うさぎのモンスターと骨兄弟
スノーフルとウォーターフェルの境目に近い、ひときわ冷え込みの厳しいエリア。
そこには、地底世界の奥深くから流れてくる、氷のように冷たい川があった。
ゆきはその日、川の向こう岸に咲いている珍しい冬の花を見つけようと、身を乗り出していた。
人一倍耳の良いゆきは、川のせせらぎが奏でる、かすかな氷のきしむ音に耳を澄ませていた。
「あ、もう少しで見えそう……」
自慢の長い耳をピコピコと動かし、身を乗り出したその時。
足元の凍った岩が、ツルリと滑った。
「えっ――」
短い悲鳴を上げる間もなかった。
ドボン! と激しい水音が響き、ゆきの小さな身体は、冷徹な濁流へと飲み込まれた。
「つ、冷たっ……! げほっ、たすけ――」
地底の川の水は、一瞬で体温を奪い去っていく。あまりの冷たさに手足の感覚が麻痺し、自慢の耳も水を吸って重く垂れ下がった。必死に足をバタつかせるが、激しい川の流れに押し流され、どんどん体力が削られていく。
視界が白く濁り、意識が遠のきかけた。
(だめだ、沈んじゃう……。お父さん、お母さん……サンズ……!)
心の中でその名を叫び、完全に水底へ沈みかけた、その瞬間だった。
ガシッ。
冷え切ったゆきの腕を、骨だけの、硬くて強い手が力強く掴んだ。
「――おい! しっかりしろ!」
視界が激しく暗転する。
スノーフルの冷たい川のせせらぎ、凍りつくような水の感触が、一瞬にして消え去った。
次にゆきが背中に感じたのは、乾いたフローリングの床だった。
「げほっ! ごほっ、ごほっ……!」
ゆきは激しく水を吐き出しながら、激しく咳き込んだ。
全身からポタポタと水が滴り、寒さで歯の根がガタガタと震える。
「……まったく。川の様子を見に来たら、本物の『雪うさぎ』が水に溶けかけてるんだもんな。心臓が止まるかと思ったぜ。まあ、オイラには最初から心臓なんてねえんだけどよ」
聞き慣れた、少し掠れた低い声。
ゆきが涙で霞む目をこすりながら見上げると、そこには青いパーカーのジッパーを少し下げ、いつもの永久不変の笑みを浮かべたサンズが立っていた。
ここはサンズの家のリビングだった。
サンズはすぐにパピルスの部屋から大きな毛布を何枚も持ってくると、ゆきの身体を包み込むようにしてぐるぐる巻きにした。
「サ、サンズ……っ、ありが、とう……。わたし、お花を、見ようとして……っ」
「喋らなくていいから、まずは温まりな。お前さん、耳まで氷みたいになってるぜ」
サンズはそう言うと、キッチンから湯気の立つマグカップを持ってきた。中に入っていたのは、驚くほど甘くて温かいホットチョコレートだった。
ゆきは毛布の中から震える手でカップを受け取り、ゆっくりと一口すする。
お腹の底からじわじわと温かさが広がっていき、ようやく凍りついていた身体がほぐれていくのを感じた。
「ふう……生き返ったぁ……」
ゆきが大きく息を吐き出すと、サンズは近くの椅子を引いて腰掛け、やれやれと首を振った。
「川の渡し守が『水が増えてる』って言ってたからな。気になって様子を見に行って正解だったよ。お前さんのあの大きな耳が水面からひょっこり出てなきゃ、見落とすところだった」
「そんなに耳、目立ってた?」
「ああ。まるで川から『うさぎ(ウナギ)』でも飛び出してきたのかと思ったぜ」
恐怖から解放された安心感と、いつも通りのくだらないダジャレ。
ゆきは思わず「ぷっ」と吹き出し、それからケラケラと笑い声を上げた。
「あはは! 川なのにウナギじゃなくてうさぎ? もう、サンズったら、こんな時までダジャレなんだから!」
「へへ、笑える元気が出たなら合格だ。オイラのジョークは、どんな特効薬よりも『骨(コツ)』があるからな」
サンズはそう言って、満足そうに左目をウインクさせた。
外では相変わらず冷たい風が吹き荒れていたけれど、サンズの家のリビングには、いつもと変わらない不器用な優しさと、温かい笑い声が満ちあふれていた。
そこには、地底世界の奥深くから流れてくる、氷のように冷たい川があった。
ゆきはその日、川の向こう岸に咲いている珍しい冬の花を見つけようと、身を乗り出していた。
人一倍耳の良いゆきは、川のせせらぎが奏でる、かすかな氷のきしむ音に耳を澄ませていた。
「あ、もう少しで見えそう……」
自慢の長い耳をピコピコと動かし、身を乗り出したその時。
足元の凍った岩が、ツルリと滑った。
「えっ――」
短い悲鳴を上げる間もなかった。
ドボン! と激しい水音が響き、ゆきの小さな身体は、冷徹な濁流へと飲み込まれた。
「つ、冷たっ……! げほっ、たすけ――」
地底の川の水は、一瞬で体温を奪い去っていく。あまりの冷たさに手足の感覚が麻痺し、自慢の耳も水を吸って重く垂れ下がった。必死に足をバタつかせるが、激しい川の流れに押し流され、どんどん体力が削られていく。
視界が白く濁り、意識が遠のきかけた。
(だめだ、沈んじゃう……。お父さん、お母さん……サンズ……!)
