うさぎのモンスターと骨兄弟

リセット。

それは、あの不気味な人間だけが持つ、時間を我が物顔で巻き戻す悪魔の力。
世界がどれほど無残に引き裂かれようとも、そのボタンひとつで時間は巻き戻り、塵となったモンスターたちも、血に染まったスノーフルの雪も、すべてが何事もなかったかのように「元通り」になる。

そして、巻き戻った世界の住人たちは、前の時間軸で起きた惨劇を何ひとつ覚えていない。
……時間の歪みを観測できる、スケルトンのサンズという例外を除いては。

そのはずだった。

今回の世界は、最悪の結末――あのGルートを迎えた末にリセットされた。
新しく始まった世界。スノーフルにはいつも通りの冷たい風が吹き、グリルビーズのネオンが灯り、パピルスは楽しそうにパズルの見回りをしている。すべてが元通りに繰り返される、いつも通りの平和な日常。

だが、その繰り返される世界の歯車の中に、どうしても噛み合わない、交わらない異物がひとつだけ存在していた。

「――サンズ!! サンズ、あいたかった、サンズぅ……!!」

スノーフルの町の中心。いつも通りポケットに手を突っ込んで歩いていたサンズの視界に、白い影が飛び込んできた。

ゆきだった。
けれど、その様子は明らかにおかしかった。いつもなら楽しそうにピョンピョンと跳ね回るはずの小さな手足は激しく震え、自慢の大きな耳は恐怖で完全に後ろへと伏せられている。何より、その小さな顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れ、狂ったように叫びながらサンズの元へ猛ダッシュしてきたのだ。

「お、おい、ゆき……?」

サンズがいつもの気怠げな声をかける暇すらなかった。
ゆきはサンズの青いパーカーの腹のあたりに文字通り激突するように飛び込み、その小さな手で狂気じみた力強さで布地をぎゅっと掴みしめた。

「サンズ! みんなが……みんなが死んじゃったの! お父さんもお母さんも、あの人間に殺されて、目の前でパウダーになっちゃったの! パピルスも、みんな、みんな死んじゃったのぉ!!」

火がついたように泣き叫ぶゆきの声が、静かなスノーフルに響き渡る。

「すごく、すごく怖くて……! 物陰でぶるぶる震えてたら、サンズが助けてくれて……! それで、サンズが『さいごのしんぱん』にいくって言って、そのまま、そのまま……うわぁぁぁん!!」

サンズの全身の骨が、一瞬で凍りついた。
いつも不変であるはずの顔の笑みが、今度ばかりは完全に消え失せる。

(……なんで、お前さんがそれを知ってる?)

サンズの脳内を、未曾有の衝撃と戦慄が駆け巡る。
ゆきが口にしている内容は、夢なんかじゃない。前の世界で、あの人間が引き起こした「最悪の惨劇」そのものだった。ゆきが物陰で震えていたことも、オイラがショートカットで彼女を避難させたことも、最後に交わしたあの不器用なダジャレのやり取りも、すべてが寸分狂わず、ゆきの口から語られている。

リセットを感知し、記憶を引き継げるのは、世界でオイラとあの人間、そしてフラウィくらいのはずだった。ただの子供のうさぎモンスターであるゆきが、前の時間軸の記憶を持っているはずがないのだ。

だが、ゆきは今、確かに前の世界の地獄を「覚えて」いる。
人一倍、いやモンスター一倍いい耳を持つゆき。前の世界で、肉親が塵になる音を、世界の崩壊していく音を、その良すぎる耳で、魂の奥底まで聴き届けてしまったからなのか。リセットの光をすり抜けて、その残酷な記憶が、小さな魂に刻み込まれてしまっていた。

