うさぎのモンスターと骨兄弟
ただでさえ普段からふわふわの毛をそこら中に残していくゆきだったが、季節が変わり、「換毛期」がやってくるとその被害は桁違いになった。
ゆきがその場でちょっと身震いをしたり、ぴょんぴょんと跳ね回ったりするだけで、まるでスノーフルの吹雪が室内で再現されたかのように、白い抜け毛が文字通り部屋中に舞い散るのだ。
ついにスノーフルの図書館の司書からも、グリルビーズのマスターからも、「ゆきちゃん、可愛いんだけど室内で毛を撒き散らすのはちょっと勘弁してほしいな……」と、やんわり、しかし切実に注意されてしまった。
大好きな場所を出入り禁止になったら大変だ。そう思ったゆきは、町の広場にあるベンチに腰掛け、小さな手で自分の体をペシペシと叩きながら、浮いた毛を自力で必死にむしり始めた。
「むむむ……! ぬけないで! お部屋のなかでは、ぬけないでよぉ……!」
しかし、うさぎの換毛期はそんな根性論でどうにかなるものではない。むしればむしるほど、手足の先から無限に白い毛束が溢れ出てきて、ゆきの周りはあっという間に自分の毛でできた小さな雪山のようになっていく。
「お、おいおい。何やってんだよ、ゆき」
通りかかったサンズが、その奇妙な光景に足を止めた。ポケットに両手を突っ込んだまま、ベンチの横にうずたかく積まれた白い毛の山と、涙目になりながら自分の毛をむしり続けているゆきを交互に見つめる。
「サンズ……! 私の毛、お部屋の中でたくさん抜けちゃうから、ダメって言われちゃったの。だから、今ここで全部ぬいてるの……!」
ゆきは真っ赤な顔をして、ハァハァと息を切らせながら、なおも自分の背中の毛を掴んで引っ張ろうとした。
「っ、おい、やめろバカ。そんな力任せにむしったら、ハゲちまうだろ」
サンズは慌ててポケットから手を出し、ゆきの小さな両手を掴んで止めさせた。
いつもなら「毛が抜けるなら、いっそオイラみたいに骨だけになっちまえば楽だぜ」なんてくだらないダジャレを飛ばすところだが、ゆきの手元を見ると、無理に引っ張ったせいで地肌が少し赤くなっている。その痛々しい様子を見た瞬間、サンズの胸の奥に、あのいつもの強烈な庇護欲と、放っておけない焦燥感が一気に湧き上がってきた。
「痛っ……、でも、こうしないとグリルビーズに入れないもん……」
しゅんとして大きな耳をへにゃりと寝かせるゆき。その無防備で不器用な姿が、サンズの理性を簡単に揺さぶる。
「……ハハ、ほんと、お前さんは加減ってものを知らないねぇ」
サンズは呆れたように息を吐くと、掴んでいたゆきの手を優しく離し、代わりに自分の青いパーカーのポケットをごそごそと探った。取り出したのは、パピルスがいつも自分の戦闘用ボディを整えるのに使っている、目の細かい犬用のブラシだった(なぜかサンズが預かっていたものだ)。
サンズはベンチのゆきの隣にどさりと腰掛け、そのブラシをゆきの背中にそっと当てた。
「じっとしてな。無理に毟らなくたって、これを使えば綺麗に取れるからさ」
「わあ……! なんかトゲトゲしてる」
「トゲトゲじゃねえよ。ほら、力を抜いて」
サンズの骨の手が、驚くほど優しい手つきでブラシを動かし始める。
ひとなでするたびに、ゆきの体を覆っていた余分な抜け毛が、まるでお菓子の綿あめみたいに綺麗にブラシに絡め取られていった。さっきまであんなに苦戦していたのが嘘のように、みるみるうちに体が軽くなっていく。
「すごーい! サンズ、魔法みたい! 全然痛くないよ!」
「魔法じゃなくて、ただのブラッシングだ。……お前さんが毎日オイラの後ろをぴょんぴょん跳ね回るからさ、オイラのパーカーにも結構毛がついてんだよ。だから、これはオイラのためでもあるわけ」
サンズはいつもの永久不変の笑みを浮かべながら、ゆきの長い耳の付け根や、お腹のあたりまで、本当に丁寧に、傷つけないようにゆっくりとブラシをかけてやった。
ゆきはサンズの手の心地よさに、次第にウトウトとし始め、大きな耳をピコピコと幸せそうに揺らした。
「サンズのブラッシング、すっごく気持ちいいなぁ……。毎日やってほしいな……」
「毎日、ねぇ……。オイラ、ぐうたらで有名だからさ、そんな『骨(ほね)』の折れるルーティンワークが続くかどうかは、お前さんがどれだけオイラのダジャレを褒めてくれるかにかかってるぜ?」
「ん、いくらでも、褒めるよぅ……」
すっかり眠気に負けて、サンズの青いパーカーの脇腹に頭を預けて眠り始めたゆき。
サンズはブラシを動かす手を止め、自分の体に預けられたその小さな、暖かな重みを見つめた。これだけ毛が抜けても、ゆきはやっぱりふわふわで、小さくて、脆い。
「……たく、調子狂うなぁ」
サンズは小さく呟くと、ゆきが風邪を引かないように、自分のパーカーの裾を少しだけ引っ張ってその小さな体を覆ってやった。
