銀の狼と星の英雄たち
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死者はなし。負傷者はガラスの破片で傷ついたり水を飲んだりして、まったくなしとは言えないけど、それでも最小限。
店の商品もそれほど価値を落とすほどには至らなかった。
「デビュー戦のあれ、マーべリック氏も絶賛してたわ!今度ローズ&ウルフの特集組むわよぉ。」
「よくやってくれた!いやあ、きみなら絶対いけると思ってたんだよ。是非と言ってくれてるスポンサーもいるから、近いうちに契約を決めましょう!」
「はあ、いやあ、そのお……。」
「「その口調はやめなさいって!」」
「は、はいっ!!」
上司とテレビ局プロデューサーのダブルステレオでお褒め&お叱りを受け、びしっと背筋を伸ばす。
隣でカリーナがため息を吐いた。
あれからしばらくして。貴金属店連続襲撃事件の犯人逮捕がきっかけで、『ローズ&ウルフ』の滑り出しはなかなか好調だ。
ローズを引き立てる形で編集・放送されているが、ウケは悪くない。
聞けば、犯人を逮捕したのは大半がタイガー&バーナビーのコンビで、あの二人が一番にポイントを攫って行った。
人命救助はスカイハイが活躍し、結局ブルーローズにはそれほどポイントは入らなかったのだが、ど派手さで目立ったし、何より主犯格は全て譲ってもらったとのことで、カメラにはかなり映ったらしい。
ランキングの順位よりも、キャラクター性の人気を優先しているローズにとっては十分な収穫だ。
テレビや雑誌取材も受けた。
コメントに困っていると、毎度上司たちが台本を書き、それを『シルバーウルフ』っぽく答えてくのは何だか不思議なかんじだった。
嘘をついているとまでは言わなくとも、演技はしている。
登場台詞もつい照れが入って結局最初のあれ以来まともに言えておらず、上司にはプロ意識がないと言って指導が入る。
市民を助けるという意識はあるつもりなのだけれど、彼らにとって大切なのはそういうことじゃないらしい。
もう何度目かになる上のひとたちからのお説教タイムを終えて肩を落としていると、カリーナがわたしの背をぽんと叩いた。
「おつかれ。」
「あ、うん。ごめんねカリーナちゃんはしっかりブルーローズやってるのに。何だか格好つけるのって苦手で。」
「ぼちぼち慣れていけばいいわよ。トレーニングセンター寄ってかない?」
「わたしが行って怒られない?」
「鍛えるのは仕事のうちでしょ。何で怒られるのよ。」
「だってそういうところって関係者以外立ち入り禁止とかじゃないの?」
カリーナは一瞬目を丸くして、ぷっと吹き出し笑った。
「閏ももう立派な関係者じゃないの!何度も一緒に戦ってるんだから。」
「あ、いやあ……でも下っ端だし、迷惑じゃない?」
ほかのヒーローたちと、現場では顔を合わせているけど、それ以上に関わることはなかったから、ブルーローズ以外の正体をしらない。
バーナビー・ブルックスJr.は顔出ししてるからべつとして、そんなところに半一般人みたいな素人ヒーローが顔を出していいのかって、なんかちょっと心配。
だいたい『ウルフ』はよほど大事件であれば最初からローズと一緒に登場するけど、そうじゃない時は待機して、ローズがピンチにならなければ出て行かない。
当然ランキング戦にも加わっていない。
あくまでもローズの付き人、ローズを中心に活動するヒーローだから、ほかのヒーローにはよろしく思われていないかもしれない。
そんな風に不安がるわたしの背中をまたカリーナはばしっと叩いた。
「行くわよ。決定。」
「えええっ。」
「あいつらにも言われてるのよ、いつになったら連れてくるのか、出し渋るなって。」
「出し渋……?」
「わたしが会わせないようにしてるって思ってるみたい。だからその誤解を晴らすためにも一緒に行ってちょうだい。」
ね?とアイドルヒーローにウィンクされては、断る方が勇気がいる。
同じヒーローとしての仲間たち。子供の頃から憧れてるワイルドタイガーやロックバイソンに会えるのは嬉しかった。
気後れはしたものの、カリーナに連れられていつの間にかうきうきと胸が弾んでいる自分に気づく。
