うさぎのモンスターと骨兄弟
吹雪のやんだスノーフルの道を、いつもとは明らかに違う「音」が響いていた。
ドサッ、べちゃっ、ピョーーーン!
不規則極まりない足音の主は、ゆきだった。
見ると、その小さな顔はリンゴのように真っ赤に染まっていて、自慢の長い耳は千鳥足ならぬ「千鳥耳」とばかりに左右へぐにゃぐにゃと揺れている。そのまま、まるでネジの切れたおもちゃみたいに、勢いよくピョンピョンと意味もなく跳ね回っていた。
「お、おいおい、どうしたゆき。顔が真っ赤だぞ。……ついに茹でうさぎにでもなる決意を固めたか?」
通りかかったサンズが声をかけると、ゆきはピタッと動きを止め、ぐるぐると回る目でサンズを凝視した。
「あぁ〜〜! サンジュだぁ〜〜! ヒック……! サンジュ、おめめがふたつあるねぇ〜〜!」
「そりゃあるさ、骨だけどな。……っていうか、お前さん、喋り方がおかしいぞ。風邪でも引いて熱があるのか?」
サンズはいつもの気怠げな態度を引っ込め、少しだけ眉の骨をひそめてゆきに近づいた。手を伸ばしてその額に触れようとしたが、ゆきは「きゃははは!」と笑いながらその場でくるくるとダンスを始めた。
「ちがうよ〜ぅ! かじぇじゃないもん! さっきね、裏通りでキラキラしたガラスのボトルが割れててね、なかにゴクゴクおいしいお水が入ってたの! もったいないから、ペロペロお掃除してあげたんだぁ〜!」
「……は?」
サンズの動きが止まる。裏通り。割れたボトル。おいしいお水。
そのフレーズを脳内で繋ぎ合わせた瞬間、サンズの脳裏に、グリルビーズの裏に不法投棄されている「犬用ビール(アルコール度数高め)」の空き瓶が浮かび上がった。
「お前……それ、ビールだろ。それも、割れた瓶のやつか!?」
「びーる? わかんない! でもね、のんだら胸がポカポカして、世界がぜんぶ、サンズのダジャレみたいに面白くなってきたの! ピょ〜〜〜〜ん!」
再び大ジャンプをキメようとしたゆきの体を、サンズは慌てて両手でキャッチした。
抱きかかえた小さな体からは、甘ったるい麦の匂いと、あきらかな酒臭さが漂ってくる。それだけじゃない。ゆきの口元や小さな手足に、ガラスの破片でついた傷がないかを、サンズは目(まなこ)の光を鋭くして必死に確かめた。
「っ、このバカ……!」
サンズの声から、いつもの余裕が完全に消え失せていた。
「何が『もったいない』だ! 割れた瓶の中身を飲むなんて、どこのどいつがそんな危ねえこと教えたんだよ!? ガラスの破片を飲み込んでたらどうするつもりだったんだ!? もし喉でも切ってたら……!」
「さんじゅ、おこってるのぉ……?」
急に低い声になったサンズに、ゆきは赤い顔のまま、しゅんとして大きな耳をへにゃりと寝かせた。
その弱々しい姿を見て、サンズは胸の奥がキリキリと締め付けられるような、強烈な庇護欲と焦燥感に襲われた。この小さな生き物は、本当に目を離すとすぐに壊れてしまいそうになる。
サンズは大きくため息をつき、ゆきを落とさないようにぎゅっと腕の中に抱きすくめた。
「怒ってねえよ。……いや、怒ってる。お前さんにじゃなくて、そんなもんを放置した奴らにな」
サンズはゆきの耳元で、普段の彼からは想像もつかないほど、真剣で、切実な声を響かせた。
「いいか、ゆき。よく聞け。……落ちてるもんを拾い食い(飲み)するくらいなら、オイラに言え。喉が渇いたなら、腹が減ったなら、いつでもオイラのポケットを引っ張れ。グリルビーズで、オイラがいくらでも奢ってやるから」
「サンズが……おごってくれるの……?」
「ああ。ポテトでも、ホットミルクでも、お前さんが満足するまでいくらでもな。だから……あんな汚くて危ねえもん、二度と口にするんじゃねえぞ」
いつもなら「奢るなんてめんどくせえ」と言うはずのサンズが、本気で、心の底からこの小さな命を心配して、必死に言い聞かせている。
「う、うん……。ごめんなさい、サンズ……。もうしないよぅ……」
アルコールが回って眠くなってきたのか、ゆきはサンズの青いパーカーに顔を埋めて、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
「……ったく。調子が狂うぜ」
サンズは小さく呟くと、眠りこけたゆきを優しく抱き直した。
「さてと……。まずはこの『酔っ払いさん』を家に送り届けて、アルコールを抜く方法をパピルスに相談するか。……それから、裏通りのゴミを片付けた奴のところに、ちょっとした『バッドタイム』を届けにいかなきゃならねえな」
いつもの永久不変の笑みを少しだけ冷たいものに変えながら、サンズは静かに雪を踏みしめ、歩き出すのだった。
ドサッ、べちゃっ、ピョーーーン!
