うさぎのモンスターと骨兄弟
スノーフルの図書館の隅っこ。
いつもならお気に入りの絵本を広げて楽しそうに手足をぴょんぴょん跳ねさせているゆきが、その日は違った。
ベンチの座面に完全に突っ伏して、自慢の長い耳を床にくっつくほどへにゃりと寝かせている。その姿は、まるで中身の抜けたぬいぐるみのようだった。
「はぁ……。もう、わたしの人生のたのしみは、すべて終わってしまったのね……」
小さな口から漏れ出たのは、およそ子供らしからぬ、この世の終わりみたいな深いため息。
「お、おいおい。なんだよゆき、ずいぶんとデカいため息じゃん。そんなに息を吐き出してたら、そのうちお前さんの中身が空っぽになって、ただの風船になっちまうぜ?」
ポケットに両手を突っ込んだ青いパーカーの男――サンズが、くすくす笑いながら通りかかった。
いつもの永久不変の笑みを浮かべて、大好きなファンをちょっとからかうつもりで覗き込んだのだが、ゆきは顔を上げようともしない。
「サンズ……。わらわないでよぅ……。わたし、ほんとうに絶望してるんだから……」
「絶望、ねぇ。パピルスの今日の朝ご飯が、また見たこともない色のスパゲッティだったとかか?」
「ちがうよぅ……。これを見て……」
ゆきが力なく指差した先には、図書館の子供向けの本棚があった。そこには、カラフルな背表紙の絵本がぎっしりと並んでいる――が、そのすべてに、小さなうさぎの足跡のスタンプが押されていた。
「これ、わたしが今まで読んだしるし。……今日ね、さいごの1冊を読み終わっちゃったの。この図書館にある絵本、ぜーーーんぶ読んじゃったんだよ!」
「へえ、そいつはすごいじゃん。お前さん、なかなかの勉強家だな」
「すごくないよぅ! もう読む本がないんだよ!? これから毎日、わたしは何を楽しみに生きていけばいいの? 新しい絵本なんて、そうそう増えないし……もう、人生おしまいだぁ……」
再びベンチにめり込むようにして、ぐずぐずと泣き言を言い始めるゆき。
その大袈裟すぎる落ち込み振りに、サンズは一瞬呆れつつも、すぐに胸の奥がキュウと締め付けられるような、強烈な愛おしさに襲われた。
このちっぽけな世界で、絵本がなくなっただけで人生の終わりだと本気で嘆いている。その世間知らずで、危ういほど無垢な姿が、サンズの「守ってやりたい」という本能をどうしようもなく刺激するのだ。
サンズはしばらくゆきの頭を見つめていたが、やがてポケットから片手を取り出すと、ゆきのへにゃりと垂れた長い耳の先を、骨の指先で優しくツンツンと突いた。
「ハハ、大袈裟だなぁ、名読書家さん。じゃあさ、ここにある本を全部読んじまったなら……、これからはオイラが『新しい物語』を、毎日お前さんに話してやるよ」
「え……?」
ゆきが涙目で、ひょこっと顔を上げた。
「サンズが……物語を? でも、サンズはいつもダジャレしか言わないじゃない」
「おいおい、人聞きが悪いねぇ。オイラだってたまには真面目な話くらいするさ。それに、オイラにはお前さんの知らない面白い話や、くだらないおふざけの話が、この頭(頭蓋骨)の中に山ほど詰まってんだわ」
サンズはニヤリと笑って、自分の頭を骨の手でトントンと叩いてみせる。
「本当……? 毎日、新しいお話、してくれるの……?」
期待を込めて、ゆきの大きな瞳がじっとサンズを見つめる。長い耳が、さっきまでの絶望が嘘のように、ピコピコと嬉しそうに動き始めた。
「ああ、約束するよ。お前さんがオイラの最高のファンでいてくれる限りな。……だからさ、そんな顔してないで、いつものシャキッとした耳を見せてくれよ」
サンズが優しく微笑むと、ゆきはベンチから勢いよくピょーーーン! と跳ね起きた。
「やったぁーーー! サンズのお話、すっごく楽しみ! どんなお話? 骨のお話!? 宇宙のお話!?」
「おっと、そんなに急かすなって。物語の『骨組み(ほねぐみ)』を考えるには、オイラみたいなぐうたらには少し時間がかかるんだ。……まずは、そのお祝いにグリルビーズでホットミルクでも飲みながら、最初の1ページ目を始めるとするか」
「うん! いく! サンズ、大好き!」
ゆきは真っ赤な顔をして笑うと、サンズの青いパーカーの袖を小さな手でぎゅっと握りしめた。
サンズは再び手をポケットに突き戻し、自分の隣を嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる小さな影を見つめる。
本がなくなったら、オイラがお前さんの世界をいくらでも広げてやる。この小さな大ファンを退屈させることなんて、オイラが絶対にさせやしないからな。
「じゃあ、記念すべき最初のお話のタイトルだけど……」
サンズはウインクしながら、わざとらしく声を潜めた。
「『ある日、絵本を読みすぎて頭が「ほね(骨)」折損になっちまった、お茶目なうさぎのお話』……なんてのはどうだ?」
「もう! それってわたしのことでしょ! やっぱりサンズは意地悪だぁー!」
静かな図書館の前に、ゆきの明るい笑い声が響き渡る。
人生の終わりなんてどこへやら、二人の新しい物語のページは、今、楽しそうにめくられ始めたばかりだった。