トレーニングセンターの廊下に着くと益々顔に出たらしい。
カリーナがちらりとこちらを見て笑った。
「トレーニングがそんなに楽しみなの?」
「そう見える?」
「とってもね。」
「デビューの時わたしを助けてくれたのって、アポロン社のコンビなんでしょう?現場でしか会わないから、ちゃんとお礼も言いたかったし。それにやっぱりワイルドタイガー、ロックバイソン、ファイヤーエンブレムはわたしの憧れ。以前は彼らに夢中だったの。いまみたいにHERO.TVの全盛期ってわけじゃなかったけど。」
「夢中?スカイハイじゃなくて?考えられない。やっぱり趣味悪いわ。」
「あ――ら、言ってくれるじゃないの。」
何者かががし、と閏とカリーナの首を掴んだ。
後ろから並んだ二人の間に顔を覗かせて、ふふんと笑った。
その人物は細身ながら長身の男性で、濃い化粧は不思議なセクシーさを強調している。
しなやかな筋肉が若い娘二人に絡みつき、ふうっと耳元で息を吐いた。
「うひゃあ?!」
「やめてよ、ちょっと!」
「あんたが生意気なこと言ってるからデショ。それで?だあれ、このコ。あ……まさかもしかして――。」
「ど、ど―も……はじめまして?えっと。」
「彼女がシルバーウルフよ。」
いわゆるオカマさんらしいその男性を振り返って、軽く手を挙げながら小さく笑うと、なぜかオカマさんはかちんと表情を硬くした。
お、おかま口調ってことは……このひとがファイヤーエンブレムさんなのかな?
わ――、サインほしいなあ。ヒーローカードもってくればよかった。
販売停止の旧デザインカードだって持ってるのに!
「………イメージと、違うわ。」
「へ?」
「違うっていうか違い過ぎでしょ!何よもう!こう、凛々しい女の子を期待してたのにィ!『ど―も―』って何?!がっかりよ!夢が壊されたわ!」
「えっと―……そのお、すんません。」
「きゃ――!シルバーウルフって言ったらローズちゃんの女騎士でしょ!?優しくて礼儀正しくて毅然として、決断力と行動力に溢れた麗人、乙女の憧れでしょ?!」
「はあ……。」
いきなりぷんすかと怒りはじめたかと思うと、身をくねくねとくねらせながらおかまさんは閏に指を突きつける。
仕方がないので少しだけ迷った末に、
「……はじめまして、タイタンインダストリー所属、シルバーウルフと申します。ローズがお世話になっています。以後お見知りおきを。」
そう改めて『ウルフ』のキャラでしゃきっと言い直すと、おかまさんはようやく動きを止めてほうっと頬に手を当てた。
「あたしはファイヤーエンブレムよ。そうよそうそうウルフはそうでなくっちゃ……。」
「はあ、じゃなくて……承知しました。」
「だ――れが乙女なんだよ!ったく、何やってんだか。」
撫でつけても少し跳ね気味の黒髪をした中年男性がファイヤーエンブレムの尻をばしっと蹴りつける。
「痛いわね何すんのよ!」
と怒鳴り返しながらそれほど本気のやりとりでもないらしく、男性は先にトレーニングセンターに入り、ファイヤーエンブレムと二人もそれに続いた。
中には既に鍛錬に励んでいる者も見受けられる。
閏はその設備のよさにはあと感嘆を漏らした。
さすが、専用施設だけはある。
ほんの数人のために与えられた、広々とした空間、最新の機材、休憩所、リラックスルーム……、この維持のために幾らかかるんだろう。
普通にジム会員とかなったら、年会費幾らになるかしら。
庶民な閏はそんな低俗な想像が脳裏を駆け巡る。
「あたしね、ウルフのファンなのよ―。現場じゃ慌ただしいし、落ち着いて間近でウルフが見られるなんて滅多にないし。あ、でも素のウルフも悪くないわね、ウフフ。」
何となく分かってたけど、ファイヤーエンブレムってすごい。すんごい。
べたっと張りつくように腕をとられて身動きがとれない。
「本名は何ていうの?あちなみにあたしは、ネイサンよ。ネイサン・シーモア。」
「えっと、閏、です。銀之閏。」
「お――、日系か―?あ、俺は虎徹な。鏑木・T・虎徹。で、アポロンのワイルドタイガー!」
「ワイルドタイガーさん?!あの!先日は大変お世話になりました!」
