クッキーで吸血鬼な彼と

「はぁーーーーーっ!! もう、本当に失礼しちゃう!!」
バンッ、と勢いよくリビングのテーブルに突っ伏したゆきは、今日一番の怒りをぶちまけた。
髪はボサボサ、スーツのジャケットも投げっぱなし。怒りと悔しさで顔を真っ赤にしているゆきの横で、ヴァンパイア味クッキーはソファに寝そべったまま、いつも通りワイングラスをゆらゆらと揺らしている。
「おやおや、今日は随分とおかんむりだねぇ。何があったんだい、ゆき」
「聞いてよ、ヴァンパイア味クッキー! 今日、会社の同僚に『最近なんだか調子良さそうだけど、何か秘訣でもあるの?』って聞かれたの。だから私、嬉しくなっちゃってさ……」
いつもなら残業続きで死んだ魚の目をしているはずのゆきが、ここ最近はどこか心の平穏を保てている。それは間違いなく、毎晩家で気楽に愚痴を聞いてくれる、この適当で優しい吸血鬼のおかげだった。
「だからね、『実は家で愚痴を聞いてくれる吸血鬼のクッキーがいて、その子のおかげで頑張れてるんだー』って、本当のことをそのまま言ったの!」
「うん、うん。それで?」
「そしたらさ……!『あ、そっか……。毎日遅くまで残業させちゃってごめんね……』って、めちゃくちゃ可哀想なものを見るような目で見られたの!! ただの現実逃避の妄想だと思われてるんだよ! 本当のことなのに!!」
キーッ!と悔しがるゆきを見て、ヴァンパイア味クッキーは一瞬きょとんとした後、こらえきれずに「あははは!」と吹き出した。
「笑い事じゃないよ! 私、本気で心配されたんだから!『疲れてるんだね、ゆっくり休んで』って、腫れ物に触るみたいに扱われてさぁ……!」
「いやあ、ごめんごめん。でも、人間の社会って本当に大変だねぇ。本当のことを言っただけなのに、おかしな人扱いされちゃうなんてさ」
ヴァンパイア味クッキーはソファから起き上がると、グラスを置いてゆきの隣に腰掛けた。そして、ぷりぷりと怒っているゆきの頭を、大きな手でぽんぽんとあやすように撫でる。
「まあ、普通に考えたら、クッキーの吸血鬼が同居してるなんて信じられないよね。オレとしては、ゆきがそこまでオレの存在を頼りにしてくれてるって知って、ちょっと嬉しいけどねぇ」
「うぅ……。でも、なんか悔しい。明日、連れてって紹介してやろうかと思っちゃった……」
「おっと、それは勘弁してよ。オレ、あんなお堅い会社になんて行ったら、一瞬で干からびてクッキーの粉になっちゃう。それに、オレはゆきだけの『秘密の癒やし』でいたいしさ」
いたずらっぽくウインクする彼を見て、ゆきは毒気を抜かれたように、ふーっと大きなため息をついた。
「……まぁ、確かに。あんな人たちにヴァンパイア味クッキーを会わせるの、もったいないか」
「そうそう、その意気だよ。他の誰がどう思おうと、オレがここにいて、ゆきの愚痴を聞いてるのは紛れもない事実なんだからさ。ほら、そんなことより、今日も極上の葡萄ジュース(市販)で乾杯しようじゃないか」
トクトクとグラスに注がれる濃い赤色の液体。
それを見ていたら、昼間の同僚の冷ややかな目なんて、どうでもよくなってくる。
「うん。……今日もいっぱい愚痴、聞いてね」
「お安い御用さ。ゆきがスッキリするまで、いくらでも付き合うよ」
理不尽な現実から逃げる場所がここにあるなら、それを「逃避」と呼ばれたって構わない。ゆきは差し出されたグラスを見つめながら、今夜もこの優しい吸血鬼に、甘えることにしたのだった。
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