銀の狼と青薔薇の姫
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まったく悲劇としか言いようがなかった。
事故、あれは事故。事故だった。
会社の親会社主催ガーデンパーティでちょっとしたぼや騒ぎがあり、誰かが叫んだ「水を!」という言葉に思わず反応してしまった。
バーベキューグリルに――そう、何を隠そうわたしはいわゆるNEXTと呼ばれる異能者。職場ではそれを伏せていた――のをすっかり忘れていた。
早く消火しなければということばかりが頭の中を占めて、それ以外は真っ白になったわたしは加減もなく大量の水を放ったのだ。
炎上したバーベキューグリルと(後から聞いた話、大量の着火剤と脂身に引火したそうだ)降り注ぐ大水。
それだけなら勲章ものだったのに、運が悪いことに何とまあそのパーティで接待を受けていたどこぞの会社の重役様が水も滴るいい男状態。
全身びしょ濡れ、ブランドスーツはぐったり、ダンディなお髭は水滴がぽたぽた。
当然、その場で上司から辞職も覚悟しておけと逆さまに突きつけられた親指を眼前で受けて、茫然唖然自我喪失しかけたわたしを救ったのが、後日与えられたお偉い様からの命令。
―――会社の宣伝のため、新しいヒーローとして活躍すること。
失敗をチャラにするくらいの『看板』を演じれば、今回のことは不問に処す―――
いま時、中途半端に離職して(しかもこんなトラブルを起こして)再就職先がありますかっての。
何でも、わたしの勤めてる小さな編集プロダクションの、親会社のかなり上の方で折よく女性NEXTを探していて、たまたま先日の騒動を耳に入れたヒーロー部門担当者様直々の指名だと。
お偉いさんに『伝手』ができて上機嫌の上司は、わたしの意見なんか聞く間もなく「やらせます。」ときたもんだ。
くびにならずにすむのはありがたいのだけど、ヒーローってそんなふうに決まっていいのか。
『そう』と決まってから約一週間。あの悪夢のようなパーティから十日。
わたしは『タイタンインダストリー』のヒーロー部門であれこれと検査を受け、俗に『ヒーロースーツ』とか言われる専用装備が製作された。
つまりは採用合格に足る能力だということで、何とか皮一枚くびが繋がったのだ。
「うちのブルーローズはアイドルだからね。」
「はあ」
今後ヒーローとしてのわたしの直属の上司になる、よく言えば紳士的で柔和、率直に言うなら神経質で優柔不断そうな細身の中年男性が『くれぐれも』と念を押しながら、わたしにヒーローの心得を説いたのは装備の完成を報された日。
あの忌まわしき日から約半月。
タイタンインダストリー・ヒーロー部門責任者の彼は、我が社自慢の青い美少女アイドルヒーローのポスターをばしばしと叩いて主張する。
「彼女に傷一つあっちゃいかんのだよ。」
あまりの勢いに相槌打って頷くのが大変だ。
「あの子の氷は見栄えもするし、能力としては申し分ないんだが、どうもほかのヒーローと違って戦い慣れていない。」
わたしだって、戦いなんて慣れていないんですけど。
ついこの間までNEXTってことを隠したままの、一般人だったんですけど。
そんなあたりまえのことをすっかり度外視して上司はやれやれとため息を吐いた。
「かといって守りを優先すると衣装の華やかさ、露出度が下がってしまう。それはいけないとスポンサーからも言われていてね、彼女はほらアイドルだからね。」
「はあ。」
それはもう聞きましたが。
「そこいくときみは水を操る能力だからブルーローズとの相性はいい。装甲もかなり強くしてある。スーツの性能だけで言えば、かなりのものだ、最新式だよ。コンビを組ませるのに男じゃあファンの反感を買いかねないが女性なら問題ない。」
あれれ。何だか分かってきちゃったぞ、事情が。
両手を組んでもぞもぞと親指を撫であわせる仕草で、上司はわたしの機嫌を伺うように上目で見つめてくる。
「つまりわたしは――……会社の看板を背負ったヒーローというかむしろ。」
「呑み込みが早くて助かる!」
そう!と机を挟んで食い気味に身を乗り出す圧の強さに思わずぐっとのけぞってこくこくと頷いた。
「そういうわけだから、彼女と息を合わせて!『氷の女王の付き人』という設定でいく予定だ。女王親衛隊(レディナイト)、『白銀の狼(シルバーウルフ)』!いけると思うんだよこれは!」