ワイルドタイガーの自己紹介にはっ、と我に返ると、閏はいきおい90度に頭を下げた。
「お、おう?……先日のって何だ?」
「デビューの時に!助けていただきました!」
「あ―あ―、何だ、そんなことか。い―ってことよ、ヒーローたるもの、お互い助け合ってだな!」
「というよりあれは貴女の作戦が功を奏したわけですから、むしろ感謝すべきは我々の方です。」
虎徹さんの声に被せて、冷静沈着に口を挟むのは癖の強い金髪に眼鏡の青年。
整った顔立ちに鍛えられた長身、いかにもきちんとした振る舞いに似合う抜群のスタイルはなるほど、巷の女性陣が悲鳴を上げるのも分かる。そつのない優等生ってかんじ。
「はじめまして、ぼくはバーナビー・ブルックスJr.です。」
「は、はじめまして。タイタンインダストリー所属、シルバーウルフです。よろしくお願いします。」
タイガー&バニーの2人と軽く握手を交わすと、思わず「ひぇえ。」と声が漏れた。
ワイルドタイガー!憧れのワイルドタイガー!
彼の元所属していた出版社TopmaGは閏の憧れの会社だったのだが、大企業七社によるヒーロー事業統括のため事業閉鎖、タイガーはアポロンに転属。
そのアポロンメディアはTV、出版といったメディア業界では最大手に当たる。
現在シルバーウルフが所属しているタイタンインダストリーは幅広い産業に手を出しているが、ことこの業界ではアポロンメディアに到底かなわない。
自分はその中でも出版部門の下の方にかろうじて入社できたというのが実情で、しかもくび一歩手前だったのだから、いろんな意味で敷居の高い二人を前にして心臓ががっくんがっくん音を立てた。
「そうだ、あの、わたしファンなんです!サインいただけませんか!」
「なんだ、僕の、」
「TopmaG時代のカードももってるんです、その、よかったら今度それにも……!」
「え?!俺?!」
俺だってよおいバニーちゃん、と虎徹さんは自分を指さし嬉しそうに胸を張った。
「…………よかったですね。女性ファンは稀少ですもんね。」
「喧しい。」
「虎徹さんこんなに格好いいのに女性ファン少ないんですか?!もったいない!」
「格好いいって!うは!おじさん参っちゃうな――。いやそれにしても、ほんっとイメージと違うな!こんな気さくな奴だと思わなかったぜ!いっつもこう、『了解しました』とか『ローズ、お怪我は』だとか?何か無口で澄ましてて気障ったらし―女だな―と思ってたんだけどな!」
「そこがいいんじゃないのよ。孤高の一匹狼が美少女にだけ懐いてるっていうロマンが分からないの。」
「やあ賑やかだね。そして楽しそうだ!」
「あら、スカイハイ。」
「すすすすすかいはい?!キングオブヒーロー?!」
一息入れて休憩なのか、首筋にタオルを巻きながら金髪の青年が軽く手を振り腰に当てながらにこりと微笑んで声をかけてくる。
賑やかというよりむしろ騒がしいのだが、それを特に気にしている様子はなく、
どこか威風堂々としながらも朗らかな好青年だ。
スカイハイ=キングオブヒーロー=シュテルンビルドの英雄として市民脳にインプットされている相手の出現に、
閏は思わずわたわたとカリーナと虎徹の影に隠れた。
「は、はじめまして!シルバーウルフと申します!」
「きみがシルバーウルフくんか!わたしはスカイハイ。キースと呼んでほしい!」
がっくんッと勢いよく頭を下げる(ちなみに90度直角礼)と、そんなことしなくていいよ仲間じゃないかと、如何にも模範的ヒーロー像な口調で手をとり頭を上げさせてくれる。
完璧なまでにイメージを保っているのか、それとも元からこういうひとなのか。
「は、はい!す、スカイハイさんですね!!」
「…………え?」
スカイハイはきょとんと眼を丸くして首を傾げた。
「閏、テンパり過ぎよ。」
「カリーナ。」
「大丈夫よ、彼にはそんな緊張する必要ないの。キングといってもただの天然男なのよ。」
「え?」
「天然?」
スカイハイ=天然素材テンプレヒーローとして知られてはいるけど、つまりそれはキャラクターではなく、ほんとうに本気で彼の素、ということ?
