1⃣銀の狼と星の英雄たち
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深夜、ベッドの端で通信端末が震えた。
発信者の心をうつしたように繰り返し数を重ね、うつらうつらと意識を落としかけていた閏を眠りの淵から辛うじて引き戻す。
こんな時間に?悪戯?それとも間違い電話?
あまりのCALL回数に、無視をし続けるにもいい加減限界を感じて耳にあてた。
『出るのが遅いですよ。鈍ヒーローはこういう時まで鈍いんですか。』
聞き覚えのある、冷たく、そして記憶のそれよりも浮ついたような声。
「………Jr.くん。きみいまが何時だか理解してます?てか、酔ってる?」
『酔ってません。この程度で酔うような鍛え方はしていませんし、飲酒量の判断もできないような――。』
「あ―ハイハイそれで何、何ですか。」
どうやら知人だったらしい。
それにしても、私用の携帯初着信が深夜の迷惑通話なんていったいどういう了見だろう。
彼はそれほど非常識なタイプには見えない…――というかこういう非常識を嫌いそうな性質に見えるが、呂律の迂闊な早口から察するにやはり酔っているんだろう。
酔った勢いで、なんてろくなことじゃなさそうだが、通話に出たからには無視して切断するわけにもいかず、めんどうだけど早いところ用件を聞いてしまえ、とふわふわする頭で話を急かした。
『歌ってください。』
「ハ?」
突然の要求に驚いて覚醒する。
『あの歌。歌うんでしょう、あれ、ブルーローズさんと。僕が聞いてあげますから、歌ってください。』
「いや近所迷惑ですしね、大事なことだから二度言いますけど、いま何時だか理解してますか?」
『歌えないんですか。』
彼と自分の関係から言って、いつもならはんっと鼻で笑った言い方になるんだろう。
それが言葉は同じでもまるで母親を求める迷子のような響きに聞こえたから、私の耳はどうかしちまったかいと瞠目して身を起こし、ベッドのふちに腰かけた。
「Jr.くん?あの歌が気に入ったの?」
『そう……ですね、ええ、気に入りました。』
ぐす、と鼻を啜る枯れた声、のような気がして驚く。
「え、ちょ、待って、泣いてます?」
『泣いてなんかないですよ。泣いてたら、何だって言うんですか、歌ってくれるんですか。』
「いやいやいや……ええぇ……あぁ――。」
『相変わらず曖昧な返事ですね。』
「困ったな……。少し待ってくださいよ、音源準備して携帯と繋げて、そっちに聞こえるように……。」
『僕は。』
「夜だしあんまり音量は上げられないんですけど。」
『貴女、の声が、聞きたいんです。』
「………ハ?」
『迷惑なら、いいです、もういいです。』
何その展開。って唖然としても怒られる筋合いはないと思う。
自分から勝手に電話してきて、こんな夜中に歌えって、声が聞きたいって。
や、そういうのは恋人に言いましょうよ。
ていうか私ら仕事の仲間だけど、そんなに仲よかないでしょう。
嫌いかっつ―とそうじゃないし、友だちかって聞かれたら、微妙なかんじだけどまあ頷くかもしれない。
絶対嫌われてると思ってたんですけどね、私が。
それを勝手に拗ねたような声で『もういい。』を繰り返して、もういいって言いながら通話を切る様子は全然なくて、何なんだこの男は酒を飲むと性質の悪い絡み方をする系のあれなのかともう一度唖然とする。
ひとしきり唖然とした後で、急に心配になってくる。
どうする。アレに構う義理はない、間違いなくないそんな責任はない。
が、虎徹さんではなくわざわざ自分にかけてきたのだから、何かあちらにはあちらの理由があるのだろう。
どうする。知らぬふりをして――明日の朝一番のニュースに騒ぎ立てられるバーナビー・ブルックスJr.の情けない顔が脳裏に浮かぶ。
深夜の珍行動、イケメンヒーローの真実とは!
