うさぎのモンスターと骨兄弟
真夜中のスノーフルは、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
しんしんと降り積もる雪の音さえ聞こえてきそうな暗闇の中、パピルスとサンズの家のドアが、トントン……と弱々しく叩かれた。
「ん……? 誰だ、こんな夜更けに……」
リビングのソファでうたた寝をしていたサンズが、気怠げに身を起こした。いつもの永久不変の笑みを浮かべたままドアを開けると、そこには、冷たい夜風に吹かれてガタガタと震えている小さな影があった。
ゆきだった。
自慢の大きな耳は恐怖と不安で完全に後ろへ伏せられ、小さな手足は冷え切って真っ赤になっている。その大きな瞳には、今にもこぼれ落ちそうなほど大粒の涙が溜まっていた。
「……ゆき? お前さん、こんな時間にどうしたんだよ。迷子なら、オイラがショートカットで家に――」
「サンズ……っ」
ゆきはサンズの言葉を遮るように、その青いパーカーの裾をぎゅっと握りしめた。見上げる顔は、今までに見たこともないほど絶望に満ちていた。
「あのね……パパとママが、お家に帰ってこないの……。ずっと、ずっと待ってるのに、真っ暗になっても帰ってこなくて……。お家の中、誰もいなくて、すっごく寒いの……」
ゆきの小さな声が、真夜中の冷気の中で震えていた。
その瞬間、サンズの脳裏に、今日スノーフルの境界近くで目撃されたという「奇妙な人間の子供」の噂がよぎった。手にナイフを持ち、出会ったモンスターを容赦なく塵に変えているという、あの不気味な存在。
(……まさか)
骨の身体に血の気など通っていないはずなのに、サンズの全身がサーッと冷たくなっていくのが分かった。いつもなら冗談を言って場を和ませる口元が、ピキリと固まって動かない。人一倍耳の良いゆきが、夜通し親を待ち続け、静まり返った家の中でどれほどの恐怖に耐えていたのか。想像するだけで、サンズの胸の奥の空間が、強烈な痛みを伴って締め付けられた。
「……サンズ? どうしたのだ、こんな時間に大きな声を出して……」
奥の部屋から、眠そうに目をこすりながらパピルスが出てきた。赤いスカーフを外したパピルスは、玄関先にいるゆきの姿に気づくと、骨の眼窩を限界まで見開いて駆け寄ってきた。
「なんと! ゆきではないか! こんな真夜中に、そんなに薄着でどうしたのだ!? 体が氷のように冷たくなっているぞ!」
パピルスは大慌てでその場にしゃがみ込み、ゆきの小さな身体を大きな手で包み込んだ。
「パピルスお兄ちゃん……。パパと、ママがね……いないの……。どこにいっちゃったの……?」
ゆきが縋るようにパピルスの胸に顔を埋めると、パピルスは一瞬、言葉を詰まらせた。根が優しく、誰に対しても真摯なパピルスだ。彼もまた、町に流れる不穏な噂を知っていた。察しのいいパピルスの頭の中でも、最悪の結末が結びついていく。
「それは……その……」
パピルスはゆきを安心させるための嘘がつけず、ただ大きな手を小刻みに震わせながら、助けを求めるようにサンズを見た。
サンズは真っ黒に落ち込んだ両目で、静かにゆきを見つめていた。
あの優しい両親が、この小さくて脆い我が子を置いて、夜通し家を空けるわけがない。理由はひとつしかなかった。二人はもう、この世界のどこを探しても見つからない。あの人間の手によって、冷たい雪の上に「塵」となって消えてしまったのだ。
胸を突き刺すような強烈な庇護欲と、犯人への底知れない激しい怒りが、サンズの魂の奥底からパチパチと音を立てて湧き上がってくる。今すぐその辺の壁を叩き壊したいくらいの衝動を、サンズは必死にポケットの中で拳を握りしめて抑え込んだ。