いつもならお気に入りの絵本を広げて楽しそうに手足をぴょんぴょん跳ねさせているゆきが、その日は違った。
ベンチの座面に完全に突っ伏して、自慢の長い耳を床にくっつくほどへにゃりと寝かせている。その姿は、まるで中身の抜けたぬいぐるみのようだった。
「はぁ……。もう、わたしの人生のたのしみは、すべて終わってしまったのね……」
小さな口から漏れ出たのは、およそ子供らしからぬ、この世の終わりみたいな深いため息。
「お、おいおい。なんだよゆき、ずいぶんとデカいため息じゃん。そんなに息を吐き出してたら、そのうちお前さんの中身が空っぽになって、ただの風船になっちまうぜ?」
ポケットに両手を突っ込んだ青いパーカーの男――サンズが、くすくす笑いながら通りかかった。
いつもの永久不変の笑みを浮かべて、大好きなファンをちょっとからかうつもりで覗き込んだのだが、ゆきは顔を上げようともしない。
「サンズ……。わらわないでよぅ……。わたし、ほんとうに絶望してるんだから……」
「絶望、ねぇ。パピルスの今日の朝ご飯が、また見たこともない色のスパゲッティだったとかか?」
「ちがうよぅ……。これを見て……」
ゆきが力なく指差した先には、図書館の子供向けの本棚があった。そこには、カラフルな背表紙の絵本がぎっしりと並んでいる――が、そのすべてに、小さなうさぎの足跡のスタンプが押されていた。
「これ、わたしが今まで読んだしるし。……今日ね、さいごの1冊を読み終わっちゃったの。この図書館にある絵本、ぜーーーんぶ読んじゃったんだよ!」
「へえ、そいつはすごいじゃん。お前さん、なかなかの勉強家だな」
「すごくないよぅ! もう読む本がないんだよ!? これから毎日、わたしは何を楽しみに生きていけばいいの? 新しい絵本なんて、そうそう増えないし……もう、人生おしまいだぁ……」
再びベンチにめり込むようにして、ぐずぐずと泣き言を言い始めるゆき。
その大袈裟すぎる落ち込み振りに、サンズは一瞬呆れつつも、すぐに胸の奥がキュウと締め付けられるような、強烈な愛おしさに襲われた。
このちっぽけな世界で、絵本がなくなっただけで人生の終わりだと本気で嘆いている。その世間知らずで、危ういほど無垢な姿が、サンズの「守ってやりたい」という本能をどうしようもなく刺激するのだ。
サンズはしばらくゆきの頭を見つめていたが、やがてポケットから片手を取り出すと、ゆきのへにゃりと垂れた長い耳の先を、骨の指先で優しくツンツンと突いた。
「ハハ、大袈裟だなぁ、名読書家さん。じゃあさ、ここにある本を全部読んじまったなら……、これからはオイラが『新しい物語』を、毎日お前さんに話してやるよ」
「え……?」
ゆきが涙目で、ひょこっと顔を上げた。
「サンズが……物語を? でも、サンズはいつもダジャレしか言わないじゃない」
「おいおい、人聞きが悪いねぇ。オイラだってたまには真面目な話くらいするさ。それに、オイラにはお前さんの知らない面白い話や、くだらないおふざけの話が、この頭(頭蓋骨)の中に山ほど詰まってんだわ」
サンズはニヤリと笑って、自分の頭を骨の手でトントンと叩いてみせる。
「本当……? 毎日、新しいお話、してくれるの……?」
期待を込めて、ゆきの大きな瞳がじっとサンズを見つめる。長い耳が、さっきまでの絶望が嘘のように、ピコピコと嬉しそうに動き始めた。
「ああ、約束するよ。お前さんがオイラの最高のファンでいてくれる限りな。……だからさ、そんな顔してないで、いつものシャキッとした耳を見せてくれよ」
サンズが優しく微笑むと、ゆきはベンチから勢いよくピょーーーン! と跳ね起きた。
「やったぁーーー! サンズのお話、すっごく楽しみ! どんなお話? 骨のお話!? 宇宙のお話!?」
「おっと、そんなに急かすなって。物語の『骨組み(ほねぐみ)』を考えるには、オイラみたいなぐうたらには少し時間がかかるんだ。……まずは、そのお祝いにグリルビーズでホットミルクでも飲みながら、最初の1ページ目を始めるとするか」
「うん! いく! サンズ、大好き!」
ゆきは真っ赤な顔をして笑うと、サンズの青いパーカーの袖を小さな手でぎゅっと握りしめた。
サンズは再び手をポケットに突き戻し、自分の隣を嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる小さな影を見つめる。
本がなくなったら、オイラがお前さんの世界をいくらでも広げてやる。この小さな大ファンを退屈させることなんて、オイラが絶対にさせやしないからな。
「じゃあ、記念すべき最初のお話のタイトルだけど……」
サンズはウインクしながら、わざとらしく声を潜めた。
「『ある日、絵本を読みすぎて頭が「ほね(骨)」折損になっちまった、お茶目なうさぎのお話』……なんてのはどうだ?」
「もう! それってわたしのことでしょ! やっぱりサンズは意地悪だぁー!」
静かな図書館の前に、ゆきの明るい笑い声が響き渡る。
人生の終わりなんてどこへやら、二人の新しい物語のページは、今、楽しそうにめくられ始めたばかりだった。