舞い散る白い毛が、まるでスノーフルに降る本物の雪のように、二人の周りを静かに、そして暖かく包み込んでいた。
ゆきがその場でちょっと身震いをしたり、ぴょんぴょんと跳ね回ったりするだけで、まるでスノーフルの吹雪が室内で再現されたかのように、白い抜け毛が文字通り部屋中に舞い散るのだ。
ついにスノーフルの図書館の司書からも、グリルビーズのマスターからも、「ゆきちゃん、可愛いんだけど室内で毛を撒き散らすのはちょっと勘弁してほしいな……」と、やんわり、しかし切実に注意されてしまった。
大好きな場所を出入り禁止になったら大変だ。そう思ったゆきは、町の広場にあるベンチに腰掛け、小さな手で自分の体をペシペシと叩きながら、浮いた毛を自力で必死にむしり始めた。
「むむむ……! ぬけないで! お部屋のなかでは、ぬけないでよぉ……!」
しかし、うさぎの換毛期はそんな根性論でどうにかなるものではない。むしればむしるほど、手足の先から無限に白い毛束が溢れ出てきて、ゆきの周りはあっという間に自分の毛でできた小さな雪山のようになっていく。
「お、おいおい。何やってんだよ、ゆき」
通りかかったサンズが、その奇妙な光景に足を止めた。ポケットに両手を突っ込んだまま、ベンチの横にうずたかく積まれた白い毛の山と、涙目になりながら自分の毛をむしり続けているゆきを交互に見つめる。
「サンズ……! 私の毛、お部屋の中でたくさん抜けちゃうから、ダメって言われちゃったの。だから、今ここで全部ぬいてるの……!」
ゆきは真っ赤な顔をして、ハァハァと息を切らせながら、なおも自分の背中の毛を掴んで引っ張ろうとした。
「っ、おい、やめろバカ。そんな力任せにむしったら、ハゲちまうだろ」
サンズは慌ててポケットから手を出し、ゆきの小さな両手を掴んで止めさせた。
いつもなら「毛が抜けるなら、いっそオイラみたいに骨だけになっちまえば楽だぜ」なんてくだらないダジャレを飛ばすところだが、ゆきの手元を見ると、無理に引っ張ったせいで地肌が少し赤くなっている。その痛々しい様子を見た瞬間、サンズの胸の奥に、あのいつもの強烈な庇護欲と、放っておけない焦燥感が一気に湧き上がってきた。
「痛っ……、でも、こうしないとグリルビーズに入れないもん……」
しゅんとして大きな耳をへにゃりと寝かせるゆき。その無防備で不器用な姿が、サンズの理性を簡単に揺さぶる。
「……ハハ、ほんと、お前さんは加減ってものを知らないねぇ」
サンズは呆れたように息を吐くと、掴んでいたゆきの手を優しく離し、代わりに自分の青いパーカーのポケットをごそごそと探った。取り出したのは、パピルスがいつも自分の戦闘用ボディを整えるのに使っている、目の細かい犬用のブラシだった(なぜかサンズが預かっていたものだ)。
サンズはベンチのゆきの隣にどさりと腰掛け、そのブラシをゆきの背中にそっと当てた。
「じっとしてな。無理に毟らなくたって、これを使えば綺麗に取れるからさ」
「わあ……! なんかトゲトゲしてる」
「トゲトゲじゃねえよ。ほら、力を抜いて」
サンズの骨の手が、驚くほど優しい手つきでブラシを動かし始める。
ひとなでするたびに、ゆきの体を覆っていた余分な抜け毛が、まるでお菓子の綿あめみたいに綺麗にブラシに絡め取られていった。さっきまであんなに苦戦していたのが嘘のように、みるみるうちに体が軽くなっていく。
「すごーい! サンズ、魔法みたい! 全然痛くないよ!」
「魔法じゃなくて、ただのブラッシングだ。……お前さんが毎日オイラの後ろをぴょんぴょん跳ね回るからさ、オイラのパーカーにも結構毛がついてんだよ。だから、これはオイラのためでもあるわけ」
サンズはいつもの永久不変の笑みを浮かべながら、ゆきの長い耳の付け根や、お腹のあたりまで、本当に丁寧に、傷つけないようにゆっくりとブラシをかけてやった。
ゆきはサンズの手の心地よさに、次第にウトウトとし始め、大きな耳をピコピコと幸せそうに揺らした。
「サンズのブラッシング、すっごく気持ちいいなぁ……。毎日やってほしいな……」
「毎日、ねぇ……。オイラ、ぐうたらで有名だからさ、そんな『骨(ほね)』の折れるルーティンワークが続くかどうかは、お前さんがどれだけオイラのダジャレを褒めてくれるかにかかってるぜ?」
「ん、いくらでも、褒めるよぅ……」
すっかり眠気に負けて、サンズの青いパーカーの脇腹に頭を預けて眠り始めたゆき。
サンズはブラシを動かす手を止め、自分の体に預けられたその小さな、暖かな重みを見つめた。これだけ毛が抜けても、ゆきはやっぱりふわふわで、小さくて、脆い。
「……たく、調子狂うなぁ」
サンズは小さく呟くと、ゆきが風邪を引かないように、自分のパーカーの裾を少しだけ引っ張ってその小さな体を覆ってやった。
舞い散る白い毛が、まるでスノーフルに降る本物の雪のように、二人の周りを静かに、そして暖かく包み込んでいた。