身内みたいな彼らが言うんだから事実だろう。それはすごい。
閏が思わずまじまじと彼を見つめていると、少しだけ残念そうだったスカイハイことキースはまたひとのよさそうな笑みで首を傾げた。
「わたしの顔に何か付いているかな?」
「あ、いえ!」
「しかし先ほどの呼び方はあまりにも寂しい。そして寂しい!」
「いやっ!その!だってキングオブヒーローを本名で呼ぶなんて、ファンに申し訳ないというか、我ながらそんなおこがましいというか恐縮してしまうと言いますか。実際お会いできただけでも光栄なのにですねっ!」
「そんなことはない!我々は仲間じゃないか!」
「わ、な、仲間ですか?!わたしとキングオブヒーローが?!」
「わたしのことを仲間はずれにするのかい?切ない、そしてとても悲しい……!」
「いやだってわたし二部ですし!そそそそんな。」
「うわ――、見事にすれ違ってら。」
「『スカイハイ』と『ウルフ』も系統が遠いけど、キースと閏もだいぶ遠いわね――……。ある意味似た者同士と言えばそうなんだけど。」
キングと下っ端は数分、お互い涙目状態で追いかけあっていたという。
もじもじと腹のあたりで手を組んで俯いた、如何にも内向そうな青年に閏は首を傾げる。
何度かトレーニングセンターに通ううちに殆どの仲間たちとは親しくなったが、彼とはまだ挨拶以上に言葉を交わしたことがない。
外側に跳ねた金の髪に瞼を伏せて目も合わせないのだから、まともに自己紹介すらできていないのが現状だ。
こちらから声をかけようとするとそそくさと立ち去ってしまう。
嫌われるようなことをしただろうかと首を傾げ、彼はシャイなのだと教えられるまでは随分不安を募らせたものだ。
「あの、折紙サイクロン先輩……ですよね?」
「あ、は、はい。」
閏がそう声をかけると青年はもそもそと消え入りそうな声でさらに俯いてしまう。
「ええっと。」
折紙サイクロンと言えば、活躍することよりもカメラにスポンサー名が映ることに躍起になっている、少々変わり種の見切れ職人。
ランキングはいつも最下位に近く、二部の人間にポイントは入らないが、仮に入っていたとするならシルバーウルフの方が獲得しているかもしれないとすら。
妙なハイテンションとござる口調で目立つには目立つし、一部熱狂的なファンもいるというから、何とも不思議なヒーローだ。
目の前にいる青年はそんな『折紙サイクロン』のイメージからは180度違う。
カリーナやバーナビーのようにキャラを作っているヒーローはいるし、テレビで見たままの性格をしたスカイハイやベテランたちには逆に驚いたが、彼は少々極端すぎやしないだろうか。
無論閏自身他人のことを言えた立場ではないのを承知した上での感想だ。
「お……、折紙、お好きなんですか?」
何て当たり障りのない質問なんだろう。話が続かない。
ブルーローズに彼女の名前の由来を聞いたことがあるが、顔をしかめて『事務所がそう決めたの』と嫌そうにしていたっけ。ついでにあの台詞のこととか、愚痴られた。
きっと彼もそうなんだろう。事務所が作ったキャラ。だってここまで本人と変身後と違うんだもの。
と諦め半分に愛想笑いを浮かべると、思いもよらず彼ははっと顔を上げた。
「あの、好き、です!折紙も、だし……日本に憧れてるんです、忍者とか。シルバーウルフさんは時々実況で『TSUNAMI GIRL』って呼ばれてますよね。あれ少し羨ましいです。」
「あはは、いやあでもTSUNAMIって、災害じゃないですか。」
「それだけすごい力ってことだと思います。僕は、戦ったりひとを助けたりするのに向いてる能力じゃないから。」
「んーーそれって逆にすごいことじゃないですか?」
「えっ?」
きょとんと丸くした瞳はいつも潤んでいるのか、何だか可愛らしく見える。
そんな彼を閏は素直に尊敬した。