「うわあ……。」
あああもう、ああもう、ああもう。
自分には関係ないことだけれど、後悔しないかと自問自答すれば、間違いなく――後悔する。
泣き言言われたって、どうでもいい相手なら本気でどうでもいいのだけど、さすがにそう言い切れるほど無情にはなれなかった。
友人でなくても、彼が善人で努力家で、精一杯に生きているのを知ってしまっているから。
必死に積み上げた彼の実績が、信頼が、人気が、台無しになっていいとまでは思えない。
深酒した自業自得だ、とまでは突き放せなかった。人間そういうこともあるだろう。
ここで彼を見捨てたら、仲間に顔向けもできない。
気がつくと携帯をもったまま部屋の中をぐるりと、適当に着替えを済ませて財布とか鍵とかを乱雑に鞄に詰め込むと靴を蹴るようにして外に飛び出した。
何やってんだろう。
あのひとはいつも意地悪なことを言ってくる、同期で若干の先輩でものすごい人気者。
好きじゃないし嫌いじゃないし友だちじゃない。
仲間だしよく会うしよく話すけど尊敬もしてなきゃ仲よくもない。
電話の向こうの彼はいまもぐすぐすとプライドの高そうな声で『もういいんです』を繰り返している。
全然もうよさげじゃない。
「どこですか。」
『もういい。』
「いま、どこ、ですか。どこで飲んでんですか。」
ようやく返ってきた『もういい』以外の単語に、荒っぽい口調でその最寄駅を指定すると通話を切った。
いまこの瞬間に限っては絶対、あのひとより自分の方がヒーローらしい。
そう言い切る自信があった。
バーナビー・ブルックスJr.は駅の壁にぐったりと背を預け、いつもの華美なまでの覇気はどこですかと疑いたくなるようなぼんやりした目で天井を見上げていた。
深夜の駅。人工照明は無駄に明るく、閑散としている。眠らない都市シュテルンビルトにしては珍しい。
まったく、こんなところをファンやパパラッチに見られたらどうするつもりだ。普段から顔出ししているくせに、意外と迂闊なのか。いやまあ、酔ってぼうっとしていてもちゃんとイケメンなのは凄いと思うけど。
何か変装できるようなものはもっていなかったかと閏が鞄を漁っていると、音もなく静かに影が眼前を塞いだ。
ぎゅむ、と閏の背まで易々と覆ってくる高い背丈とそこから伸びる腕はしなやかなくせに逞しい。
うあ、お酒くさい。
その熱い体温と胸板にときめきを感じるどころではなく、押しのけて頬を殴り飛ばさん勢いで胸倉を掴んだ。
「顔出しヒーローが何やってんすか!あほか!」
「閏さん」
「ああもう酔っ払いめ。頭から水かけてやろ―か。」
そりゃもう日頃の恨みつらみ全部詰めて。
水なら0度から100度までなら選りどりみどり選び放題だ。最近はそこらへんの微調整もうまくなった。
いつもの彼なら二倍にも三倍にもして言い返してくるだろうに、バーナビーはにへらあ、と口元を緩めて笑った。
こ、怖いんですけど……?!何を企んでいらっしゃるんですかっ!
「はあ………とりあえず送って行きますから、今日は休んでください。飲み過ぎですよ。やっぱ人気者も大変ですよね、ストレス溜まってんなら今度付き合いますから。」
「僕の部屋に来てくださるんですか。」
「住所ばれが嫌なら、近場まででいいですよ。タクシー呼びますからね。」
「困ったな、お茶菓子くらい常備しておくんだった。閏さんは子どもっぽいから、僕の部屋にあるものじゃ口に合わないかもしれない。」
「………うんあれですね、言い方は違っても相変わらずJr.くんで安心しました。素でそれですか相当ですね!心配しなくても送り届けたらすぐに帰りますから。」
「どうして。」
「どうしてって。」
「歌ってくれるんじゃないんですか。」
「あのねえこんな夜中にどこで歌えってんですか。酔っ払ったバーナビー・ブルックスJr.をカラオケに連れ込むなんて恐ろしいこと私にはできないし、この時間に歌っても近所迷惑にならないなんてのはよっぽど防音ばっちりセレブな広ーーいお部屋じゃなきゃ無理ですよ。」
だから諦めてください、と締めくくったのに、バーナビー・ブルックスJr.はまたにへらあと笑った。
なんつう部屋に住んでんだ、この青年は。
肩を貸してゆらゆらと開けた扉の先に、閏は本日数度目の”唖然”をした。
まあ、タクシーの運ちゃんに告げた住所が高級住宅地の時点で嫌な予感はしていましたけども。
高層マンションの時点で非常に嫌な予感がしていましたけれどもね!
ていうかゴールドステージに住んでる人間の家とか初めて来たよ!