「はあ……。」
その興奮っぷりに最早口を挟むタイミングが分からない。
「いやあ、アポロンメディアのコンビ。あれなかなか人気だろう?スーパールーキー・バーナビーJr.の引き立て役としてベテランヒーローのタイガー。あれはうまいことやったよ、まったく脱帽だ。コンビ結成からまだそれほど経っていないのに相当なもんだと聞いてる。」
上司の作戦を理解して、閏はやれやれとため息を吐いた。
なるほど、女王様のお守り役ってことね。
虎と兎のコンビと違うのは、引き立て役の方が新人ってこと、かしら。
ヒーローアカデミーを卒業したわけでもないわたしは、水を操れるといったって、特別に何か訓練したことがあるとかじゃない。
ただ水を使えるというだけで、この力をとりえらしいとりえだと思ったこともなかった。
役に立つといったら、緊急時には重宝されるかもしれないけれど、中学時代にはわたしをNEXTと知った友人から『化け物』と気味悪がられて、そんなもんだと思って生きてきた。
ヒーローというのはNEXTの中でもごく一部の特別な人たちで、あんな風に生きられるNEXTは彼らだけ。
そう、思っていた。
それがたとえ添えものでも、微力でも、引き立て役でも――いまはこの力が必要とされているなら、と少しだけ思える。
装備に慣れるのに少し時間を必要とした。
スーツまで作ったんだから採用はされてるとはいえ、無様なところを放送されるわけにはいかないので、即デビューというわけにはいかない。スポンサーについてもらうためにはデビュー戦(?)で役に立って、ばしっといいとこ見せないといけないらしい。
そういうわけで、相棒になる女王様と初めてご対面したのはヒーロー採用が決定してからさらに訓練を重ねてからだった。
「はじめまして。ブルーローズをやってるカリーナ・ライルよ。」
想像していた氷の女王様――冷徹で、ちょっとサディスティック――な美少女と、彼女、カリーナ・ライルはイメージ丸っとかけ離れていた。
少し、拍子抜け。
アイドルやってるだけあって非常に可愛らしいけれど、現役女子高校生特有の少し生意気そうで生真面目そうで、そして明るい笑みにほっと笑みを返しながら、す、と出された手を握った。
「はじめまして、銀之閏です。『タイタンクリエイト』の新人で――」
思わず名刺を差し出そうと懐を探って気づく。
そうだこれはアイドルの取材じゃなくて、顔合わせで、わたしたち今度から相棒なんだわ――と思い返す。
目の前に超人気アイドルがいて、しかも今日から相棒なんてやっぱりまだ信じられない。
「『シルバーウルフ』として貴女の護衛をすることになりました。」
「護衛だなんて、ヒーローに必要ないのに。失礼しちゃうわね。あ、貴女にじゃないわよ、会社に文句があるの。」
「はは……」
美少女は上司に聞こえないようこそっと口元をおさえて忌々しげに吐き捨てた。
なかなか見た目通りとはいかないお嬢さんだ。
くつくつと擽ったそうに肩を揺らしてから、声を戻して『閏ね』と繰り返す。
「カリーナって呼んで。貴女のことは閏でいいかしら?相棒が他人行儀にファミリーネームっていうのも味気ないでしょう?」
「OK」
「相棒ができるのは嬉しいの。そういうのちょっぴり羨ましかったから。頑張りましょ、閏。よろしくね、『シルバーウルフ』」
「よろしく、『ブルーローズ』」
「私の氷はちょっぴりコールド。あなたの悪事を完全ホールド!」
「え――……っと、きみのこころは、ホールドアップ?」
『カットカットカ――ット!だめだめだめ!!語尾上げない!何で疑問形なんだ、ストップストップ!』
キンッ!とマイク越しの超音波声がシミュレーションルームいっぱいに響き渡る。
わたしと背中を合わせるブルーローズがため息を吐いた。
『決め台詞は?!はい復唱!きみの心はホールドアップ!』
「き、きみのこころはほ―るどあっぷ―。」
『棒読みにしない!心をこめて!』
「きっ、きみのっこころは!ホールドアーップ!」
『必殺技じゃないんだから叫ばない!』
ヒーローって、こういうこともしなきゃならないのね。
目深に被った頭部装甲をかつかつと叩きながらぐったりと肩を落とした。
ブルーローズの『あなたの悪事を完全ホールド!』に続けて、ちょっと強気なかんじで言わなきゃならないらしい。
現在わたしたちはデビューに向けて特訓中。
何のって?戦闘の訓練かって?