ここでオイラが取り乱したら、この子は本当に壊れてしまう。
サンズはゆっくりと深呼吸をし、いつもの、でもどこか決定的に切ない笑みを浮かべて、ゆきの前に膝をついた。
「……ゆき。パパとママはさ、ちょっと遠くの町まで、お前さんの大好きな美味しい星を、たくさん毟り取りに行ってるだけだよ。……だから、戻ってくるまで時間がかかるんだわ」
「星を……? 本当……?」
「ああ。オイラが嘘ついたことあるか? ……だからさ、あいつらが帰ってくるまで、お前さんはオイラたちの家にいなよ。パピルスの作った、すっごく不味くて温かいスパゲッティでも食べてさ」
「おい! サンズ! ボクのスパゲッティは最高に美味だぞ!」
パピルスがいつもの調子で怒鳴った。その声は少し震えていたけれど、サンズの意図を汲み取り、必死にいつもの「偉大なるパピルス様」を演じようとしていた。
「そうだぞ、ゆき! パパたちが帰るまで、キミはボクの特別なお客様だ! さあ、中へ入るのだ。特製のホットミルクを作ってやろう!」
パピルスはゆきを軽々と抱き上げると、リビングの暖かい暖炉の側へと運んでいった。
一人、玄関に残されたサンズは、開けっ放しのドアから外の暗闇を見つめた。風に乗って、遠くから微かに、何かが消え去るような乾いた音が聞こえた気がした。人一倍耳の良いゆきには、きっともう、その残酷な世界の崩壊の音が届き始めているのかもしれない。
サンズはポケットの中で、じわりと左目に青い炎を宿しかけ――それを冷酷に消し去った。
「……待ってなよ、ゆき」
静かにドアを閉め、鍵をかける。
誰もいなくなった世界になる前に、この小さくて不器用な大ファンだけは、どんな手を使ってでも、自分の骨の命が尽きるその瞬間まで守り抜いてみせる。サンズは心の中で、誰にも聞こえない静かな誓いを立て、暖かい光の灯るリビングへと歩き出すのだった。
しんしんと降り積もる雪の音さえ聞こえてきそうな暗闇の中、パピルスとサンズの家のドアが、トントン……と弱々しく叩かれた。
「ん……? 誰だ、こんな夜更けに……」
リビングのソファでうたた寝をしていたサンズが、気怠げに身を起こした。いつもの永久不変の笑みを浮かべたままドアを開けると、そこには、冷たい夜風に吹かれてガタガタと震えている小さな影があった。
ゆきだった。
自慢の大きな耳は恐怖と不安で完全に後ろへ伏せられ、小さな手足は冷え切って真っ赤になっている。その大きな瞳には、今にもこぼれ落ちそうなほど大粒の涙が溜まっていた。
「……ゆき? お前さん、こんな時間にどうしたんだよ。迷子なら、オイラがショートカットで家に――」
「サンズ……っ」
ゆきはサンズの言葉を遮るように、その青いパーカーの裾をぎゅっと握りしめた。見上げる顔は、今までに見たこともないほど絶望に満ちていた。
「あのね……パパとママが、お家に帰ってこないの……。ずっと、ずっと待ってるのに、真っ暗になっても帰ってこなくて……。お家の中、誰もいなくて、すっごく寒いの……」
ゆきの小さな声が、真夜中の冷気の中で震えていた。
その瞬間、サンズの脳裏に、今日スノーフルの境界近くで目撃されたという「奇妙な人間の子供」の噂がよぎった。手にナイフを持ち、出会ったモンスターを容赦なく塵に変えているという、あの不気味な存在。
(……まさか)
骨の身体に血の気など通っていないはずなのに、サンズの全身がサーッと冷たくなっていくのが分かった。いつもなら冗談を言って場を和ませる口元が、ピキリと固まって動かない。人一倍耳の良いゆきが、夜通し親を待ち続け、静まり返った家の中でどれほどの恐怖に耐えていたのか。想像するだけで、サンズの胸の奥の空間が、強烈な痛みを伴って締め付けられた。
