うさぎのモンスターと骨兄弟
ある日の夕方。グリルビーズの店内は、いつも通り紫色の炎をまとったマスターがグラスを磨く音と、常連たちの静かな話し声で満たされていた。
青いパーカーのフードを被ったサンズは、カウンターのいつもの席でケチャップをすすっていた。すると、隣の椅子に小さな影がピョンと飛び乗ってきた。長い耳をパタパタと揺らすうさぎのモンスター、ゆきだった。
「よお、ゆきじゃん。久々だな。最近見かけないから、てっきり雪だるまのコンテストにでも出荷されたかと思ってたぜ」
サンズがいつもの調子でウインクを投げかけると、ゆきは小さなため息をついて、カウンターにペタンと突っ伏した。
「もう、サンズったら。出荷なんかされてないよ。……最近ね、ちょっとお腹が痛くて、あんまり外で遊べなかったんだよね」
「ん? お腹が痛い? ……あー、さてはまたパピルスの特製スパゲッティを無理して完食したな? あいつの料理は、胃袋への『骨(ほね)』折り損だっていつも言ってるだろ。食べ過ぎには気をつけなよ」
クスクスと肩を揺らすサンズ。完全に子供のよくある消化不良だと高を括っていた。
しかし、ゆきは突っ伏したまま、とんでもない言葉をあっけらかんと口にした。
「ううん、スパゲッティじゃないよ。……たぶん、赤ちゃんが産まれるからかな!」
「……は?」
サンズの思考が完全に停止した。
今、この小さなうさぎの口から、およそ聞き馴染みのない単語が飛び出さなかったか。
(……赤ちゃん?)
刹那、サンズの脳内を最悪のバグが駆け巡る。
もともと骨だけの身体に血の気など通っているはずもないが、文字通り全身の骨が真っ白に凍りつくような感覚に襲われた。いつも不敵に笑っているはずの表情が、引きつったままピキリと固まる。
(待て待て待て、落ち着けオイラ。こいつはまだこんな子供だぞ!? 相手は!? 誰だ!? どこのどいつだ!? まさか無理矢理……いや、もしそんな不届き者がこの町にいるんだとしたら、そいつの魂を今すぐ地獄の業火で消し炭にして、骨の髄までバラバラに分解して文字通り『バッドタイム』を味あわせてやる必要があるが……!?)
脳内で最悪の容疑者リスト(主に町の独身モンスターたち)を高速でリストアップし、左目に青い炎を灯しかけたその時。
ゆきは頭を上げて、不思議そうにサンズの顔を見つめた。
「サンズ? 顔がすっごく怖いよ? ……あのね、この前お家で本を読んだの。そしたら、『赤ちゃんが産まれる時は、お腹が痛くなる』って書いてあったんだよ!」
「……」
「だから、最近お腹がチクチク痛いのは、私のお腹のなかに赤ちゃんがいるからなんだなぁって! 私、もうすぐお姉ちゃん……ううん、お母さんになるのかなぁ?」
えっへん、と小さな胸を張るゆき。
サンズは灯しかけた左目の炎をすっと消し、大きく深呼吸をした(肺はないが)。そして、額のあたりを押さえるようにして、ガクリとカウンターに突っ伏した。
「……なんだよ、そういうことかよ。心臓が止まるかと思ったぜ。……まあ、オイラに心臓はないんだけどよ」
「え? サンズ、どうしたの?」
「いや……なんでもねえ。お前さん、それはただの情報の仕入れすぎだ。赤ちゃんは、お腹が痛くなったからって勝手に湧いて出てくるもんじゃねえのさ」
サンズは完全に脱力しながら、ポケットから手を出してゆきの長い耳をかるく小突いた。
「いいか、ゆき。お前さんのお腹が痛いのは、ただの冷えか、さっき言った通り何かの食べ過ぎだ。そんなダジャレみたいな勘違いでオイラを脅かすのは、これっきりにしてくれよ? オイラのライフは『1』しかねえんだから、今のだけで半分くらい削られた気分だぜ」
「えー? 違うの? なんだぁ、私、もうすぐ赤ちゃんに会えると思ってドキドキしてたのに!」
つまらなそうに頬を膨らませるゆきを見て、サンズは「やれやれ」と頭を振った。本当に、この小さな大ファンにはいつも調子を狂わされる。
「ハハ、まあ、お前さんがお母さんになるには、あと『骨(ほね)』の折れるような時間を過ごさなきゃならねえよ。……とりあえず、その痛むお腹を温めるために、マスターにホットミルクでも頼んでやるからさ」
「わーい! サンズ、ありがとう!」