「……あ、あたまが痛いの……耳の奥で、ずっとあの人間の足音が聴こえるの……っ、サンズ、おねがい、たすけて……!」

過呼吸気味になりながら、サンズのパーカーに顔を汚して泣き続けるゆき。
その小さな身体は、今もあの物陰で震えていた時と全く同じように、ガタガタと激しく震えていた。

サンズの胸の奥に、言葉にできないほどの激しい怒りと、そしてそれを上回る圧倒的な庇護欲が湧き上がってきた。

リセットされたこの世界で、パピルスも、ゆきの両親も、笑って過ごしている。何も知らずに、生きている。
なのに、この一番小さくて、脆くて、守られるべきはずの子供だけが、前の世界の恐怖を一人で背負わされ、今もなお地獄の地続きに立たされているのだ。

「……ゆき」

サンズはゆっくりと屈み込み、ポケットから両手を出した。
そして、泣き叫ぶゆきの小さな身体を、その骨の手で、壊れ物を扱うように優しく、けれど絶対に離さないという強い意志を込めて、ぎゅっと抱きしめた。

「サンズ……ひっ、うわぁぁん……!」

「大丈夫だ。大丈夫だから、オイラの声をよく聴きな」

サンズはゆきの大きな耳のすぐ側で、いつになく低く、落ち着いた、確かな声を響かせた。

「いいか、それは夢だ。ただの、すっごく質の悪い悪夢さ。……ほら、耳を澄ませてみろよ。あの人間の足音なんて、どこからも聴こえないだろ?」

サンズはゆきの背中をぽんぽんと優しく叩きながら、周囲の「音」を意識させるように語りかける。

「聴こえるのは、いつも通りのスノーフルの風の音だ。それから……ほら、遠くの方でパピルスが『パズルが完璧すぎるーーーッ!』って叫んでる間抜けな声も、お前さんのいい耳なら聴こえるはずだぜ」

「パピルス……? ……あ、うん……きこえる……」

ゆきはサンズの胸に顔を埋めたまま、ひっく、と息を吐きながら、必死に耳を澄ませた。
確かに、遠くから大好きなパピルスの、元気いっぱいの怒鳴り声が聴こえてくる。前の世界で失われたはずの、優しい町の音が、確かに響いている。

「な? みんな生きてる。お前さんの父さんも母さんも、今頃家で飯の準備でもしてやがるよ。……だから、もう泣くな」

サンズはゆきを腕の中から少しだけ離すと、そのぐしゃぐしゃになった顔を、自分のパーカーの袖で優しく拭ってやった。そして、いつもの、あの永久不変の笑みをその顔に浮かべる。

「お前さんがそんなに泣き顔の『雪うさぎ』になってたらさ、オイラまで悲しくなって、胸の『骨(ほね)』が折れちゃうぜ。……ほら、オイラのダジャレ、いつも通り面白くないだろ?」

ゆきは涙がたまった大きな目でサンズを見つめた。
サンズの言う通り、世界は元通りになっている。けれど、サンズが自分を抱きしめてくれるその手の温かさや、ダジャレを言って安心させようとしてくれるそのトーンは、あの地獄の終わりで自分を救ってくれた「あの時のサンズ」と、完全に重なっていた。

「……うん。ぜんぜん、おもしろくない……」

ゆきはそう呟くと、ようやく少しだけ安心したように、へにゃりと長い耳を寝かせてサンズの胸に再び寄りかかった。

「へへ、そいつはよかった」

サンズはゆきの頭を撫でながら、その視線を、スノーフルの入り口の方向へと向けた。
その瞳の奥の白い光は、いつになく冷たく、鋭くギラついていた。

ゆきに記憶が残ってしまった理由は分からない。だが、これだけは確実だ。
もし、あの人間がまたこの世界にやってきて、同じことを繰り返そうとするならば。この小さな大ファンに、二度とあんな恐怖の音を聴かせるような真似をするならば。

(……今度こそ、ただの『バッドタイム』じゃ済まさねえぞ、ガキ)

サンズは腕の中の小さな命の重みを感じながら、今度こそこの不器用で愛おしい大ファンを、世界の崩壊から私利私欲のすべてを懸けて守り抜くことを、その魂の奥底で静かに、冷酷に誓うのだった。
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