うさぎのモンスターと骨兄弟
グリルビーズの店内は、いつも通り紫色の炎をまとったマスターがグラスを磨く音と、常連たちの低い話し声で満たされていた。
そんな大人の社交場のような空間のカウンター席に、小さな影がひとつ、ちょこんと腰掛けていた。長い耳をパタパタと揺らすうさぎのモンスター、ゆきだ。
その目の前には、ウッドプレートに綺麗に盛られた、細切りのフレッシュなニンジン。
グリルビーズのメニューにはない特注品だが、マスターがこの小さな常連のためにわざわざ用意してくれたものだった。
「ポリ……ポリ……」
静かな店内に、とても小さくて小気味いい音が響く。
ゆきは小さな両手でニンジンを大事そうに持ち、小さな口を素早く動かして、本当に一口ずつ、ちびちびと音を立てて食べていた。その姿は、まるで絵本から飛び出してきた本物の小動物のようだ。
カウンターの少し離れた席では、常連の犬のモンスターたちが、いつもなら荒々しくトランプを投げ合っているはずの手を止め、全員が揃ってゆきの方をじーっと見つめていた。
「おい、見ろよ……あの一口の小ささ……」
「なんてこった、胸がキュンとしてトランプの数字が見えねえ……」
普段は騒がしい店内が、ゆきがニンジンを齧るたびに、まるで壊れ物を扱うかのような、何とも言えない優しい静寂と和やかな空気に包まれていく。マスターのグラスを磨く手つきすら、いつもより心なしかゆっくりで、静かだった。
そんな店内の中心で、青いパーカーのフードを被ったサンズは、ゆきの隣の席でケチャップのボトルを弄びながら、ニヤニヤと笑っていた。
「よお、ゆき。お前さん、そんなにちびちび食べてたら、そのニンジンが全部すり下ろされて消えちまうんじゃねえか? もっと豪快にガブッといきなよ」
「むぅ、サンズったら。うさぎはこうやって食べるのが一番美味しいの! それに、サンズの『ツケ』で食べてるんだから、大事に味わわなきゃダメでしょ?」
ゆきはニンジンを咥えたまま、ぷくっと頬を膨らませてサンズを見上げた。
「ハハ、そいつは痛いところを突かれた。オイラのツケがさらに『骨(ほね)』折損になる前に、味わって食べてくれるなら何よりだわ」
サンズはいつものようにポケットに両手を突っ込んだまま、呆れたようにウインクしてみせる。だが、その視線は、自分の隣で一生懸命に小さな手足を動かしてニンジンを齧るゆきから離れなかった。
(ほんと……見てるだけで調子が狂うぜ)
この過酷な地下の世界で、これほど無防備で、ただニンジンを食べているだけで周りを骨抜きにしてしまうような生き物が、オイラの後ろをついてまわっている。その事実が、サンズの胸の奥にある空洞を、どうしようもないほどの温かさと強い庇護欲で満たしていく。
「ポリ……ポリ……、ん、おいしい!」
満足そうに長い耳をピンと立てて笑うゆきを見て、店内の犬のモンスターたちが一斉に悶絶したように頭を抱えた。
「やれやれ。お前さん、存在自体がちょっとした凶器だな。常連たちのハートが『骨(ほね)』抜きにされてやがる」
サンズはそう呟くと、ポケットから片手を出して、ゆきの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「まぁ、オイラのツケの額がどこまで膨らもうが、お前さんがそうやって美味そうに食ってくれるなら、いくらでも払って(溜めて)やるよ。だから、好きなだけおかわりしな」
「本当!? サンズ、大好き! じゃあ、次はホットミルクもおねがい!」
「へへ、お安い御用だ。……おい、マスター。この『大食いさん』に、一番甘いホットミルクをツケで頼むわ」
誰もが笑顔になるポカポカとしたグリルビーズの店内で、サンズは愛おしい小さな影を見守りながら、穏やかな時間をいつまでも楽しむのだった。
そんな大人の社交場のような空間のカウンター席に、小さな影がひとつ、ちょこんと腰掛けていた。長い耳をパタパタと揺らすうさぎのモンスター、ゆきだ。
その目の前には、ウッドプレートに綺麗に盛られた、細切りのフレッシュなニンジン。
グリルビーズのメニューにはない特注品だが、マスターがこの小さな常連のためにわざわざ用意してくれたものだった。
「ポリ……ポリ……」
静かな店内に、とても小さくて小気味いい音が響く。
ゆきは小さな両手でニンジンを大事そうに持ち、小さな口を素早く動かして、本当に一口ずつ、ちびちびと音を立てて食べていた。その姿は、まるで絵本から飛び出してきた本物の小動物のようだ。
カウンターの少し離れた席では、常連の犬のモンスターたちが、いつもなら荒々しくトランプを投げ合っているはずの手を止め、全員が揃ってゆきの方をじーっと見つめていた。
「おい、見ろよ……あの一口の小ささ……」
「なんてこった、胸がキュンとしてトランプの数字が見えねえ……」
普段は騒がしい店内が、ゆきがニンジンを齧るたびに、まるで壊れ物を扱うかのような、何とも言えない優しい静寂と和やかな空気に包まれていく。マスターのグラスを磨く手つきすら、いつもより心なしかゆっくりで、静かだった。
そんな店内の中心で、青いパーカーのフードを被ったサンズは、ゆきの隣の席でケチャップのボトルを弄びながら、ニヤニヤと笑っていた。
「よお、ゆき。お前さん、そんなにちびちび食べてたら、そのニンジンが全部すり下ろされて消えちまうんじゃねえか? もっと豪快にガブッといきなよ」
「むぅ、サンズったら。うさぎはこうやって食べるのが一番美味しいの! それに、サンズの『ツケ』で食べてるんだから、大事に味わわなきゃダメでしょ?」
ゆきはニンジンを咥えたまま、ぷくっと頬を膨らませてサンズを見上げた。
「ハハ、そいつは痛いところを突かれた。オイラのツケがさらに『骨(ほね)』折損になる前に、味わって食べてくれるなら何よりだわ」
サンズはいつものようにポケットに両手を突っ込んだまま、呆れたようにウインクしてみせる。だが、その視線は、自分の隣で一生懸命に小さな手足を動かしてニンジンを齧るゆきから離れなかった。
(ほんと……見てるだけで調子が狂うぜ)
この過酷な地下の世界で、これほど無防備で、ただニンジンを食べているだけで周りを骨抜きにしてしまうような生き物が、オイラの後ろをついてまわっている。その事実が、サンズの胸の奥にある空洞を、どうしようもないほどの温かさと強い庇護欲で満たしていく。
「ポリ……ポリ……、ん、おいしい!」
満足そうに長い耳をピンと立てて笑うゆきを見て、店内の犬のモンスターたちが一斉に悶絶したように頭を抱えた。
「やれやれ。お前さん、存在自体がちょっとした凶器だな。常連たちのハートが『骨(ほね)』抜きにされてやがる」
サンズはそう呟くと、ポケットから片手を出して、ゆきの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「まぁ、オイラのツケの額がどこまで膨らもうが、お前さんがそうやって美味そうに食ってくれるなら、いくらでも払って(溜めて)やるよ。だから、好きなだけおかわりしな」
「本当!? サンズ、大好き! じゃあ、次はホットミルクもおねがい!」
「へへ、お安い御用だ。……おい、マスター。この『大食いさん』に、一番甘いホットミルクをツケで頼むわ」
誰もが笑顔になるポカポカとしたグリルビーズの店内で、サンズは愛おしい小さな影を見守りながら、穏やかな時間をいつまでも楽しむのだった。