「力があるから戦えるんじゃなくて、誰かを助けたいって気持ちで戦えるってことでしょう?ほんとうに勇敢じゃないとできないですよ。強い能力をもってるひとが強いとは限らないと思うな。」
「そ…そうですか?」
「あ、すみません……生意気ですよね!」
「いえ!……そう言ってもらえると。」
照れたように笑う折紙サイクロンはヒーローといってもどこか柔らかく、その弱さは年相応で虎徹たちとはまた違った意味で人間らしさを感じる。
「銀之閏です。……ちゃんとした自己紹介まだでしたよね。」
「あ!えっと……すみません、僕、人見知りで……。イワン・カレリンです。」
差し出した手を握り返す掌は優しい。
「よろしくお願いします、折紙先輩!」
「こ、こちらこそ。」
彼は『やれやれ』という苦笑交じりの温かなため息とともに背後から近づくと、閏の頭に大きな掌を乗せた。
苦労人そうな男の眼差しは男気に溢れた頼りになるそれだ。
ロックバイソンことアントニオ・ロペス。並の体格ではないから、掌の乗せられた頭がずしりと重くぐらりと傾く。
虎徹とともに、渋く気のいいおっさん、というのがよく似合う大柄な風体は牛をイメージして相応しい。
「閏の背が縮んじゃうよ!」
「おう、悪い悪い。」
「パオリンちゃんもトレーニング?」
「そうだよ。……僕のことちゃんづけで呼ばないで。」
ドラゴンキッドことホァン・パオリンはどうも難しいお年頃のようで、可愛らしい頬をぷっと膨らませて顔を背けた。
「ようやくまともな会話ができたか。ったくハラハラさせんな。」
「わたしのせいですか?」
「折紙のやつ、お前の日本名にひそかに興奮してたからな。虎徹の時も大変だったっつーのに」
「……彼、そんなに日本マニアなんですか?」
「『枯林』とかって漢字に改名にしようかって悩んでたな、前。」
「かれりん……というか『かればやし』。」
それは止めて!誰か止めたげて!!
かれをとめて―!
にこ、と目を細めたバニーちゃんスマイルに落ちる女性はいくらでもいるのだろう。
「この後お時間空いてますか。よかったら食事でも行きませんか?」
「え!あ、あーー……今日はやめときます。」
「今日も、です。」
既に三度誘って三度断られている。この僕が、と言いたいのをこらえて、
「何かご予定でも?いえ、べつに、」
眼鏡のブリッジを押し上げながらつとめて冷静に言った。
そうして言葉を濁しながら、バーナビーはいら立ちが声に出るのを咳払いで誤魔化す。
「いいですけどね、まあ、嫌なら。詮索するつもりはないですから。」
僕はあのおじさんと違って、プライベートに首を突っ込むようなデリカシーのない発言や、無理強いなんてぜったいにしない。
「嫌じゃないですけど、Jr.くんと食事に行ったら落ち着いてご飯食べられないから。」
閏は言葉を切って時計に目線を滑らせる。
「あ、こんな時間だ。お先に失礼します、お疲れさまでした。」
「え?!ちょっと!話の途中ですよ!」
「え!だってべつにいいって言っ、」
言いかけて、閏の通信端末がブルーローズの新曲で愛を語りながら彼女を呼んだ。
彼女はごめんねと顔の前で掌を振る。
「うちの相方に終わったら電話寄越せって言われてるんです、お食事の件は今度みんなで行きましょう。」
「みんなって……そうじゃなくて!」
バーナビーは足どり軽く手を振る閏の後ろ姿に腕を伸ばしたが、やがて唖然としたままそれを下ろした。
彼がどういう意図で食事に誘ったか、などと彼女は深く考えていないだろう。
口説いていると思われるのは癪に障るが、何の意識もされないのももどかしい。
彼女に悪意がないのは分かるし、仲間としての親しみはそれなりに感じている。
いつからだろうか、まだ会ってそれほど経ったわけではないが、彼女に興味が湧いたのは。