「っと、Jr.くん、しっかりして!水飲む?」
「貴女の…水ですか?」
「うーん色っぽーい、言い方がえっろーい!私が水のNEXTじゃなかったらセクハラですよそれ。キッチンどっちですか。」
いい加減酔い醒めてくれないだろうか、とため息の中にそんな感情を混ぜて吐き出す。
バーナビーを抱えて案内された部屋は、若者の一人暮らしにしては恐ろしいほどの超高級マンションで、広々とした部屋面積に生活感のない空間が広がっていた。
彼らしいといえばらしいし、寂しい、そういう印象はぬぐえない。
部屋の広さに相応しいガラス張りの窓は大きく、星の名を冠する街並みの美しい夜景が広がっているがいまはそれどころではなかった。
「寝室はどこです。」
「いやあ、積極的ですねえ嬉しいなあ。」
「ああ、飲むとあほになる方なんですね。下戸の方がましだと思いますけどああとりあえずいい加減自分で歩いてください重いです。」
「鍛え方が足りないんじゃないですか。」
「成人男性一人を平気で担げる女性はあまりいませんが。」
しかもバーナビーときたらしっかり鍛えた筋肉質な高身長ときている。彼を軽々と運べる女性はあまりいないだろう。
面倒くさくなってリビングに置かれたソファに向けて無理矢理落とすように放置。
どさ、と少し乱暴な音を立てて沈んだ。
能力を使えば水の力で運べないこともないが、もれなく部屋の水浸し付きだ。
酔いの醒めたバーナビーの激怒が容易に思い浮かぶ。
「閏さん。」
「何ですか。キッチンこっちじゃないんですか。」
「……すぐ、戻ってきてください、すぐ。」
「ああハイハイお酒飲むと喉渇きますよね。」
「……鈍ひーろー。」
「いま二部は関係ないですよね。」
何て馬鹿なひとなんだと呟いて拗ねるようにソファに丸くなったバーナビーを睨んで、拗ねたいのはこっちの方だと悪態をつく。
これまた隅々までピカピカで生活感のないキッチンの冷蔵庫から口の開けていないミネラルウォーターを掴むと、すぐと言われたからには大急ぎで戻るあたり自分も相当なあほだなと思った。
ソファの上でくしゃくしゃに髪の乱れたバーナビーの額に冷たいボトルを当ててやると、緩慢な動きで気持ちよさそうに頬を緩めた。
子どものようだ。こんなでかくて皮肉屋な子どもは相当嫌だけど。手がかかり過ぎる。
「飲んで、トイレ行った方がいいですよ。明日に残さない方がいい。」
「はい。あ――。」
「………私がパパラッチじゃなくてよかったですねJr.くん。本職的に言うともうこれ記事にしちゃっていいんじゃないのって状況ですけど。」
飲ませろとばかりに少し頭を上げ口を開けたスーパールーキーに頬が引き攣った。
いやもうこれ、本気で記事にしてやろうか。
『酔うと幼いクールハンサムの素顔☆』ってなもんでね、超すっぱ抜きですよお手柄おめでとう私。編集長もきっと大歓声。
……仲間を売るようなまね、しないけどね、憧れのワイルドタイガーに誓って。
ボトルを開けると能力を発動し、こぼさないよう水の動きを制御しながら寝転がるバーナビーの口元に運ぶ。
それをぼんやりと眺めていたバーナビーは一口大の水を含んで飲み下し、
不服そうに下から閏を見上げる。
「愛がないですね。」
「あってたまるか。」
ここまでさせて文句あんのか。
噎せないように配慮して、ボトルの口をまんまがぼっと突っ込むようなマネをしなかっただけ感謝してほしい。
腕時計を見た。
やばいほんとに終電ぎりぎり。
かなり遅くまで交通機関の動いているシュテルンビルトとはいえ、そろそろ逃すと自宅で朝日を拝めなくなりそうだと焦りが差した。
仕草で閏の思考を察したのか、バーナビーの表情がまた一段不服レベルを上げた。
「帰るんですか。」
「ああまあ。」
「まあ?NO?」
「YES、YES。」
「NOなんですね。」
「そっちじゃない、そっちのYESじゃなくて帰る方、帰りますにYES。服掴まないで伸びる。」
「伸びるくらいいいじゃないですか。伸ばしちゃってください。」
「よくないですし伸びるのは服であって時間じゃないって分かりますか酔っ払い。」
「貴女といいおじさんといいとんだおひとよしですよね。何でなんですか馬鹿ですか、おひとよしついでに泊まっていけばいいのに。」
「まさか。トラブルも修羅場も勘弁ですよ。」
「助けたいんでしょう、困ってる人間を、救える誰かを。救ってくださいよ、僕を。貴女やおじさんみたいな理由でなんて戦ってない僕を。」
うさうさとよく分からないことを言いはじめたバーナビーのシリアスな顔に、閏は『ハァ?』と問い返しそうになった口元を抑える。
バーナビーの腕がゆるりともち上がって閏へ向かって伸びた。
避けられる雰囲気ではない空気に圧される。
黙ってぴしりと硬直するとバーナビーの腕はそのまま閏の腰にぐっと巻きついて胸の下に額を寄せた。
