うさぎのモンスターと骨兄弟

しんしんと降り積もる雪は、もう町を白く美しく飾るものではありませんでした。
それは、ただただ冷酷に、消え去ったモンスターたちの「塵」を覆い隠していくための、灰色の帳のようでした。
スノーフルの物陰。凍えるような風が吹き抜ける木箱の隙間で、ゆきは小さく丸まっていました。
自慢の大きな耳は、恐怖のあまり頭の後ろへ完全に伏せられています。
「お母さん……、お父さん……」
思い出すのは、ついさっきの出来事。
足音もなく現れた、あの不気味な人間。感情のない目でナイフを構えた子供の前に、両親はゆきを背中に隠して立ちはだかりました。
『逃げなさい、ゆき!』
それが、最後に聞いた言葉。
人一倍、いやモンスター一倍いい耳を持つゆきは、聞きたくもない「音」をすべて聞いてしまいました。
肉を切り裂く鈍い音。両親の悲鳴。そして――ガラスが割れるように儚く、二人の身体が「塵」へと還っていく乾いた音。
ゆきは必死に走って、この物陰に隠れました。
でも、もう一歩も動けません。
(動いちゃダメだ……。ここを離れたら、あの足音が聞こえてくる。人間に見つかったら、次は私が殺されちゃう……)
あまりの恐怖に、奥歯がガタガタと鳴り、全身の震えが止まりません。耳が良いことが、今は完全に仇となっていました。遠くで聞こえる風の音、雪が木の枝から落ちる音、そのすべてが「あの人間の足音」に聞こえて、胸が張り裂けそうになるのです。
その時。
ザッ……。
すぐ近くで、雪を踏みしめる音が響きました。
ひときわハッキリと聞こえたその音に、ゆきは息を止め、ぎゅっと目を閉じました。
(きた。ついに、私を殺しにきたんだ――)
「……こんなところで、何してんだよ」
聞き覚えのある、低くて、少し掠れた声。
ゆきが恐る恐る目を開けると、そこには青いパーカーを着たスケルトン――サンズが立っていました。
いつもの、永久不変の笑顔。
でも、その両目はいつもと違って、深い闇のように真っ黒に落ち込んでいました。彼のトレードマークである白い光(まなこ)は、どこにもありません。
「サ、サンズ……?」
ゆきの声は、震えてかすれていました。サンズの姿を見た瞬間、張り詰めていた糸が切れ、大きな瞳からボロボロと涙が溢れ出します。
「サンズ、私……お父さんと、お母さんが……! 私を守るために、あの人間に……。私、怖くて、動けなくて……! 次は私が殺されるかもしれないって思ったら、どこにも行けなくて……!」
溢れ出す恐怖と悲しみを、ゆきは必死に言葉にしようとしました。
サンズは黙ってそれを聞いていました。いつもなら、こんな時でも場を和ませるような軽いジョークを言ってくれるはずの彼が、今は何も言いません。ただ、静かにゆきの前に屈み込みました。
サンズの視線が、ゆきの震える大きな耳へと向けられます。
「……いい耳をしてるお前さんだ。聞きたくないものまで、全部聞こえちまったんだな」
サンズの声は静かでしたが、その奥には底知れない怒りと、そして痛切な悲しみが混ざり合っているのを、ゆきの耳は敏感に感じ取りました。
「ここはもう危ない。この先、あの『最悪なガキ』がまた戻ってくるかもしれない」
サンズはポケットから手を出すと、そっとゆきの頭に手を置きました。骨の冷たさの中に、不思議と確かな安心感がありました。
「オイラのショートカットなら、奴に見つからずに安全な場所まで連れてってやれる。……オイラと一緒に来るか?」
ゆきは涙を拭い、小さく頷きました。
サンズの骨の手を、ぎゅっと握りしめます。
「……うん。おねがい、サンズ……」
「よし。じゃあ、ちょっと目を閉じてな」
サンズがそう言った次の瞬間、視界がふっと暗転しました。
スノーフルの冷たい風の音も、恐怖に満ちた空気も、すべてが一瞬で消え去ります。
次にゆきが目を開けたとき、そこは静かで、どこか見覚えのある、でも人間が簡単には来られない安全な場所でした。
サンズはゆきを座らせると、いつものようにポケットに両手を突っ込み、少しだけ背を向けました。
「ここにいれば、あいつは追ってこられない。少し休みなよ」
「サンズ……サンズは、どうするの……?」
ゆきが不安げに尋ねると、サンズの背中が、一瞬だけピクリと動きました。彼のフードの影から、一筋の鋭い青い光が ―― まるで静かに燃える炎のような光が、一瞬だけ漏れ出たのを、ゆきは見逃しませんでした。
サンズは振り返り、いつもの、でもどこか寂しげな笑みを浮かべました。
「オイラか? オイラはちょっと……『最後の審判』の準備をしにいかなきゃならなくてさ」
その言葉の意味を、ゆきは深くは理解できませんでした。でも、サンズがこれから、自分たちのすべてを奪ったあの人間と、命を懸けて対峙しようとしていることだけは、その声のトーンで痛いほど伝わってきました。
「サンズ……死んじゃ嫌だよ……。お願いだから、行かないで……」
ゆきが縋るように言うと、サンズは小さく息を吐き、ゆきの頭をもう一度、ぽんぽんと叩きました。
「心配すんなって。オイラはスケルトンだぜ? もうこれ以上、『骨(ほね)』の折りようがないくらい、タフにできてるのさ」
こんな状況だというのに。
親を殺され、世界が崩壊しかけているこんな絶望的な状況だというのに。
サンズは、ゆきのために、いつものダジャレを言ったのです。
ゆきは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、小さく、本当に小さく吹きこぼれました。
「……ううん。今の、ぜんぜん面白くないよ……、サンズ……」
「ハハ、手厳しいねぇ。……じゃあ、オイラの最高の大ファン。お留守番、頼んだぜ」
それが、サンズの最後の言葉でした。
ゆきが瞬きをした一瞬の隙に、青いパーカーの姿は、跡形もなくその場から消え去っていました。
静まり返った空間で、ゆきは自分の胸に手を当てました。
耳を澄ませば、もう人間の恐ろしい足音は聞こえません。代わりに、さっきサンズが残していった、不器用で、優しくて、少しだけ寂しいダジャレの響きが、ゆきの心の中にずっと、暖かく残り続けていました。
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