さっきまでの深刻な空気はどこへやら、いつも通りの無邪気な笑顔に戻ったゆきを見て、サンズは心底ホッとしたようにケチャップのボトルを再び傾けるのだった。
青いパーカーのフードを被ったサンズは、カウンターのいつもの席でケチャップをすすっていた。すると、隣の椅子に小さな影がピョンと飛び乗ってきた。長い耳をパタパタと揺らすうさぎのモンスター、ゆきだった。
「よお、ゆきじゃん。久々だな。最近見かけないから、てっきり雪だるまのコンテストにでも出荷されたかと思ってたぜ」
サンズがいつもの調子でウインクを投げかけると、ゆきは小さなため息をついて、カウンターにペタンと突っ伏した。
「もう、サンズったら。出荷なんかされてないよ。……最近ね、ちょっとお腹が痛くて、あんまり外で遊べなかったんだよね」
「ん? お腹が痛い? ……あー、さてはまたパピルスの特製スパゲッティを無理して完食したな? あいつの料理は、胃袋への『骨(ほね)』折り損だっていつも言ってるだろ。食べ過ぎには気をつけなよ」
クスクスと肩を揺らすサンズ。完全に子供のよくある消化不良だと高を括っていた。
しかし、ゆきは突っ伏したまま、とんでもない言葉をあっけらかんと口にした。
「ううん、スパゲッティじゃないよ。……たぶん、赤ちゃんが産まれるからかな!」
「……は?」
サンズの思考が完全に停止した。
今、この小さなうさぎの口から、およそ聞き馴染みのない単語が飛び出さなかったか。
(……赤ちゃん?)
刹那、サンズの脳内を最悪のバグが駆け巡る。
もともと骨だけの身体に血の気など通っているはずもないが、文字通り全身の骨が真っ白に凍りつくような感覚に襲われた。いつも不敵に笑っているはずの表情が、引きつったままピキリと固まる。
(待て待て待て、落ち着けオイラ。こいつはまだこんな子供だぞ!? 相手は!? 誰だ!? どこのどいつだ!? まさか無理矢理……いや、もしそんな不届き者がこの町にいるんだとしたら、そいつの魂を今すぐ地獄の業火で消し炭にして、骨の髄までバラバラに分解して文字通り『バッドタイム』を味あわせてやる必要があるが……!?)
脳内で最悪の容疑者リスト(主に町の独身モンスターたち)を高速でリストアップし、左目に青い炎を灯しかけたその時。
ゆきは頭を上げて、不思議そうにサンズの顔を見つめた。
「サンズ? 顔がすっごく怖いよ? ……あのね、この前お家で本を読んだの。そしたら、『赤ちゃんが産まれる時は、お腹が痛くなる』って書いてあったんだよ!」
「……」
「だから、最近お腹がチクチク痛いのは、私のお腹のなかに赤ちゃんがいるからなんだなぁって! 私、もうすぐお姉ちゃん……ううん、お母さんになるのかなぁ?」
えっへん、と小さな胸を張るゆき。
サンズは灯しかけた左目の炎をすっと消し、大きく深呼吸をした(肺はないが)。そして、額のあたりを押さえるようにして、ガクリとカウンターに突っ伏した。
「……なんだよ、そういうことかよ。心臓が止まるかと思ったぜ。……まあ、オイラに心臓はないんだけどよ」
「え? サンズ、どうしたの?」
「いや……なんでもねえ。お前さん、それはただの情報の仕入れすぎだ。赤ちゃんは、お腹が痛くなったからって勝手に湧いて出てくるもんじゃねえのさ」
サンズは完全に脱力しながら、ポケットから手を出してゆきの長い耳をかるく小突いた。
「いいか、ゆき。お前さんのお腹が痛いのは、ただの冷えか、さっき言った通り何かの食べ過ぎだ。そんなダジャレみたいな勘違いでオイラを脅かすのは、これっきりにしてくれよ? オイラのライフは『1』しかねえんだから、今のだけで半分くらい削られた気分だぜ」
「えー? 違うの? なんだぁ、私、もうすぐ赤ちゃんに会えると思ってドキドキしてたのに!」
つまらなそうに頬を膨らませるゆきを見て、サンズは「やれやれ」と頭を振った。本当に、この小さな大ファンにはいつも調子を狂わされる。
「ハハ、まあ、お前さんがお母さんになるには、あと『骨(ほね)』の折れるような時間を過ごさなきゃならねえよ。……とりあえず、その痛むお腹を温めるために、マスターにホットミルクでも頼んでやるからさ」
「わーい! サンズ、ありがとう!」
さっきまでの深刻な空気はどこへやら、いつも通りの無邪気な笑顔に戻ったゆきを見て、サンズは心底ホッとしたようにケチャップのボトルを再び傾けるのだった。