いいえ、違います。
『如何に!ブルーローズを美しく引き立てるか!きみの仕事はそこにすべてがかかってる!』
「へいへいっと……。」
シルバーウルフのコンセプトは『女王様の付き人』もしくは『騎士』。
銀の狼をモチーフにした装甲は、部分的には露出があって性別は分かるようにしてあるけど、キュートやセクシーを狙ったデザインではないのは一目瞭然。
肩や足腰がしっかりガードされてるのは戦う側にとっては嬉しい限りだけど。
頭部だって、人間の弱点のひとつだから、獣耳を模した半透明のガードが頭頂部、目元を覆っていて、鼻から下は忍者みたいに完全に隠れてる。
唯一髪は『尻尾をイメージ』ってヘアメイクさんがついて飾りのように揺れる。
ごめんなさいね、と軽く手を合わせたアイドルに慌てて首を横に振る。
二人きりの控室は同時に更衣室でもあり、ブルーローズのメイクアップビフォーアフターが見られる、ある意味変身シーンみたいなもの。
おお、目元のメイクがごっそりなくなるだけでこうも印象が違うのね。
カリーナは申し訳なさそうに項垂れる。
「わたしのせいなのよ、あなたが呼ばれたの。ファンがね、わたしのファンもだけど、よそのヒーローのファンが、『ブルーローズを前線に出すな』って煩いのよ。でもある程度前線に出ないとポイントも人気もとれないでしょ?」
「へえ。よそのファンにまで大事にされてるの。」
「全然。『あんなのに前線でちょろちょろされたら贔屓のヒーローの邪魔』ってこと!」
ああ…なるほど。そういえばバーナビー・ブルックスJr.贔屓の同僚が、小娘が出しゃばるから愛しの彼の活躍の妨げになるって喚いていたっけ。
老若男女に人気のあるスカイハイあたりはともかくとして、ヒーローたちにはそれぞれファン層ってもんがあるからそのへんの諍いは日常茶飯事だ。
件の同僚はブルーローズがバーナビーにお姫さま抱っこで助けられるシーンを見てからというもの、完全なる反ローズ派。
素顔だって可愛いのだけど、なまじ活動中は化粧が濃いもんだからひどくなじっていたっけ。アレぜったいに素顔はひどいわよ、見れたもんじゃないから化粧で隠してるんだわ!なんて言って。じっさいにはこのとおり、系統は違うながらも間違いなく美少女だ。
そんなことを考えていると、衣装を脱いですっかり普通の女の子に戻ったカリーナが、
興味深げにわたしの顔を覗きこんでくる。
「閏も誰かのファンだったりするの?やっぱり新人ハンサム?」
「ヒーローはみんな憧れよ。そうねえ、しいて言うなら…『ワイルドタイガー』がお気に入りかな。」
「ええっタイガー?!彼が好きなの?!」
「好きなのって……そんなに驚くこと?」
「だめだめだめよそんな趣味悪い!あいつおっさんなのよ!それに、ほら、無神経だし、お節介焼きだし!とにかくだめよ!閏にはもっと相応しいひとがいると思う!うん!」
「そ、そうなの……?」
「ええ!そうよ!」
急にがっと熱くなったカリーナに、思わず後ずさる。
なぜかは分からないけど、両手拳を握って力説してくる。
そ、そんなに……?曲がりなりにもヒーローなのに。
いやわたしでさえひょんなことからヒーローになれちゃうんだから、ヒーローだNEXTだといっても案外普通の人間と変わらないのかもしれない。
「そりゃ……べつに悪い奴じゃないんだけど。」
「仲がいいんだね。」
「そんなことないわよ。」
言いあいながら、控室を出る際には大きめのサングラスを装着する。殆どゴーグルに近いようなちょっとごっついの。
人気絶頂アイドルヒーローのコンビ結成はデビューまで隠しておきたいらしい。会社の方針的に。
それにいくら女同士とはいえ、ブルーローズの人気っぷりが災いして過剰なバッシングを受けないように、身を守るって意味もある。
ああ、早く本職に戻りたい。くびになるよりはましだといっても、今後出動があるたびに呼び出されるなんて、そんなんで本職の方まともに仕事を覚えられるわけがない。
同期のコたちは普段いないわたしを少し訝って、先輩が外回りに連れ回してるなんて言い訳を信じて、おかげで『日頃の仕事もまともにしてないくせに』と思われてる。
思われて当然の状況ではあるんだけど、わたしだってほんとはちゃんと仕事したいんだっつーの!