「……サンズ? どうしたのだ、こんな時間に大きな声を出して……」
奥の部屋から、眠そうに目をこすりながらパピルスが出てきた。赤いスカーフを外したパピルスは、玄関先にいるゆきの姿に気づくと、骨の眼窩を限界まで見開いて駆け寄ってきた。
「なんと! ゆきではないか! こんな真夜中に、そんなに薄着でどうしたのだ!? 体が氷のように冷たくなっているぞ!」
パピルスは大慌てでその場にしゃがみ込み、ゆきの小さな身体を大きな手で包み込んだ。
「パピルスお兄ちゃん……。パパと、ママがね……いないの……。どこにいっちゃったの……?」
ゆきが縋るようにパピルスの胸に顔を埋めると、パピルスは一瞬、言葉を詰まらせた。根が優しく、誰に対しても真摯なパピルスだ。彼もまた、町に流れる不穏な噂を知っていた。察しのいいパピルスの頭の中でも、最悪の結末が結びついていく。
「それは……その……」
パピルスはゆきを安心させるための嘘がつけず、ただ大きな手を小刻みに震わせながら、助けを求めるようにサンズを見た。
サンズは真っ黒に落ち込んだ両目で、静かにゆきを見つめていた。
あの優しい両親が、この小さくて脆い我が子を置いて、夜通し家を空けるわけがない。理由はひとつしかなかった。二人はもう、この世界のどこを探しても見つからない。あの人間の手によって、冷たい雪の上に「塵」となって消えてしまったのだ。
胸を突き刺すような強烈な庇護欲と、犯人への底知れない激しい怒りが、サンズの魂の奥底からパチパチと音を立てて湧き上がってくる。今すぐその辺の壁を叩き壊したいくらいの衝動を、サンズは必死にポケットの中で拳を握りしめて抑え込んだ。
ここでオイラが取り乱したら、この子は本当に壊れてしまう。
サンズはゆっくりと深呼吸をし、いつもの、でもどこか決定的に切ない笑みを浮かべて、ゆきの前に膝をついた。
「……ゆき。パパとママはさ、ちょっと遠くの町まで、お前さんの大好きな美味しい星を、たくさん毟り取りに行ってるだけだよ。……だから、戻ってくるまで時間がかかるんだわ」
「星を……? 本当……?」
「ああ。オイラが嘘ついたことあるか? ……だからさ、あいつらが帰ってくるまで、お前さんはオイラたちの家にいなよ。パピルスの作った、すっごく不味くて温かいスパゲッティでも食べてさ」
「おい! サンズ! ボクのスパゲッティは最高に美味だぞ!」
パピルスがいつもの調子で怒鳴った。その声は少し震えていたけれど、サンズの意図を汲み取り、必死にいつもの「偉大なるパピルス様」を演じようとしていた。
「そうだぞ、ゆき! パパたちが帰るまで、キミはボクの特別なお客様だ! さあ、中へ入るのだ。特製のホットミルクを作ってやろう!」
パピルスはゆきを軽々と抱き上げると、リビングの暖かい暖炉の側へと運んでいった。
一人、玄関に残されたサンズは、開けっ放しのドアから外の暗闇を見つめた。風に乗って、遠くから微かに、何かが消え去るような乾いた音が聞こえた気がした。人一倍耳の良いゆきには、きっともう、その残酷な世界の崩壊の音が届き始めているのかもしれない。
サンズはポケットの中で、じわりと左目に青い炎を宿しかけ――それを冷酷に消し去った。
「……待ってなよ、ゆき」
静かにドアを閉め、鍵をかける。
誰もいなくなった世界になる前に、この小さくて不器用な大ファンだけは、どんな手を使ってでも、自分の骨の命が尽きるその瞬間まで守り抜いてみせる。サンズは心の中で、誰にも聞こえない静かな誓いを立て、暖かい光の灯るリビングへと歩き出すのだった。
