな。ほら、あのお魚さん、何か言ってねえか?」
「え……? お魚さんの声……?」
ゆきは涙を拭い、自慢の大きな耳をピンと立てて、川の隅っこへと必死に傾けた。川のせせらぎの奥から、本当に微かな、規則正しい水の動きが聞こえてくる。
「……ううん、何も聞こえないよ? 静かにすーすー言ってるみたいだけど……」
「だろ? それ、ただの『寝息』さ」
「えっ!?」
ゆきは驚いて大きな目を丸くした。
「あいつは死んでるんじゃねえよ。このスノーフルの冬の寒さに合わせて、ちょっと長めの『お昼寝』をしてるだけだ。それを『冬眠』って言うんだぜ。エネルギーを節約するために、春が来るまでああやってじっと動かずに寝るのさ」
「とうみん……? 死んじゃったんじゃ、ないの……?」
「あったりまえだろ。ひっくり返ってもいねえのに、勝手に仏にするなよ。お前さんのあげた餌が美味すぎて、満腹でぐっすり寝狂ってるだけだわ」
サンズが呆れたようにウインクしてみせると、ゆきは一瞬きょとんとした後、張り詰めていた糸が切れたように、その場にへなへなと座り込んだ。今度は安心のあまり、また涙がポロポロと溢れてくる。
「よかったぁ……! お魚さん、生きてたんだ……! 私のせいで死んじゃったんじゃ、なかったんだね……!」
「そうだよ。だから自然の摂理がどうとか言って、そんなに震えるんじゃねえよ。お前さんのその小さな体が、寒さと恐怖で本当に『フリーズ(凍結)』しちまうかと思って、オイラの方が肝を冷やしたぜ。……まあ、オイラには冷やす肝臓もねえんだけどさ」
サンズはいつものくだらないダジャレを混ぜながら、ゆきの頭をブラッシングするように優しく撫で回した。
ゆきは涙を袖でごしごしと拭うと、嬉しそうに長い耳をピコピコと揺らし、サンズの青いパーカーにしがみついてきた。
「サンズ、教えてくれてありがとう! やっぱりサンズは何でも知っててすごいなぁ!」
「へへ、オイラはただの物知りなスケルトンさ。……さて、お魚さんが冬眠中ってことは、しばらくお前さんの餌やりもお休みだな。せっかく時間が余るんだからさ……」
サンズはゆきの小さな手を包み込むように握り、グリルビーズの方向へと歩き出した。
「オイラの退屈な冬眠を妨げるくらい、グリルビーズでオイラのダジャレをたっぷり聴いてもらうとするか。お前さんが『大ファン』の任務をサボらないように、オイラが特等席を『キープ(魚)』しといてやるからな」
「あはは! お魚とキープをかけるなんて、サンズ、今のダジャレ最高!」
さっきまでの絶望が嘘のように、ゆきは小さな手足をぴょんぴょんと跳ねさせながら、サンズの後ろを楽しそうについていく。
誰もいない静かな川べりに、二人の暖かな笑い声が、いつまでも優しく響き渡っていた。