平凡でマイペースで、不器用で、情に篤く、それでいて時折驚くほど理知的な考え方をする。
仲は悪くはない。信頼しているし、おそらく信頼されている。それ以上でも以下でもない。
人間は自分を好く人間にほだされて好意をもつという。
好くというのが利用価値があるとか得になるとかいう意味なら理解もできるが、単純に好きだの何だの言われたからと言って同じように相手を思えるものかと不思議だ。
その感情は素直に言葉にするには面はゆい。
腹の立つこともあるが、はっきりと信頼に足ると思える人間は多くはない。そうと感じているから、せっかくなら特別なものになりたい。
彼女はバーナビーを特別扱いしないかった。
先ほどのように、人気者だからめんどうくさい、なんて言うことはあっても本人をそれ以上に扱うことはしない。事実を越えた過剰な評価をしない。
ブルーローズことカリーナはやはりバディとあって特別に扱っているが、それは特別に親しいという意味で、何もヒーローだからとちやほやするわけではない。
ベテランヒーローたちに憧れはあるようだが、それはそれとして仲間として信頼もしている。
さすがにキングオブヒーロー・スカイハイに対しては畏敬の念も強いようだが、少しずつ打ち解けて見える。
そういうところが、彼女と鏑木・T・虎徹の似ているところだと思うのだ。
距離が開かず、縮まらず、ありきたりな同僚以上友人以下の関係から変わらないのは自分だけだ。
べつに恋愛だの色恋沙汰を望んでいるわけではないが、もう少しこう、ないものだろうか。
例えば、親友。そう、性別を越えた、心の内を何でも打ち明けられる特別な間柄、とか。何かそういう。
「おいっす、バニーちゃん」
まったくのんきな口調に、振り返らなくてもバーナビーにはだらしのない相方の表情が見えるようだった。
小さく、ため息が零れる。
「……ひとが感傷的になっている時に……僕はバニーじゃありません、バーナ、」
じろりと睨んで見せても相手は動じない。
それどころかにかっと歯を見せて笑った。
「飯、行かね?」
「…お断りします。どうして僕があなたと食事に行かなくちゃならないんですか。ただでさえ無理にコンビを組まされてるのに、プライベートでまで苛々したくありませんよ。」
「何だよ妙にご機嫌ナナメだな。……っと、まあしょうがねえな。んじゃあいいや。あー、おいいまの聞こえたか?そういうわけだからよ、人数はえっと、俺だろ?んでアントニオ、キース、ネイサン、閏……、」
「え。」
「だから席よろしくな、ピアノがよ―く見える位置を頼むぜ。」
「え、え、ちょっ、待ってください!食事っておじさん一人の誘いじゃないんですか?」
「お――?」
通話を切ろうとした虎徹が、バーナビーの剣幕に携帯を耳から離して首を傾げる。
「いや、今晩急遽ブルーローズが歌うことになったんで、酒飲み飯がてらみんなで聞きに行こうぜって。決まったのはついさっきだから、付き合い悪いなんて言わね―しべつに無理に、」
「……こほん、仕方がありませんね。ほかの皆さんが行かれるなら、僕も行きますよ。チームワークも仕事のうちですし。」
きらり、と眼鏡を光らせ、いかにも真面目な台詞を並べながら隣に並ぶ相棒に、虎徹ははあっ?と顔をしかめる。
オマエ、たった今、俺の誘いを断らなかったか?
「俺とのチームワークはどうでもいいのかヨ。」
「そんなことはありません。ポイント獲得の妨げにならないよう僕に合わせてください。」
「俺が合わせるのかっ!」
ったく、と腹立たしげに口を尖らせながら、虎徹は通信に向かって『もう一人増える』と怒鳴った。
バーナビー自身、己が付き合いのいい方ではない自覚はある。
もしかすると僕はそんな自分を変えたいのだろうか?
相方がこちらを見ていないのをいいことに、バーナビーは口元を緩めそっと胸をおさえた。