クッキーで吸血鬼な彼と

「よーし……今日こそは、絶対に全員見つけ出してやる……!」
貴重な休日。ゆきはリビングの床に大きな絵本――『ウォーリーをさがす!』を広げ、低く唸っていた。
赤と白のボーダーシャツを着たあの男は、信じられないほど密集した人混みの中に、悪びれもせず紛れ込んでいる。すでに30分以上ページを睨みつけているが、目のピントがおかしくなりそうなだけで、一向に見つかる気配がない。
「……あ、これウォーリーじゃない? ……あ、ただのボーダーの服着たおじさんだ……。あっちのは……ただの煙突……。うう、どこにいるのウォーリー……」
そんなゆきの必死な姿を、ソファの上からヴァンパイア味クッキーが不思議そうに眺めていた。グラスの中の葡萄ジュースをストローでちゅーちゅーとすすりながら、のんびりとした声を出す。
「ねぇ、ゆき。さっきからその本を睨みつけて、何と戦ってるんだい? そんなに眉間にシワを寄せてたら、せっかくの休日がもったいないよぉ」
「戦ってるの! この、赤白ボーダーのウォーリーって人と! あ、お願い、今は話しかけないで、ヴァンパイア味クッキー。集中力が途切れちゃうから!」
「へぇ、大変そうだねぇ……」
完全に他人事の吸血鬼をよそに、ゆきはさらに本に顔を近づける。
と、その時。デスクの上で、ゆきのスマートフォンが「ブーーッ、ブーーッ」と不穏な振動を始めた。
画面に目をやると、そこには燦然と輝く【上司】の二文字。
「ひっ……!」
ゆきの背筋に冷たいものが走った。今日は休日のはずだ。しかし、あのブラック企業のことである。「ちょっと確認したいことがあって」だの「急ぎの案件が入った」だの、休日のプライベートを平気で侵食してくるのは日常茶飯事だった。
一度画面を見てしまったことで、せっかくウォーリーに集中していた脳内が、一瞬で会社のストレスに支配されそうになる。
「う、うう……。どうしよう、出なきゃダメかな……でも、せっかくの休みなのに……」
青ざめるゆきを見て、ヴァンパイア味クッキーがソファからシーツを引きずるようにして床に降りてきた。
「なんだい、その震える黒いハコは。またゆきを困らせる『ぶらっく』からの呼び出し?」
「そう、上司から……。出ないと明日、何言われるか……」
ヴァンパイア味クッキーは、ふっと呆れたように息を漏らす。そして、長い指先でスマートフォンの画面をひょいと裏返し、ゆきの視界から隠した。
「あのさぁ、ゆき。人間って、そんな小さなハコに四六時中支配されて生きなきゃいけないわけ? 休むって決めた日は、何が起きても休むのが正解でしょ。オレなんて、眠い時は魔女が来ても起きないよ?」
「それはあなたが自由すぎるだけでしょ……。でも、確かに……今日くらい、私の好きにさせてほしい……」
ゆきはゴクリと唾を飲み込んだ。
そして、いよいよ本気でウォーリーを見つけ出すため、そして、自分の尊い休日を守るために、覚悟を決めた。
スマートフォンを取り上げ、サイドのボタンを長押しする。画面に表示された「電源オフ」のスライダーを、迷わず右へスワイプした。
すうっ、と画面が暗くなり、ただの黒いガラスの板に戻る。
「……消した。消しちゃった……! これで会社からいくら連絡が来ても、私は気付かない!」
「あはは、いいじゃん! 最高にロックだねぇ、ゆき。それでこそオレの認めた人間さ」
ヴァンパイア味クッキーが嬉しそうにパチパチと拍手を送る。
スマートフォンの電源を切った瞬間、まるで心にかかっていた霧が晴れたように、信じられないほどの解放感がゆきを包み込んだ。今、この部屋の空間を邪魔するものは何もない。
「よーし、障害は取り除かれた! 今度こそ、本気の本気でウォーリーを探すよ!」
「お、復活したね。オレもその、赤白の男を探すやつ、ちょっと興味湧いてきたな。どれどれ、オレ様の見事な観察眼で見つけてあげようじゃないか」
「あ、ずるい! 私が最初に見つけるんだからね!」
床に並んで腹這いになり、一冊の絵本を覗き込む吸血鬼とOL。
完全に外の世界(会社)をシャットアウトした部屋の中で、二人はどちらが先にウォーリーを見つけられるか、子供のように夢中になってページを追いかけるのだった。
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