何度も特訓を重ねて(何のって?ええ、まあ、ですからブルーローズとの連係プレーのですよ。主にポージングの)、デビュー前に本採用決定。
契約書にサインしたその日にいただいたバングルタイプの通信機はほかのヒーローとお揃いで、HERO.TVのプロデューサーから直接出動命令が入るらしい。
ただし、初っ端からひとりで行くな、っていうのが所属側の命令。
折角なんだからブルーローズと一緒に登場か、彼女のピンチを救うか、何にしてもデビューの晴れ舞台はローズ&ウルフの人気を上げる絶好の機会だから、特別なものにすべきだという主張。
本音を言えば面倒くさい。でも従うしかない。
「ゆくゆくは二部構成にする予定なのよ。」
如何にも敏腕といった自信満々の表情を浮かべ、胸元で腕を組んだ美人プロデューサーはわたしをじろっと品定めするように眺めた。
テレビ局にて初顔合わせ。
ポイントの仕組みとかルールとか、どんな風に番組を作ってるとか、その際気をつけてほしいこととか、所属側やスポンサーサイドもだけど、番組を作るスタッフたちにとってももちろんあるらしい。
小会議室という体のシンプルな部屋にわたしとプロデューサーさんとディレクターさん、わたしは顔だけ出してあとは実際と同じコスチュームで、『悪くないけどインパクトに欠けるわね』とか『ブルーローズに合わせるイメージなんですって?』とか、批評なのか感想なのか質問なのか立て続けに声をかけられて『いやあ』『ああはい』なんて曖昧に返事を返す。
そうするとプロデューサーさんの美しい目尻がキッと釣り上がって、『コメントにエンターテイメント性がない』とこれまただめ出し。
ああ周りのスタッフさんたちが苦笑してる。
「二部構成、ですか?え――とそれって前編後編みたいな?」
「お馬鹿さんね。違うわよ、いま活躍してる彼らが一部。その研究生扱いで、二部。今期のランキングには乗らないけど、ファンの盛り上がり次第では一部登用も十分考えてるから頑張りなさい。最近のヒーロー人気は鰻登りだから。」
「は、はあ……。」
ああ、なるほどつまり一軍二軍ってやつね。
成長段階にある未熟なヒーローの魅力だとか、二部構成にすることでさらなる競争が生まれるとか、プロデューサーさんはコンセプトを熱く語り出す。
「あなたには二部の最初の一人として頑張ってほしいわけ。あのブルーローズの補佐で、二部代表の女性ヒーロー。事務所からも聞いてると思うけど、硬派なかんじでいくべきだわ。お色気も可愛げも間に合ってるから、控え目な大人のイメージでね。」
「はあ。」
「その地味で微妙な返事も、カメラの前ではやめなさい。野暮ったくて人気がとれないじゃないの。絶好調のいま、視聴率下がったらどうしてくれるのよ。」
「ええと。」
「そういう時は、『はい』とか『了解しました』とか、いっそのこと『承知しました』なんてのもいいわね。ブルーローズの護衛、引き立て役だけど、少しお姉さん要素がほしいの。」
「は、はあ―…、じゃなくて、『了解しました』?」
また声を伸ばした返事をしかけるとプロデューサーさんの顔が強張って、わたしは慌てて言い直した。カメラが回っているわけでもないのに!
多少事務的な言い方は否定できないし、演技くさくないかと思ったんだけど、むしろ好印象に映ったらしく、
「いいじゃない!そう、それよそれ!いままでにないヒーロー像だわ。水を使う獣モチーフの女性ヒーローなんて、いけるわよ。ローズの新しい一面が発掘されるわ!任せておいて、デビューはばっちり目立たせてあげるから!」
機嫌をよくしてそう約束してくれた。
望む望まざるも無視して事はどんどん大きくなってゆく………。
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