仕草があまりに子どもっぽいので何となく撫でてやると、くせのある跳ねた髪を揺らして子犬のように頬を擦り寄せてくる。
何だこの生き物。
「僕は、復讐のためにヒーローになったんです。殺された両親の仇を討つために……。」
「え……。」
ただの酔っ払いの戯言、ストレス溜まった人気者の暴走だとあきれ果ててため息を吐いた閏の腕の中で、ぽつん、と最初の雨粒のような声色で呟いたバーナビーの言葉は、問い返さずには理解できないほど冷たく重たかった。
「顔を出すのも、名前を出すのも、ウロボロスに、両親を殺した男と関係するものに僕の存在をしらしめるため。仇がどこの誰なのか思い出せたら、僕は……。軽蔑しますか、おひとよしの貴女は。こんな私情で、しかも復讐心なんて暗い目的のためだけに生きている僕を、貴女は嫌いますか、嫌いますよね。それでいいんですよ。」
「Jr.くん……?」
「嫌ってくれて、かまわない。だから、あと少しだけ……一緒にいてください。」
結局、うろ覚えの子守唄を幾つか歌ってやるとバーナビーは眠りに就いた。
閏の腰から離れようとしない彼にそうしてやらないわけにはいかなかった。
で、しかも眠っても離れないからソファから離れられない。
かろうじて腰は抜け出したけど、
その代わりのように衣服の端を掴まれてしまって脱出失敗。
床で寝るの痛い。と思いながら、横になってしばらくすると眠気が襲ってきてそのまま意識がことんと落ちた。
目が覚める――というか、気配とか感触とかっていう外部刺激に無意識のうちに目を開けると、目を丸くしたバーナビー・ブルックスJr.が閏を見下ろしていた。
もともと他人の家のしかも床の上だから深く寝入ってはいない。
大きな窓から差し込む朝日は強烈に眩しい。
「………ああ、どうも、おはようございます。」
「お、は、おは、ようござい……え、えぇ?!何で貴女がここ…に、ここ僕の部屋ですよね?!」
ひとしきり叫んだ後、バーナビーは米神をぐうっと抑えて唸った。
ああ二日酔いですか、意外と典型的なひとだなあ。
閏はのんびりと欠伸を噛んだ。
何時だ、ああ、早朝。でももう始発か。残念ながら帰って二度寝するには時間がないけど、出勤準備には十分。
「だって来てくれって煩いし、帰るなって煩いし。覚えてないんですか、記憶飛びました?あーーもう腰が痛い。床で寝るもんじゃないなあ。」
「あの、す、すみません、僕としたことが酔った勢いで……しかも貴女が床になんて、こんな、順序になってしまって……軽蔑するかも、しれませんが、僕は真剣にっ!」
こんなにも慌てた彼を見たのは初めて。酔っ払ったのを見るも初めてだったけど。
普通に青年らしいもんだなと思わず微笑みが零れる。
「落ち着いて落ち着いて、水残ってますから飲んで落ち着いてハイひ、ひ、ふ――。」
「それは……深呼吸ではありませんが。」
「うん、それだけつっこめれば十分ですね。ふあ……眠っい。」
「つっこ……いやそんな。」
酔っ払いを介抱させたのが恥ずかしいのか、
バーナビーは照れ臭そうに頬を染めて顔を背ける。
完璧主義者の彼にとって醜態を他人に見られるなんて、しかも他社のヒーローになんてのはなかなか受け入れられることじゃないのかもしれない。
自分なら嫌だ、相当嫌だ。しょうがないから流して忘れて差し上げるくらいの良心はある。
肩をすくめて何気なく明後日を向いた。
「あの、昨日も言おうと思ったんですけど、しませんよ、軽蔑とか。事情なんてひとそれぞれだし、真剣ならなおさらだし。まあ、いいことだとも思わないけど。」
酒に酔ったのも、後ろめたい事情があるのも、そんなの人間誰しも大なり小なりあるだろう。それで誰かに迷惑をかけたり傷つけたりするのでなければ、外野が文句を言うことじゃない。
というか、動機は何であれ彼がヒーローとして人々を助けているのは事実だ。彼の活動は市民の救いになっている。それで十分じゃないのか。
「事情って………真剣に決まってるじゃないですか、そんな。」
「じゃあもう個人の勝手でしょう。私がどうこう言う筋合いは、ないですよ。」
「個人の……?あの。」
「あ――さすがにほんと眠い。始発も出てるし帰りますね。」
「え?!ええ?!」
「や、ええって。急がないと仕事間に合わないし。」
「あ、いや、お、送って行きます!いえッ、送らせてください!」
「は?!はあ……じゃあ、お願いします」
どうやら寝起きで混乱しているらしいバーナビー・ブルックスJr.が昨晩の記憶をとり戻したのは約三十分後。
彼はこの日は一日、思い出すたびに頭を抱え蹲り、ワイルドタイガーを甚く困惑させたという。
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