不規則極まりない足音の主は、ゆきだった。
見ると、その小さな顔はリンゴのように真っ赤に染まっていて、自慢の長い耳は千鳥足ならぬ「千鳥耳」とばかりに左右へぐにゃぐにゃと揺れている。そのまま、まるでネジの切れたおもちゃみたいに、勢いよくピョンピョンと意味もなく跳ね回っていた。
「お、おいおい、どうしたゆき。顔が真っ赤だぞ。……ついに茹でうさぎにでもなる決意を固めたか?」
通りかかったサンズが声をかけると、ゆきはピタッと動きを止め、ぐるぐると回る目でサンズを凝視した。
「あぁ〜〜! サンジュだぁ〜〜! ヒック……! サンジュ、おめめがふたつあるねぇ〜〜!」
「そりゃあるさ、骨だけどな。……っていうか、お前さん、喋り方がおかしいぞ。風邪でも引いて熱があるのか?」
サンズはいつもの気怠げな態度を引っ込め、少しだけ眉の骨をひそめてゆきに近づいた。手を伸ばしてその額に触れようとしたが、ゆきは「きゃははは!」と笑いながらその場でくるくるとダンスを始めた。
「ちがうよ〜ぅ! かじぇじゃないもん! さっきね、裏通りでキラキラしたガラスのボトルが割れててね、なかにゴクゴクおいしいお水が入ってたの! もったいないから、ペロペロお掃除してあげたんだぁ〜!」
「……は?」
サンズの動きが止まる。裏通り。割れたボトル。おいしいお水。
そのフレーズを脳内で繋ぎ合わせた瞬間、サンズの脳裏に、グリルビーズの裏に不法投棄されている「犬用ビール(アルコール度数高め)」の空き瓶が浮かび上がった。
「お前……それ、ビールだろ。それも、割れた瓶のやつか!?」
「びーる? わかんない! でもね、のんだら胸がポカポカして、世界がぜんぶ、サンズのダジャレみたいに面白くなってきたの! ピょ〜〜〜〜ん!」
再び大ジャンプをキメようとしたゆきの体を、サンズは慌てて両手でキャッチした。
抱きかかえた小さな体からは、甘ったるい麦の匂いと、あきらかな酒臭さが漂ってくる。それだけじゃない。ゆきの口元や小さな手足に、ガラスの破片でついた傷がないかを、サンズは目(まなこ)の光を鋭くして必死に確かめた。
「っ、このバカ……!」
サンズの声から、いつもの余裕が完全に消え失せていた。
「何が『もったいない』だ! 割れた瓶の中身を飲むなんて、どこのどいつがそんな危ねえこと教えたんだよ!? ガラスの破片を飲み込んでたらどうするつもりだったんだ!? もし喉でも切ってたら……!」
「さんじゅ、おこってるのぉ……?」
急に低い声になったサンズに、ゆきは赤い顔のまま、しゅんとして大きな耳をへにゃりと寝かせた。
その弱々しい姿を見て、サンズは胸の奥がキリキリと締め付けられるような、強烈な庇護欲と焦燥感に襲われた。この小さな生き物は、本当に目を離すとすぐに壊れてしまいそうになる。
サンズは大きくため息をつき、ゆきを落とさないようにぎゅっと腕の中に抱きすくめた。
「怒ってねえよ。……いや、怒ってる。お前さんにじゃなくて、そんなもんを放置した奴らにな」
サンズはゆきの耳元で、普段の彼からは想像もつかないほど、真剣で、切実な声を響かせた。
「いいか、ゆき。よく聞け。……落ちてるもんを拾い食い(飲み)するくらいなら、オイラに言え。喉が渇いたなら、腹が減ったなら、いつでもオイラのポケットを引っ張れ。グリルビーズで、オイラがいくらでも奢ってやるから」
「サンズが……おごってくれるの……?」
「ああ。ポテトでも、ホットミルクでも、お前さんが満足するまでいくらでもな。だから……あんな汚くて危ねえもん、二度と口にするんじゃねえぞ」
いつもなら「奢るなんてめんどくせえ」と言うはずのサンズが、本気で、心の底からこの小さな命を心配して、必死に言い聞かせている。
「う、うん……。ごめんなさい、サンズ……。もうしないよぅ……」
アルコールが回って眠くなってきたのか、ゆきはサンズの青いパーカーに顔を埋めて、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
「……ったく。調子が狂うぜ」
サンズは小さく呟くと、眠りこけたゆきを優しく抱き直した。
「さてと……。まずはこの『酔っ払いさん』を家に送り届けて、アルコールを抜く方法をパピルスに相談するか。……それから、裏通りのゴミを片付けた奴のところに、ちょっとした『バッドタイム』を届けにいかなきゃならねえな」
いつもの永久不変の笑みを少しだけ冷たいものに変えながら、サンズは静かに雪を踏みしめ、歩き出すのだった。