心の中でその名を叫び、完全に水底へ沈みかけた、その瞬間だった。
ガシッ。
冷え切ったゆきの腕を、骨だけの、硬くて強い手が力強く掴んだ。
「――おい! しっかりしろ!」
視界が激しく暗転する。
スノーフルの冷たい川のせせらぎ、凍りつくような水の感触が、一瞬にして消え去った。
次にゆきが背中に感じたのは、乾いたフローリングの床だった。
「げほっ! ごほっ、ごほっ……!」
ゆきは激しく水を吐き出しながら、激しく咳き込んだ。
全身からポタポタと水が滴り、寒さで歯の根がガタガタと震える。
「……まったく。川の様子を見に来たら、本物の『雪うさぎ』が水に溶けかけてるんだもんな。心臓が止まるかと思ったぜ。まあ、オイラには最初から心臓なんてねえんだけどよ」
聞き慣れた、少し掠れた低い声。
ゆきが涙で霞む目をこすりながら見上げると、そこには青いパーカーのジッパーを少し下げ、いつもの永久不変の笑みを浮かべたサンズが立っていた。
ここはサンズの家のリビングだった。
サンズはすぐにパピルスの部屋から大きな毛布を何枚も持ってくると、ゆきの身体を包み込むようにしてぐるぐる巻きにした。
「サ、サンズ……っ、ありが、とう……。わたし、お花を、見ようとして……っ」
「喋らなくていいから、まずは温まりな。お前さん、耳まで氷みたいになってるぜ」
サンズはそう言うと、キッチンから湯気の立つマグカップを持ってきた。中に入っていたのは、驚くほど甘くて温かいホットチョコレートだった。
ゆきは毛布の中から震える手でカップを受け取り、ゆっくりと一口すする。
お腹の底からじわじわと温かさが広がっていき、ようやく凍りついていた身体がほぐれていくのを感じた。
「ふう……生き返ったぁ……」
ゆきが大きく息を吐き出すと、サンズは近くの椅子を引いて腰掛け、やれやれと首を振った。
「川の渡し守が『水が増えてる』って言ってたからな。気になって様子を見に行って正解だったよ。お前さんのあの大きな耳が水面からひょっこり出てなきゃ、見落とすところだった」
「そんなに耳、目立ってた?」
「ああ。まるで川から『うさぎ(ウナギ)』でも飛び出してきたのかと思ったぜ」
恐怖から解放された安心感と、いつも通りのくだらないダジャレ。
ゆきは思わず「ぷっ」と吹き出し、それからケラケラと笑い声を上げた。
「あはは! 川なのにウナギじゃなくてうさぎ? もう、サンズったら、こんな時までダジャレなんだから!」
「へへ、笑える元気が出たなら合格だ。オイラのジョークは、どんな特効薬よりも『骨(コツ)』があるからな」
サンズはそう言って、満足そうに左目をウインクさせた。
外では相変わらず冷たい風が吹き荒れていたけれど、サンズの家のリビングには、いつもと変わらない不器用な優しさと、温かい笑い声が満ちあふれていた。
